#10 本当の想い
「待って!!」
達海と春明が声のした方向を見ると、そこにはレイと千代子が立っていた。
「どうしてここに!?」
「チッ、留守番してろって言ったろ!」
「思い出したんじゃ、美代の家を。見つけたぞ。爺さん!」
千代子は耳が痛くなるほどの大声で叫んだ。
「……千代子」
達海を引っ張る一郎の力が緩む。春明は慌てて一郎の眉間に貼られている呪符を剥いだ。
「爺さん! その盆栽。まだ大切にしてくれてたんじゃな!」
「一郎お爺ちゃんも、まだ千代子お婆ちゃんのことを愛していたんだよ」
レイは笑顔で言った。
◇
時は数時間前に遡る。レイは陰陽の二階にある部屋で、他の幽霊達と談笑をしていた。すると、部屋のドアが開き、一階のカウンター内で接客をしていたはずの老人が顔を覗かせてレイに言った。
「レイ。昨日、春明が言っていた婆さんの幽霊がもう来たぞ」
レイはすぐに一階へと向かった。
「千代子お婆ちゃん、もう来たの? まだお昼だよ」
レイは、千代子に駆け寄って言った。
「思い出したんじゃ、美代の家を。すぐに行こう」
「美代って誰?」
「わしの娘じゃよ。爺さんもきっとそこにいる。爺さんが大事にしていた盆栽もそこにあるはずじゃ」
「盆栽って、千代子お婆ちゃんが全部ダメにしちゃったんじゃないの?」
「一つだけ……一つだけ残ってたんじゃ。わしらが結婚して三十年の節目にプレゼントした盆栽。わしはその時忘れてしまっていたが、爺さん、その盆栽だけは必死に守ってたんじゃ。わしは…わしは何てことを……」
千代子は次第に悲痛な面持ちとなった。レイは心配そうな表情をして、カウンター内に居る老人に目を向ける。老人は小さくため息を吐くとレイに言った。
「付いて行ってやれ、レイ。」
「ありがとう
レイは千代子と共に陰陽を出た。
◇
「千代子お婆ちゃんのこと愛していたんだよ。その盆栽は千代子お婆ちゃんが大切な日にプレゼントした物だったんだよ。」
レイが言うと、千代子は一郎の元に近づいて行った。
「すまぬ……すまぬ爺さん。あの時は意固地になって何も言えなかった。でも……それでも、わしは爺さんを愛してる。愛していたんじゃ」
千代子からは実体のない涙がポロポロと流れ、床に落ちては儚く消えた。
「千代子、わしもじゃ。何年連れ添ったと思ってる。いくら意見が食い違おうが、どんなに喧嘩しようが、愛しておるよ。生きているうちに言いたかった。本当に愛してる」
千代子と一郎は抱き合った。一郎は目を瞑り、一滴の涙を流した。すると二人から光の粒が無数に出てきて、天へと昇っていく。存在がどんどん希薄になっていく。
「成仏が始まった」
春明が呟いた。達海もレイも成仏の様子を静かに見守った。
「ありがとう……ありがとう」
千代子が達海たちに言うと姿は完全に見えなくなった。
それから、達海たちは家を後にした。
この家の夫妻は怯えたままずっと動かなくなってしまっていたが、「大丈夫、除霊は終わりました。もう怪奇現象は起こらないですよ」と春明が伝えていた。美代はお代を払おうとしていたようだが、「ボランティアですから」と断った。
三人はタクシーに乗り、陰陽へ向かう。
「成仏すると霊魂は残らないんですね」
「当たり前だろ。魂は天に昇るんだから。天国ってのは本当にあるのかもしれないな」
達海からの問いに、春明は窓の外を眺めながらアンニュイな表情で答えた。レイはタクシーの助手席で運転手にちょっかいを出すふりをして遊んでいる。達海は小声で春明に話しかけた。
「今回、レイを連れてきたくなかった本当の理由って……」
「レイは時々、不安定になるんだ。人の恨みに敏感で極度に怖がるんだよ。今回の件、爺さんが婆さんのことを恨んでいる可能性が十分にあった。だから現場に連れて来たくなかったんだ」
春明も小声で達海に答えた。
レイは生前、誰かに強く恨まれていたのだろうか。そんな思いがさっと達海の頭をよぎった。
「まあ、気になることもあったが……今回は丸く収まったから、良しとしよう。ありがとな、レイ」
春明が笑顔で言った。それを聞いたレイは腰に手を当てて、「えっへん!」と得意げな顔をする。
夕焼けの道を進むタクシーは陰陽の前に到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます