#31 狂愛—参—

「如月さーん、どういう事っすかー。そんなことってあるんすかー」


「うおっ、いきなりどうしたんだよ」


 GH本部の資料室で作業をしていた大輝に、突然やって来た圭が泣きついた。


「上からの命令で、今進めている捜査は一旦中止だって。酷くないっすか。絶対にあそこには幽霊がいるのに」


「……どうせ、陰陽師絡みだろ」


「陰陽師……そういえば今日、捜査対象の家に陰陽師が来たって言ってたっす。確か、安倍春明って奴だったっす」


「カフェ陰陽の奴か」


「それっす! でも陰陽師って局長以外は西日本で活動してるんじゃなかったんすかー」


「お前はまだ聞いたことが無かったか。陰陽師の外れ者は局長だけじゃない。カフェを経営する元陰陽師の明宏と春明。そいつらは、陰陽師の頭首“安倍晴明あべのせいめい”に何かと目をかけられてる。だから、GH《うち》はそいつらとなるべく面倒を起こしたくないんだよ」


「……それでも俺たちが最初に手を付けた件っすよ。納得いかないっす」


「我慢しろ、鏑木さんに殴られたいのか」


「それは……イヤっす」


「だろ、だったら我慢しろ」


「分かったっす。……あ、そうだ、あと明日の午前中、全体会議を行うって副局長が言ってたっす」


「全体会議って珍しいな。局長以外の十三人を全員集めてやるのか」


 大輝は作業を止め、眉をひそめながらファイルを閉じた。


「みたいっす」


「分かった。連絡サンキューな」


「ういっす。如月さん、タバコ吸って来ないでくださいよ。また、タバコ臭いって北山さんに怒られるっすよー」


「うっせーな。勝手に怒らせておきゃいいよ」


 圭は資料室から出て行った。



 

 翌日、達海は講義が終わると陰陽へと急いだ。佐野の幽霊がすでに来ているかもしれない。もしも春明が今回の依頼を断ってしまったら、彼はGHに狩られてしまうのだろうか。不安な思いがさらに達海の足を速めた。

 

 達海が陰陽スライドドアを開けると、春明がカウンター内でコーヒー牛乳のパックを片手にお嬢と何かを話していた。ドアの開く音に春明とお嬢が気づき、振り向いた。


「よう、天池。GHと話はつけた。佐野が来たら東山の家に行くぞ……っと、丁度来たようだな」


 達海が後ろを向くと、そこには佐野の幽霊が立っていた。


「どうも、よろしく頼むよ」


 佐野はぺこりと頭を下げる。


「東山の家に行く前にひとつ、あんたのことについて一通り調べてみたが、あんた徹じゃなくて渉だろ。どうして嘘を? あんたの目的はなんなんだ?」


 春明はコーヒー牛乳のパックをカウンターに置くと、佐野をじっと見つめて尋ねた。


「……嘘じゃない。僕は徹だよ。」


「……そこまで真剣に言われたら仕方ない。ただし東山の家に行くのは、あんたの東山の両親への謝罪内容を詳しく聞いてからだ」



——達海と春明、そして佐野はタクシーに乗り込み、東山宅へと向かう。とは言っても助手席に座っている佐野の姿は運転手には見えていない。後部席に座る達海と春明は話すこともなく、窓から見える住宅街の殺風景をぼんやりと眺めていた。

 佐野の東山への謝罪はシンプルなもので、『京子ちゃんを殺してしまって、助けることが出来なくて申し訳ないと思っている』と伝えてくれればいいと佐野は言っていた。また、『僕たちは愛し合っていた』ということが両親に伝われば満足だと言う。

 達海は佐野の幽霊に対して、何か違和感を覚えながらも成仏してくれればそれで良いと深くは考えないようにしていた。それよりも、春明とGHとの間にどのような関係があるのか、そのことばかりを考えてしまう。

