#16 稽古
あれから 二週間が経った。
達海はカフェ陰陽に訪れていた。
「え⁉︎ もう治ったの?」
「ああ、この通り」
驚きの様子を見せるレイに、達海は右腕の前腕を上下に振ってみせた。
「四週間はかかるんじゃなかったのか?」
春明がパックのコーヒー牛乳を飲みながら聞いてくる。
「そのはずだったんですが、なんか治っちゃったみたいで。医者にも、君の体を研究させてくれって迫られて、大変でしたよ。」
達海は少し笑いながら言った。
「あんた、本当に人間かよ……」
春明は驚愕の表情を見せる
「それと、筋力と体術のトレーニングですが、今日から始めてもいいですか?」
達海たちは、カフェ陰陽の裏にある広い庭へ移動した。そこには、大きな松の木や池もある。和風庭園という感じだった。陰陽の裏はこのようになっていたのか、と目を丸くしている達海にマッチョが言った。
「よし、早速始めるぞ達海少年! まずはランニングだ。ワタクシが決めた町内のランニングコースを走ってもらう。今日は、初日だから三キロメートル走るぞ!」
「よろしくお願いします」
達海とマッチョは軽く準備体操をすると走り出した。達海の耳にはワイヤレスイヤホンが付けられている。幽霊と話しているところを生者に見られると不審がれるからと、春明が勧めてくれたのだ。今の時代、電話をイヤホンを通してしている人も少なくはない。多少は不審がられずに済むだろう。
どのぐらい走っただろうか。達海はすでに足が動かなくなってきていた。
「どうした達海少年! まだ一キロメートルとちょっとしか走ってないぞ。がんばれ!」
達海の少し前を走るマッチョが、達海に声をかける。
「はい!」
達海は息を切らしながら、やっとの思いで返事をした。
こんなに走ったのは高校での体育の授業以来だろうか。いや、そういえばGHから逃げる時も結構な距離を走ったな。あれは、火事場の馬鹿力というやつだったのだろう。そんなことを考えながら、達海は走り続けた。
「お疲れ様、達海少年! ワタクシは全く疲れていないがな。ハハハ」
達海たちは無事に三キロメートル走り終わり、陰陽の庭園に戻った。達海は膝に手をつきながらマッチョに聞いた。
「幽霊って、ハアハア、疲れるもんなんですか?」
「幽霊だって疲れるさ。エネルギーを使うんだからな。幽霊の体力は生前の体力に依存するらしい。ワタクシは生前、めちゃくちゃ鍛えていたからな。これくらい屁でもないさ!」
「そうなんですね」
達海は汗をタオルで拭った。
「さあ、次は腕立て伏せだ! 少し休憩したら始めるぞ!」
マッチョは右腕を胸の前に出し、上腕二頭筋を強調させながら言った。
マッチョの筋トレメニューはこうだ。腕立て伏せ二十回を三セット、腹筋二十回を三セット、スクワット二十回を三セット。これらを毎日ローテーションさせて行う。
今日はまず、腕立てだ。達海は二セット目の途中で腕をプルプルとさせ、地べたに倒れ込んでしまった。それから、少し休憩した後に三セット目に取り組んだ。
「まだまだだな、達海少年!」
「お疲れ様、達海くん。休憩したら、次は私が体幹のトレーニングを指導するね」
レイが達海に労いの言葉をかける。達海は疲れのあまり、体術のトレーニングは中止にしようと提案したが、やる気満々のレイに却下された。
「このポーズでピタッと止めて、はい、十秒キ〜プ」
「はい!」
「ほら、今、足が動いた! 体勢保って!」
レイからの熱血指導は一時間半も続いた。達海はもう体を動かすのがやっとの状態になっていた。
「よし、明日は技について教えてあげるよ。あとは受け身の取り方とか。アクタにも来てもらうよ」
「……はい」
ウキウキとしたレイに達海は声にならない声で返事をした。
翌日、筋トレ後、達海とレイはアクタを交えてトレーニングを行った。
「姿勢よく立って、まずはパンチの練習。前に拳を突き出して、はい、はい、はい」
レイとアクタは、左右の拳を交互に前に突き出した。達海もそれを真似て拳を突き出す。
その後も達海は、受け身の取り方や蹴り、投げ、固め技などの指導をレイから受けた。
トレーニングを始めて数日が経った。今日も達海は、朝からトレーニングに励んでいる。休憩時間に入った達海は、縁側に腰を下ろして休息を取っていた。すると、フォトがやって来て達海の隣に座った。
「調子はどう? トレーニング順調?」
「先生方がスパルタで……。正直しんどいです」
達海が苦笑いしながら答えると「マッチョくんもレイちゃんも張り切ってたからね〜」とフォトは笑った。庭園ではレイとアクタが組み手をしている。
「あの……アクタはレイから体術を学んだんですよね」
「うん。そうだよ。アクタくんも鍛えたいーって言ってたから」
「レイの未練についてなんですけど……。正直どうやって思い出さしてあげればいいのか分からないでいたんですよ。生前、何をしていたのかも分からないし。でも、この数日間、レイからトレーニングを受けて思ったんです。これって、空手の技なんじゃないかって。俺は、空手について詳しいわけじゃないけれど、もしかしたら、レイは生前に空手をやっていたんじゃないですか」
「やっぱり、そう思うよね。……七年くらい前だったかな、レイちゃんとアクタくんが悪霊とばったり出会っちゃってね。レイちゃんがその悪霊を倒したんだけど、その時にアクタくんも気づいたんだ。『空手やってたんじゃないかー』って。それから、春明くんと明宏さんに頼んで中学、高校の空手について調べてもらったんだけど、レイちゃんらしい情報は見つからなかったんだよ。レイちゃんに空手の試合を見せてあげたりもしたんだけど、『やってたかもしれない』って言うだけでピンときてなかったみたいだし……」
「そうなんですね……。今度、俺も調べてみようと思います」
「ありがとう。きっとレイちゃんも喜ぶよ。あと、私たちにもレイちゃんと話す時みたいにタメ口でいいよ。なんか、窮屈な感じしちゃうもん」
「分かりましたっ……分かった」
達海は照れながら言った。
「うん、よろしい。それじゃあ、トレーニング頑張ってね」
そう言うと、フォトは建物の中へと消えていった。
「達海〜。トレーニング再開するぞー」
アクタの声を聞いた達海は、再び稽古の場へと戻った。
その日の晩、達海は陰陽で食事をとった。食事中の達海に春明が声をかける。
「夏休みが終わって、明日から大学が始まるんだってな」
「はい。なので講義前にランニングをして、大学から帰ったら筋トレと体術の指導をしてもらいます」
「あはは、頑張ってるようで何よりだ。もしだったら、天池もここに住んじゃっていいんだぞ」
「流石に迷惑でしょうし、遠慮しておきます」
そう、明日からは大学の講義が始まるのだ。正直、大学はあまり好きではない。達海は少し憂鬱になりながらも、新たに見つけたやることに意気込んだ。
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