#48 別次元

「一体、どこに向かってるんですか」


 春明が怪訝な顔で晴明に問いかける。


吉昌よしまさからの連絡でね、街に悪霊が現れたそうなんだ。私の部下数名が除霊に向かったそうなんだが歯が立たないらしくてね。私が向かうことにしたんだよ」


 晴明が楽しそうに運転しながら答えた。

 達海たちは晴明が運転するワンボックスカーで悪霊が現れたという場所に向かっていた。助手席には春明が。真ん中の席に達海とレイ、最後部の座席にはマッチョ、お嬢、アクタが並んで座っている。


「あなたの弟子に任せて、俺たちはさっさと陰陽寮に向かえば良かったんじゃないですか。吉平よしひらや吉昌に任せれば、そこらへんの悪霊なんて屁でもないでしょう」


「いやー、まあそうなんだけどね……」


「かっこつけてるところを俺たちに見せびらかしたかったと」


「うっ」


 春明に核心をつかれた晴明は肩をすくめた。


「晴明って陰陽師で一番強い人なんだよね。戦ってる姿を見るの楽しみだなー」


「そうだよー。私は強いんだ。レイちゃんはさすがだね。人を見る目があるよ」


 レイの言葉に晴明は再び笑顔で話し始めた。


「確かにどんな戦い方をするのか気になります」


「そうだろう天池君。楽しみにしていてくれたまえ」


「……多分、そんなに面白いものではないと思うぞ、天池」


「え? どういうことですか春明さん」


「……まあ、見れば分かるよ」


 春明は車窓の端に頬杖をつきながら外の景色を眺めたまま、達海に答えた。

 車はそのまま進み続け、京都の街に到着した。路肩に車を停めた晴明は軽く伸びをする。

 すると、晴明と同じ白い着物を着ていて烏帽子をかぶった一人の男がこちらに駆け寄ってきた。彼を見た晴明が車の窓を開ける。


「晴明様、まさかあなたに来ていただけるとは。民間人の避難は完了しています…………わっ、客人もご一緒でしたか。お隣にいらっしゃるのは……春明さん!?」


 着物の男は驚いた様子で春明の方を見た。


「なんだ、伝えていなかったんですか」


「前もって君が来ることを言ってしまうと吉平がうるさいからね。皆には客人が来るとしか伝えていない」


「ったく、後で面倒なことになりますよ」


「まあ、なるようになるさ」


「晴明様、とにかく悪霊の元に急いでください。皆が持ちません」


 着物の男が慌てた様子で晴明に言った。


「ああ、すまない。それじゃあ皆、車から降りてくれ」


 達海たちが車から降りると着物の男はさらにギョッとした。


「あっ、幽霊の客人まで。しかもこんなに大勢」


「大丈夫。皆、カフェ陰陽で暮らす幽霊たちだ。良くしてやってくれ」


 達海たちは着物の男に誘導されるままに道を歩いた。


「あの人は晴明さんの部下なんですか? 晴明さんよりもひとまわり年上に見えますが」


「ああ、そうだよ。私の部下だ。まあ、彼もなかなかの腕の持ち主なのだがね」


 晴明はまだ二十代半ばのように見える。自分よりも年上の人たちを部下としてまとめ上げているのか。達海はふと、すごいなという感想を持つと同時にどんなに強いのだろうかというワクワクした感情が込み上げてきた。


「晴明様、あちらです」


 着物の男が差す方を見ると大きな悪霊が一体。あの時、ショタを飲み込んだ悪霊よりも数倍邪悪なオーラを放っているように見えた。その悪霊の周りには烏帽子をかぶった白い着物の男が三人。悪霊には数十の蛇が纏わりついており、二匹の虎が悪霊の両腕に噛みついてその場に押さえ付けていた。


「ああえ!!!!!!!!!」


 悪霊の雄叫びが辺りに響き渡る。


「これは……すごいな」


 アクタがごくりと固唾を飲んだ。


「あんな悪霊初めて見ますわ」


「ぜひ力比べをしてみたいものだね!」


「あなたじゃ瞬殺ですわよ」


 ポーズをとるマッチョに向かってお嬢は冷たくツッコミを入れる。


「でも実際あのレベルの悪霊はまずくないですか」


「私も戦いたくはないなぁ」


 達海とレイも不安な表情を見せた。


「ここまでやばいのは俺も久々に見たよ。でも、まあ……」


 冷や汗をかいた春明はそう言って晴明の方を見た。


「晴明様!! お待ちしていました! あとは頼みます!」


「ああ! 任された! 全く、こんなに肥えてしまうまでどこに隠れていたんだか」


 晴明はそのまま悪霊の近くまですたすたと歩いていく。

 いよいよ彼の戦いを見ることが出来る。達海と幽霊たちは瞬きせずに晴明を凝視した。


「白虎」


 晴明がそう呟くと、大きな白い虎どこからともなく現れて悪霊の体を爪で引き裂いた。悪霊は消えていき、霊魂だけがその場に残る。

 あまりに一瞬の出来事だったため、達海たちはポカンとしたまま固まっていた。そんな達海に春明が声をかける。


「だから言っただろ。面白くないって。俺たちとは次元が違いすぎるんだよ。彼は形代も使わずに最上位の式神を呼び寄せる。陰陽師としては超がつくほどの天才なんだ」


 晴明が霊魂を拾い上げると達海たちに笑顔を向けた。


「どうだ、かっこよかったろう。これが私、陰陽師頭首、安倍晴明の力だ。私のかっこいいところも見せたし、それじゃあ陰陽寮に向かおうか」



 達海たちは再び車に乗り込むと陰陽寮へと向かった。

 

「さあ、着いたよ」


「わあ」


 車から降りると目の前には大きな木造の門があり、左右には見えない長さまで塀が続いていた。中は相当に広いのだろう。

 すると門が開き、晴明と同じ白い着物を着ていて烏帽子からはポニーテールを覗かせた若い男がズカズカと歩いてきた。


「晴明様! 何をやっているんですか! そこらへんの悪霊など私どもに任せておけばいいのです! まず、なぜあの者たちが一介の悪霊如きに苦戦しているのか……うげっ、春明、なぜ貴様がここにいる。まさか、今日来る客人というのは……」


「そうそう、春明たちのことだよ」


 晴明がポニーテールの彼に向かって満面の笑みを向けた。


「よう、元気そうだな吉平」


「陰陽師の裏切り者が、気安く私に話しかけるな。しかも陰気臭そうなメガネ小僧に幽霊まで居るじゃないか」


「おいおい、大事な客人にそんなことを言うな」


 晴明が宥めるように言う。


「彼は何者なんですか?」


「安倍吉平。晴明さんの側近で一番弟子なんだよ。しっかり者なんだが、どうも俺のことを裏切り者だと嫌っている節があるんだ」


 こっそりと質問した達海に対して春明は答えた。


「仕方ない、我慢してやる。それよりも晴明様、鈴が鳴りました。陰陽様がお呼びです。急いでくださいよ」


 そう言うと吉平は門の中へと入っていった。


「それじゃあ、私たちも中に入ろうか。ようこそ、陰陽寮へ」


 達海たちは晴明に連れられて陰陽寮の大きな門をくぐった。





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