#9 惑わす

「なんだこいつは。」


 春明はボソリと言った。

 

 十字の左目。縦長の楕円形な右の目。右目の下からは涙のような雫マークがついている。まんまるな赤鼻。広角の上がった大きな口。頭には二本のツノのような突起がはえた帽子。その突起の先端には丸いポンポンがついている。

 達海と春明が固まっていると、ピエロがこちらに気付いた。


「うわぁ」


 ピエロは両手をあげて、わざとらしく驚いたという動きを見せた。

 一郎の霊は、先ほどよりもオーラの色が濃くなっていた。「うううう」と小さなうめき声をあげ続けている。


(こいつは生者なのか? 幽霊なのか? よく見ると体が揺らいでいるように見える。黒いモヤが出ていないから悪霊ではないのか?)


 達海が突如現れたピエロについて考えを巡らせる。するとピエロは、素早く達海の前に移動し、手を達海の顎に添えると少し突き上げて、顔を近づけた。


「あなた、何者です? 生者か死者か、はたまた邪の者か。さあさあ教えなさい。教えろです」


 ピエロが達海に問いかける。


「うわあああああああああ」


 恐怖のあまり達海は叫んだ。


「虎!」


 春明がピエロに向かって形代を投げる。それは姿を虎に変え、ピエロを襲った。


「おおおう」


 ピエロが達海から引き剥がされると同時に、虎の姿は消えた。すかさず春明は、呪符をピエロ貼り付けようとする。しかし、ピエロは嘲笑うかのようにサッとそれを躱わして、達海たちから距離をとった。


「今日のところは退散です。俺は、あなたに興味があります。近いうちにまた遊びましょう。ケタケタケタ。さようなら」


 そう言って、ピエロは外へと消えていってしまった。


「なんだったんだ、今の」


 達海は目を見開かせて聞いた。


「おそらく、亜種だ。悪霊の中で稀に黒いオーラを出さず、理性を保ってる奴がいるんだよ。小賢しい手を使ってくるから厄介なやつだ」


 春明が少し荒い息遣いで答えた。


「そんな奴もいるのか。…そうだ、一郎さんはどうなった?」


 二人が一郎の霊を見るとオーラは一段と濃くなっていた。


「こりゃ、対話は難しいかもしれないな」


 春明が困った表情で頭を掻く。


「人の家で何をやってるんだ!」


 急に聞き覚えのない声がして二人は振り返る。和室の入り口に見知らぬおじさんが険しい表情で立っていた。おそらく、この家の主人だろう。


「あなた、違うの!」


 美代さんもバタバタと主人を追うようにやって来た。すると、一郎の霊が強く体を揺らし始めた。盆栽だけでなく、この家全体が細か揺れるほどに。


「ああああ、出たああああ!」


 主人は驚いて尻餅をつき、美代は震えながらその場に立ち尽くした。

 一郎の怒りは大きくなっていく。おそらく、主人が盆栽を何度か処分しようとしたのだろう。ついに主人に向かって一郎が飛びかかろうとした。


「許せぬぅ〜」


「天池!!」


 春明が叫ぶと、達海は自分の横を過ぎ去ろうとする一郎の手を力いっぱい掴んだ。一郎は主人の元へ向かうのをやめようとはせず、強い力で達海を引っ張る。春明が一郎の眉間に呪符を貼り付け、左手の人差し指と中指を立てながら、呪文を唱える。


「我この悪霊を滅す、急急如律……」

「待って!!」


 春明が呪文を唱えるのを静止するような声が割って入った。達海と春明が声のする方に目をやると、そこにはレイと千代子が立っていた。








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