#62 誘なう

「天池悪い、きりの良いところでコーヒー豆買ってきてくれないか。明日のぶんが足りなそうなんだ」


 達海が陰陽の庭園でレイと組み手を行っていると春明から声をかけられた。


「良いですよ」


「私も行くー!」


「気をつけて行ってこいよ」


 

 達海はシャワーを借りてから、コーヒー豆を買うためにレイと共に外に出た。

 二月になり、気温は零度近い日が続いている。達海は悴む手をパーカーの袖にしまい込んだ。空を見上げると鼠色の雲が一面に広がっている。


「ちょっと急ごうかレイ。もしかしたら雨が……」

「雨が降ってくるかもしれない。……ですねぇー」


 達海の声に被せるように背後から声がした。聞き覚えがある嫌な声。達海とレイが血の気が引いたような顔を振り返らせると、彼らのすぐ後ろでピエロが嗤っていた。

 達海とレイがすぐにファイティングポーズを取るとピエロは慌てたように両手を自らの手前で交差する。


「違います。違うんです。今日はあなたたちと戦うつもりはないんです」


「ショタの命を奪ったこと忘れたとは言わせないぞ」


「私も君のこと許さないから」


「そんな怖い顔をしないでください。それにショタくんは幽霊ですから、命を奪ったとは語弊があります」


 ピエロの人の気持ちを逆撫でるような言葉に達海は顔を顰めた。沸々と怒りが湧き上がる。


「今すぐに除霊してやっても良いんだぞ」


「おやおや、たった二人で何が出来ると言うんです。前は春明と三人がかりでも何も出来なかったくせに」


 達海は「くっ」っと自分の唇を噛んだ。確かにピエロの言う通りだ。あの頃に比べて強くなったとはいえ、今レイと二人で戦ってピエロに勝てるとは到底思えなかった。


「今日は、あなたたちに良いことを教えてあげに来たんですよ」


 ピエロが自分の顔の下で両手を広げるふざけたポーズを取る。


「良いこと?」


 レイからの問いにピエロが答え始めた。


「そう、良いこと。俺は嘘を吐きません。春明のことは信じるな。信じてはいけないです。彼はあなたたちを欺いている」


「はあ? 何を言ってるんだ」


「……GHはあなたも知っているでしょう? そのGHの創設には春明が深く関わっている。そして君もね、レイ」


「わっ、私が!?」


 驚き顔の達海とレイにピエロはピョンとジャンプして背を向けると、少しだけ振り返った。


「見せたいものがあります。ついてきなさい。あなたの生前に関わるものです」


 そう言うとピエロは歩き始めた。レイもそれに続くように一歩目を踏み出す。それを見た達海が慌てて彼女の肩を掴んだ。


「やめた方がいい! きっと罠だ」


「それでも……それでも私は確かめたい」


 レイの覚悟が決まったような表情に、達海は根負けしてしまった。


「危ないと思ったら、すぐに逃げるぞ」


「……わかった」



 達海とレイはピエロに黙ってついて行った。その間、ピエロはサーカスで流れるような音楽を鼻歌で奏でていた。しばらくついていくと人気ひとけが無く、舗装もされていないような道に入っていく。達海たちは不安になりながらも道を進んでいった。すると、彼らは暗く暗く奥がほとんど見えないような洞窟に辿り着いた。


「なんだここ。 陰陽のすぐ近くにこんなところがあったのか……レイ?」


 達海がレイの方を見ると、彼女の顔色が少し悪くなっていた。


「大丈夫、ちょっと怖いなって思っただけ」


 そんなレイをよそにピエロは「行きますよ」と、洞窟の中へと入っていってしまった。達海は慌ててスマホを取り出してライトを付けながらレイと共にピエロの後ろを追った。



「達海はGHがなぜ創設されたのか知っていますか?」


 洞窟を進む途中、ピエロが突然に声をかけてきた。


「いや、知らない」


「GHは局長である芦屋道竹が白天狗の幽霊を討伐するために警察庁長官である橘凛たちばなりん協力のもと、十二年前に設立しました。……ということになっていますが、これは都合の良い表向きの理由です。本当の理由はもっと闇が深くてもっと楽しいものなのです」


「それで、本当の理由ってのは何なんだよ」


「そう急がないで下さい。今俺が言えることは、春明とレイがGH創設の原因に近い立場であるということだけです」


「もったいぶりやがって……それにしてもやけに詳しいんだな」


「……幽霊にとっての敵ですからね。調べるのは当然です」


 そんな話をしていたら、洞窟の一番奥まで辿り着いた。その場所は広くなっており天井も高かった。周りの壁には無数の穴があり、そこに蝋燭が立てられていた。そのため、この空間はスマホのライトが必要ないくらいに明るく照らされていた。


「これは……そうか、ここが雷明の封印の場所だったのか」


 広い空間の一番奥には一つの小さな祠があった。それには封印の札が一枚貼られている。


「その通り、この祠には史上最恐の陰陽師、賀茂雷明の悪霊が封印されています」


「俺たちに見せたいものってこれのことか? ピエロ」


「ええ、これです」


「それで、これが何だって言うんだよ。…………レイ? 大丈夫か?」


 達海がレイを見ると顔色が真っ青になり、息遣いが荒くなっていた。


「ごめん、やっぱり私具合悪い。帰ろう達海!」


「わかった、帰ろう」


 達海がレイの腕を引っ張って、来た道を戻ろうとした。


「何勝手に帰ろうとしてるんですか」


 ピエロが達海たちの前に立ちはだかる。達海は護身用に持っていた形代を数枚取り出した。


「虎!」


 達海が投げた数枚の形代は猫の形となり、ピエロに纏わり付いて噛みついた。


「行こう! レイ」


「だから帰らせませんよって」


 ピエロは猫たちを軽く蹴散らすと達海に追いついて正面から彼の首元を掴んだ。


「せっかくなんです。もっとお話ししましょうよ」


 達海がピエロを睨むなか、洞窟内には不気味な嗤い声が響き渡った。


 ケタケタケタケタケタケタ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る