#19 ショタとピエロ

 達海は朝からトレーニングに励む。今日からトレーニングメニューが増えた達海は、午前の稽古が終わると“ハアハア”と荒い息遣いで縁側に倒れ込んだ。天気は爽やかに晴れ、心地のいい風が吹き込んでくる。


「お疲れ様だよ、達海」


 レイが労いの言葉をかける。


「もう腕も足もパンパンだよ。……今日はショタ居ないんだな」


 いつも縁側から達海のトレーニングをじっと見ているショタの姿が今日はなかった。


「珍しいね、部屋にも居なかったしお出かけでもしているのかな」


 アクタが少し驚いた様子で言う。


「まあ、すぐに帰って来るんじゃないかな。達海はお昼ごはん食べて来ちゃいなよ」


 アクタに促された達海は陰陽の店内へ入った。生者のお客さんは五人ほど居た。カウンター内では、明宏がコーヒーを淹れ、春明が食材を焼いていた。


(料理の才能もあるのか。春明は多才だな)


 達海はそんなことを思いながら、カウンター内にいる明宏に、たまごのサンドイッチとコーンスープを注文した。店内では穏やかな雰囲気が流れている。


「春明! ショタが……。早く来て!」


「……祖父じいさん、ちょっと任せた!」


 とても慌てた様子で店内に駆け込んで来たレイを見て、ただ事ではないと感じた春明と達海はレイと共に庭園に向かった。


「父さんと母さんが! なんで、なんで! あああああああああああ」


 庭園では、ショタが叫びながら暴れており、アクタとマッチョがそれを取り押さえていた。


「落ち着けショタ! 大丈夫だから!」

「そうだぞショタ少年。不安がることは何もない。ワタクシたちがついている!」


 春明がショタたちの元に駆け寄った。


「記憶が戻ったのか⁉︎」


「恐らくそうかもしれない。ついさっき陰陽に帰って来たんだけれど、ずっとこの調子で」


 春明の問いにアクタが答える。


「大丈夫だショタ! 話を聞いてやるから一旦落ち着け! なっ」


「ダメだ。ダメだよ。……行かないと。行って殺してあげないと! 許しちゃダメなんだよ!」


 春明が宥めるがショタは収まらない。ショタの体からは黒いオーラがうっすらと出始めていた。レイの顔が不安な表情で歪む。このままでは、悪霊になってしまうんじゃないだろうか。居ても立っても居られなくなった達海はショタの元へ走り、彼の肩を掴んだ。


「負けんなショタ! 昨日、お前がお母さんにもう一度会いたいって話してくれた時、お前の表情からは憎しみとかそんなものは感じなかった。本当にやりたいことがあるんじゃないか? だから、悪霊になんてなるんじゃねぇ!」


「……母さん」


 達海の言葉を聞いたショタは力が抜けたように落ち着いた。


「助かった天池。アクタ、マッチョ。そのままショタを俺の部屋に連れて行ってやってくれ」


 ショタを連れ、アクタとマッチョは陰陽の中へ消えていった。


「まるで陰陽に初めてやって来た時の様でしたわね」


 レイの隣に居たお嬢が言った。それに達海は聞き返す。


「初めて来た時?」


「ええ。私たち陰陽で暮らす幽霊たちは、錯乱状態で彷徨っているところを春明さんに保護されたのよ」


 懐かしむような顔つきでお嬢が答えた。


「お嬢が一番最初の陰陽の住人だったからな。ショタが来たのは二番目だったか」


「ほんと、春明さんと明宏さんにはお世話になりましたわ」


 春明が以前言っていた『ちょっと厄介な奴ら』とはこういうことだったのかと達海は少し腑に落ちた。彼らが春明に出会った時どのような状態だったのか、詳しく聞きたい達海だったが今はそれどころではない。


「レイ、ショタがどこに行っていたか、分かるか?」


「ごめん、分からない」


「そうか、……ちょっとその辺り散歩してくるわ。天池、何かあったらここを頼む」


 春明はそう言うと、目を鋭くさせ、少し怖い表情で庭園を出て行った。


「もー、なんでこんな時に散歩なんて。たつみ、お嬢、私たちはショタの様子を見に行こう」


 レイはプンプンと怒りながら言った。『何かあったらここを頼む』とはどういうことだろうか。春明のただならぬ雰囲気に達海は不安になりながらもレイに返事をする。


「ああ、そうしようか」

「俺からのプレゼントは楽しんでくれたかな。くれました?」


 達海の背後から聞き覚えのある不気味な声がした。達海はバッ振り返る。


「ピエロ……!」


「お久しぶりですね、達海。会いに来ました。来てやりました。嬉しいかい?嬉しいでしょう」


 ピエロが両手を上げ、左右の足を開いて交互に上げてみせながら言った。


「何者ですの⁉︎ 達海さん!」


「前に一度だけ、春明さんと居る時に会った悪霊だ。春明さんは亜種だっていていた。きっとコイツがショタに何か吹き込んだんだ」


「亜種ですって⁉︎」


 春明が言っていたことはこういうことだったのか、と達海は理解した。達海とレイはピエロに向かいファイティングポーズをとる。


「いえいえ、今日は争いに来たのではないですよ。ないのです。ショタくんには少しアドバイスをあげただけですよ」


「アドバイス?」


 達海が聞き返す。


「そう、アドバイス。アドバイスですよ。彼には悪霊になる素質がある。そこで俺は面白いことを思いつきました。ゲームをしましょう。楽しい楽しいゲームを。俺がショタくんを悪霊にする事が出来たら俺の勝ち。あなたたちがショタを守ることが出来れば達海の勝ち。期間は明日から三日間です。さあ、お楽しみに」


「……ふざけるな」


達海が眉間にしわをよせて強い口調で言う。

 達海たちが今にもピエロに攻撃しそうな勢いでいると、春明が石造りのフェンスを踏み台にし、背後からピエロに飛びかかった。


「我悪霊を滅す、急急如律令!」

「残念、効かないよ」


 ピエロがそう言うと、春明とピエロの間に、笑い顔の太っちょピエロが地面からスウッと現れた。


「もう一体⁉︎」

 

 達海が驚き、叫んだ。

 春明は勢いのまま、その太っちょピエロに呪符を貼り付けると地面を転がり受け身をとった。太っちょピエロは静かに消滅する。


「あ⁉︎ 分身か?」


「面白いでしょう。それでは皆さん、また明日。さようなら。」


 ピエロはそう言うとどこかへ消えて行ってしまった。



「春明さん、よくすぐに戻って来れましたわね」


「ああ、虎の形代に庭園を監視させてたんだ。すぐ、報告に来てくれたよ」


 春明が服についた土を払いながら言った。


「そういうことだったんですのね。では、先ほど起こったことを私からも報告しますわ」


 お嬢は春明に、ピエロが話したことを事細かに伝えた。それを聞いた春明は怒りの表情を見せる。


「相変わらず、ふざけた野郎だ。……とりあえず、ショタの様子を見に行こう」


 達海たちはショタが居る部屋へと向かった。


 









 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る