#8 やさしい嘘
達海たちは美代の車に乗せてもらい、墓地近くの住宅街にある一軒家に到着した。
「立派なお宅ですね。ご家族の方がいらっしゃるんですか?」
見てくれが胡散臭いおっさんの春明が、美代に聞いた。
「ええ、今は仕事に出ていますが、主人がいます。子供もいますが、もう成人して独り立ちしています」
「そうですか。では、早速ですが盆栽はどちらに……」
春明があたりをキョロキョロと見渡す。
「盆栽は、和室の床の間にあります」
達海と春明は和室に案内してもらった。入り口の襖を開き、中に目をやった瞬間、達海たちはグレー色のオーラを放つ物体を発見した。立派な盆栽を抱きかかえるように、老人が座っている。あれが一郎なのだろう。
「ビンゴだ」
春明が目を見開きながら、小声で言う。
和室に入れてもらうと、床の間にある盆栽に手が届く距離で立ち止まった。
「少し、触らせてもらってもいいですか」
「ええ、でも、触らないほうがいいかもしれないです」
「心配しなくても大丈夫です。天池、ちょっと触ってみてくれるかい」
春明は、少し青ざめた顔の美代をよそに達海へ指示を出した。急なことで達海はビクッとしたが「分かりました」と言い、盆栽の鉢に触る。
ガタガタガタ
盆栽の鉢が勝手に揺れ出した。否、一浪であろう幽霊が駄々っ子のように左右に揺れ出したのだ。
「きゃあぁあぁあぁぁぁ!」
美代が恐怖のあまり、叫ぶ。
「嫌じゃ、持って行くな!触れるな!これに手を出したら許さんぞ!」
幽霊も叫んでいるが、美代には聞こえていないようだ。達海がすぐに鉢から手を離すと幽霊は落ち着いた。
「いったん、和室から出ましょうか」
春明が美代ににっこりと微笑みかけながら、和室の外を指差した。
「やっぱり、盆栽が動いて…あれはなんなんですか!」
リビングのソファーに座った美代が、青ざめた顔で体をガタガタを振るわせながら問う。春明は美代の近くに立ち、右てで自分の顎を触りながら答えた。
「端的に言えば、一郎さんの幽霊があそこにいます」
「お父さんが!?」
「ええ、でも今は刺激をするととても危険な状態です。我々が除霊いたしますので、ご心配のないよう」
春明は和室に再度向かおうとする美代に釘を刺した。
「美代さんはここでお待ちください」
「お父さんは、苦しまずにあの世に行けるんですよね」
「もちろんです。さあ、天池。行こうか」
春明が立ち上がるり、廊下に向かう。達海も美代に一礼すると春明に付いて行った。
「なんであんな嘘つくんだよ。一郎からはモヤが出ていた。あれ悪霊だろ」
達海が冷たく言う。
「興奮してんのか? 敬語が抜けてんぞ」
春明がヘラっと笑いながら言うと達海は顔をしかめた。
「天池の言い分はまあ、半分は当たってるな。爺さんのオーラはグレー色だったろ。ありゃ悪霊になりかけてるだけだ」
「なりかけてる?」
「そう、なりかけ。幽霊ってのはな、悪霊になるパターンが二つある。思い出した未練が憎悪だった場合と過度なストレスを与えた場合だ。前者は未練を思い出すとすぐに悪霊となるが、後者はストレスをかけ続けるとゆっくり悪霊になっていく」
「じゃあ、一郎さんは後者のパターンってことか」
「ああ、おそらく美代さんか旦那さんあたりが何度か盆栽を捨てようとしたのだろう。盆栽を触ろうとした時、美代は不安がっていたからな」
「一郎さんのこと良い霊に戻せるのか?」
「良い霊か。対話してみて、未練が婆さんへの恨みじゃなければ
「そんな、それじゃあ千代子さんや美代さんにはどう伝えるんだよ」
「美代さんには、苦しまずに逝ったと伝える。千代子さんには、仲直りの手紙でも偽造して渡せばいい」
「なんだよそれ!」
達海が怒りを露わにする。すると、春明は達海に顔を近づけて恐い顔で言った。
「世の中には知らないほうが幸せなこともある。甘ったれてんじゃねーぞガキが。邪魔をするなら出ていけ」
達海は顔にシワを寄せると、自分の感情を押し殺そうと深呼吸をした。
「すみません。少し興奮してしまいました。それで、除霊する場合はどうするんだ?」
達海が敬語とタメ口の混ざった口調で春明に問いかける。
「これを使う」
春明は紙で出来た札と人形のようなものを見せた。札には五芒星が描かれている。
「除霊の呪符と形代だ。悪霊が暴れたら形代を使って取り押さえる」
達海と春明は作戦会議を行なった。まずは春明が対話を試みる。千代子への憎しみが未練ではない、かつ、千代子に対して怒りの感情を持っていないようなら、この場に千代子を連れてくる。逆に、千代子への恨みがあったらすぐに除霊する。
一郎が千代子のことを思い出していなかったらどうするか。正直、この可能性が一番高かった。達海は千代子を連れてこようと言い張ったが、もし、一郎が千代子を見たことで悪霊になったりしたら、一番最悪な結末を迎えることになると春明に却下された。
達海は少々納得がいっていない様子だったが、二人は作戦会議を終え、和室へ向かった。
「このままでは、あなたの盆栽は奪われてしまいます。守りましょう。守るのです。大切に育ててきた盆栽。我が子のように大切な。奪われてはなりません。さあ、守りましょう」
達海と春明が和室の襖を開くと、そこでは、一郎の耳元でピエロが囁いていた。
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