 春明はGHを極力避けるようにしている。それは、幽霊を見境なく狩る恐ろしい集団だからと言う理由以上の何かがあるように達海は感じていた。

 タクシーのスピードが徐々に遅くなっていく。『ここでいいかな』という運転手の声で達海は東山宅前に到着したことに気がついた。

 

 達海と春明はタクシーから降りると、インターホンを鳴らした。「はーい」と言う声が聞こえると、玄関の扉が開いて中から吉江が出迎えてくれた。


「どうも、安倍です。本日は徹さんの幽霊を除霊しに参りました」


 達海たちは玄関を通されると、リビングへと向かった。


「昨日、あなたが帰った後に警察の方が来てくれたのだけど、幽霊は居ないって言ってたのよ。そのこと、もう聞いているかしら」


 吉江が達海をチラッと見て春明に尋ねた。


「ええ、すでに聞いております。でも、今日はもうここにに居ますよ」


「えっ!」


「徹くん、何か合図をしてみてくれるかい」


 春明が言うと、佐野はチェストの上に飾られている写真を倒した。“カタン”と高い音が鳴り、「ひっ」と吉江が小さく声を上げた。


「怯えなくても大丈夫ですよ。彼に悪意はありません。あなたに伝えたいことがあるだけだそうです」


「あなたには幽霊が見えているの?」


「ええ、はっきりと見えています。今から徹くんの言うことを代弁致しますね」


 春明は佐野の方を見て示し合わせる。


『京子を助けることが出来なくて申し訳ない。京子のことはとても愛していました。彼女を殺したのは……』


 春明と佐野の言葉が途中で途切れた。


「どうした? 佐野?」


 春明と達海は佐野を凝視する。佐野の様子がなんだかおかしい。彼は両手で顔を覆いながら、ぶつぶつと何かを早口に言っていた。

 吉江は達海と春明の並々ならぬ雰囲気に不安な表情を浮かべる。

 

「この匂い、京子ちゃんの匂いだ。また僕を閉じ込める気なのか。また、僕はぶたれて犯されて、そんな毎日が続くのか。もう抑えられない。僕は、僕は、僕は……」


 佐野の体からはうっすらと黒いオーラが浮き出していた。達海が佐野に問いかける。


「お前、佐野徹か?」


「徹じゃない……。僕は渉だ!!」


 佐野が喚き声を上げた。春明がすぐさま佐野に呪符を貼り付ける。


「この霊の動きを封じる。急急如律令!」


「なんだこれ、離せ、離せよ!!」


 佐野は必死にもがこうとするが呪符の効力により、動くことは出来なくなっていた。


「いったい何が起きているの!!」


 吉江が狼狽えながら春明に問いかける。


「少し、徹さんの幽霊が危険な状態です。念のため、吉江さんは外に出ていてください。わたくしがなんとか致しますので」


「わっ、わかりました」


 吉江は春明に言われるがまま、玄関へと急いだ。佐野は『離せ』と喚き続けている。


「春明さん、どういうことなんですか!」


 達海が春明の近くへ歩み寄り、尋ねる。


「まさかとは思ったがこの幽霊、人格が二つあるみたいだな」


「二重人格ってことですか!?」


「おそらく。こうなってしまった経緯は分からないが、渉の中に三年前に死んだはずの徹の人格がある」


「徹の幽霊が渉の幽霊に取り憑いてるってことですか?」


「幽霊が幽霊に取り憑くなんて話聞いたこと無い。おそらく、渉自身が徹の人格を自分の中に生み出したんだろう」


 春明は佐野を見ながら答えた。


「お願いだ。もう許してくれ。頼むよ……」


 佐野の声は弱々しくなっていた。春明はそんな佐野に近づいて優しく話しかけた。


「落ち着いて聞いてくれ。もう京子は死んでいる。この世にもう居ないんだ。君が辛い思いをすることはもう無い。今から動けるようにしてやるから、暴れるんじゃないぞ」

「なんだ、やっぱり居るじゃないっすか。幽霊」


 達海と春明は突如現れた声の主の方へと顔を向ける。リビングの扉の前には、白いトレンチコートを着た糸目の男が立っていた。


 




 








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