ゴーストパラダイス

猫牛 いちご

#1 運命の出会い

 じいじいと蝉が鳴き、眩い太陽の光が舗装された道路に照りつける。切羽詰まった形相の青年が荒い息遣いで走る。

ドン!

大きな音が人通りの少ない道に響き渡る。青年は道路に飛び出し、トラックに跳ねられた。


 

 青年が目覚めると、視界には見知らぬ天井が映った。


「たつみさんが目を覚ましました! 何があった覚えていますか?」


若い看護師が青年に声をかける。青年は名前や生年月日など自らのことを答え、事故が起こった前後の記憶がないことを看護師に伝えた。看護師の話によると、事故の直後にたまたま警察の人が来て通報してくれたらしい。しばらくして、青年は医者の元へと連れて行かれた。


天池達海あまちたつみ君だね。検査した結果、目立った外傷もないし、骨と内臓も綺麗だった。奇跡と言ってもいいね。どうなっているんだい君の体は」


「はあ」


驚いた様子の小太りな医者に達海は短く返事をする。


「君、自殺でもしようとしていたのかい。警察の話によると急に道路に飛び出したそうじゃないか」


「え?」



 達海は帰路に就く。タクシーを出すと看護師に言われたが、久々に歩きたい気分だった。体は事故に遭ったことが嘘のように軽い。医者の話によると、どうやら2週間も眠っていたそうだ。目覚めてから警察とも話した。話を聞く限りでは、道路に飛び出した達海が100%悪いのだが、トラックの運転手は起訴されることになるようだ。しかし、被害にあったものは事故の衝撃で吹き飛ばされた眼鏡くらいであり、なるべく穏便に済ませたいと達海は考えていた。代わりの眼鏡や着替えの半袖短パンは叔父さんが持ってきてくれたようだ。叔父さんといってもほぼ関わりはないのだが。

 達海は5歳の頃に両親を事故で亡くしてしまった。車で崖から落ちる不運な事故だ。それからすぐに達海は叔父叔母の元へと連れて行かれた。叔父叔母には1人の娘がいた。叔父叔母の元へ来たものの、すぐに彼らは離婚してしまった。娘は叔母について行き、達海は叔父と暮らすことになった。叔父は達海を構おうとしなかった。達海も叔父に関わろうとはしなかった。しかし、お金は出してくれたため、生活に困ることはなかった。学校では友達を作らなかった。人と関わることが億劫であり、恐くもあった。成績は中の上ほどで、勉強もスポーツもそこそこにできたが、部活やサークルの類には入らなかった。大学は東京にある私大に入学してからは、叔父の元を離れて大学近くにある2階建てのアパートで一人暮らしをしている。特別なことはなく、死んだような生活を送っていたかもしれないが、自殺をしようなんて思ったことはなかったはずだ。そして、なぜ自分は無事っだったのか。達海は事故の記憶を思い出そうと、頭を捻る。そうしているうちに、自宅であるアパートの103号室前に着いてしまっていた。まあ、とりあえずはいいか。達海は鍵を回し、玄関の扉を開いた。


カツン


台所のほうから物音がした。


(なんだ?)


達海は足音を忍ばせ、台所に向かう。そっと覗くとうずくまる人影が見えた。泥棒か?鍵は閉めていたはずだ、どこから入った?達海の頭の中を様々な考えが駆け巡る。


コツン


達海の足が部屋の角にぶつかってしまった。すると台所の人影がスゥーと動き出した。


「待て!」


達海は咄嗟にその人影の腕を掴んだ。そこには、髪が長く、顔立ちの整った少女がいた。


「ここで何してるんだ!」


達海が大声で怒鳴ると、まず少女は綺麗なまんまるの目で驚いた様子だったが、次第に笑顔に変わっていった。


「なんだお仲間さんかぁ。君もイタズラしに来たの?」

「何言ってんだ、ここは俺の家だ。警察呼ぶぞ」

「あれぇ?君、死んだことに気がついてないのかな。それとも生者ごっこでもしているのかな」

「はぁ?」


その後も少女は、幽霊だの生前の記憶だの訳のわからないこと天津欄間に話してくる。埒が明かないと思った達海は、「着いてこい」と少女の腕を引っ張り、交番へと向かった。



「何するの!離して!」


少女は喚きながら達海に腕を引っ張られる。


「おとなしく付いてこい」


 たまにすれ違う人らが怪訝けげんな顔でこちらを見ていたような気がするが、この頭のおかしな少女を警察に突き出すために足を早める。達海達は自宅からあまり時間のかからない交番に到着した。


「すみませんお巡りさん。この女の子を保護してもらえませんか。俺の家に不法侵入して訳の分からないことを話すんです」


「んん〜?女の子なんてどこにもいないじゃないか。何を言っているんだい君は」


一瞬、場の空気が凍る。達海は首筋にツウーと冷や汗が伝うのを感じた。少女は驚いた様子でピクリとも動かない。


「君、どうしたの。ちょっと話を聞こうか」


お巡りさんが首をかしげながら近づいてくる。薬物の使用を疑われたりでもしたらたまったものではない。達海は少女の腕を掴んだまま、炎天下の空の下を急いで駆け出した。



 自宅に戻った達海の服は汗でぐしょぐしょに濡れていた。少女は汗ひとつかいていなかった。


「びっくりしたよ。君、生者だったんだね。わざわざ扉を開け閉めしてる時からおかしいとは思ってたんだ。安倍くん以外の生者と話すのなんて初めてかも!でもなんで君は私に触ることができたんだろう」


少女が笑顔で話しかけてくる。


「お前は一体何なんだ」


達海は息を切らしながら少女に問いかける。


「だから、私は幽霊だって言ったじゃない。皆んなからはレイって呼ばれてるの。よろしくね。」


レイは手を伸ばし、達海に握手を求める動作をする。達海の頭は真っ白になり、呆けた顔でレイを見つめ返した。








 

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