#24 ショタとピエロ—陸—

「大丈夫か、お嬢!」


 アクタが倒れているお嬢に駆け寄り、片膝を地面について抱き上げる。


「私は大丈夫ですわ……。それよりもショタさんを……」


 力の入っていない声でお嬢はアクタに言った。


「今みんなが悪霊を除霊してくれてる。だから大丈夫。きっと大丈夫だよ」


 お嬢の顔には雨に混じったアクタの涙がボロボロと落ちてきた。


「ああ、そうですのね……」


 お嬢は静かに目を閉じ、涙を流した。



「ああああああ!」


 達海たちは巨大な悪霊に攻撃を当て続けた。悪霊は彼らの猛攻により動きが鈍くなっていく。


「この悪霊を滅する! 急急如律令!」


「いいあうあい、いえあくあいいいいいい!」


 春明からの最後の攻撃により、悪霊は消滅していった。悪霊がいた場所には黒い霊魂だけが残った。



「おい、ショタはどこだよ。どこに居るんだよ。……早く出てこいよ」


 達海が目を見開きぼそっと言った。春明が霊魂を拾い上げる。


「分かっちゃいた。分かっちゃいたけど……。こんなのあまりに残酷だろ」


 春明が静かに言った。レイとマッチョからは涙が溢れ出ている。


「ショタはどうなったんだよ!」


 達海が春明に向かって叫んだ。


「消滅したよ。あの悪霊に喰われて、悪霊のエネルギーの一部となったんだ」


 春明は拾い上げた霊魂をそっと見た。


「そんな……だって、だってあいつは……」


 達海の脳裏にはショタとの記憶が思い起こされ、泣き崩れた。

 少しの間、雨音だけが周りに響いていた。


「帰ろう……」


 レイが暗い顔でポツリと言った。すると、アクタもお嬢を抱きかかえて来て言った。


「そうだね。帰ろうか。明宏とフォトも待ってるはずだ。陰陽に帰ろう」



 暗い雰囲気を拭えぬまま、達海たちは陰陽へと帰ってきた。明宏やフォトが事の顛末を知ったらどんな顔をするのだろうか。春明は入り口のスライドドアを開いた。


「帰ったぞ、祖父じいさん。……祖父じいさん?」


 返事は誰からも返って来る事はなく、店内には誰も居なかった。


「もしかしたら明宏さん、まだ倒れているのかもしれませんわ」


 達海たちは二階へと向かった。階段を登り、廊下の奥へと歩みを進める。達海と春明の体からは、雨水が滴り落ちてポタポタと音を立てた。

春明が部屋のドアノブにゆっくりと手をかける。


 ガチャ


 ドアを開くとフォトが倒れており、明宏が刃物を片手に握りしめていた。


「何やってんだよ祖父じいさん!」


 春明が叫ぶ。レイはフォトの元に駆け寄った。


「フォト!」


「動かないでくれ」


 明宏はそう言うと、自分の喉元に刃物を突き立てた。


「今からわしの罪を告白する。この部屋の結界を解いたのはわしだ」


「はっ……何言ってんだよ」


 春明は狼狽えながら言った。


「でもたしかに……この結界は明宏さんにしか解けないはずだ……」


 アクタがポツリと言う。

 外は雨風が強くなり、部屋の窓がガタガタと音を立てている。


「わしがピエロの手引きをした。この罪は償わなければならない」


 明宏はそう言うと春明に向かってニヤっと笑ってみせた。


「あんた……。十二年前の……」


 春明が目を見開き、誰にも聞こえないような声でボソリと言った。


「おおおおおおおおおお!」


 グサッ!


 明宏は叫ぶと喉に刃物を突き刺した。血が噴きあがり、部屋中に飛び散る。


祖父じいさん!」


 春明は明宏の元にバタバタと駆け寄った。達海と周りの幽霊も急いで駆け寄る。


祖父じいさん! 救急車……救急車呼ばないと。天池! 早く救急車呼んでくれ!」


 達海が慌ててスマホを取り出し、番号を打とうとする。


「なあ、祖父じいさん! しっかりしろよ! 祖父じいさん‼︎」


「春明!!」


「……」


 レイの呼びかけにより喚いていた春明は静止する。


「死んでるよ……。もう、明宏、死んでるよ」


「あ……あ……うわあぁあぁあぁあぁ!」


 春明は達海が初めて聞くほどに大きな声で泣いた。幽霊たちも泣いていた。達海にとって明宏は数ヶ月間の関係で、そこまで言葉を交わした訳ではなかった。しかし、だんだんと熱いものが込み上げて来て、気づけば達海も涙を流していた。



 陰陽の庭園にある木の上にはピエロと着物を着た女性の幽霊が居た。女性は目を閉じて木の枝に座っていたが、ゆっくりと目を開いた。


「戻りましたか。桔梗」


 ピエロが女性に声をかける。桔梗と呼ばれた女性はピエロに返答した。


「ええ、安倍のジジイを殺った」


「えぇ! 殺しちゃったんですか。あのお爺さん、あなたの旦那の親友の子孫だったのでしょう?」


 ピエロが体を左右に揺らしながら言う。


「いいのよ。あの人を封印した奴の子孫なんて。もう必要ないし。それよりも、達海? とかいう奴は早く殺さなくていいの? 私たちの計画の邪魔になるかもしれないんでしょう?」 


「ああ、彼はまだいいんですよ。彼には俺のショーをじっくり楽しんでもらってから死んでもらうことにしましたから」


「全く、新しいおもちゃを見つけたって訳ね。お人形遊びもほどほどにしておきなさいよ」


「……あなたは俺の母親ですか。ケタケタケタ」




 ——あれから数日が経った。明宏の死は警察に自殺と判断された。フォトは無事であったが、あの時何があったのかは覚えていなかった。

 春明は、達海、そして陰陽の常連客を数名集めて明宏のお葬式を開いた。常連客は明宏にもう愚痴を聞いてもらうことが出来ないのか、明宏の作るカレーを二度と食べることが出来ないのかと泣いていた。陰陽の幽霊たちも棺桶に入る明宏を囲み泣いていた。

 達海は焼香を終えると春明の姿が見えないことに気づき、彼を探しに建物外に赴いた。春明は葬儀場のすぐ側にあるベンチにして座っていた。いつもの格好とは違いきちっと喪服を着ている。達海は春明に声をかけた。


「もうすぐ花入れの儀が始まりますよ」


「ああ」


 春明はぼーっとしたまま動く気配がない。達海は春明の横に座った。


「他の陰陽師の方は呼ばなかったんですね」


「陰陽寮は京都にあるからな。わざわざこっちに呼ぶのも申し訳ない。それに俺らは一度、陰陽寮を追放された身だしな」


「……なぜ、追放されたんですか」


「俺の先祖が陰陽師始まって以来の恥晒しを庇ったからだよ。今となっちゃ、その恥晒しもくだらない理由で祭り上げられていただけなんだけどな」


「そうなんですね」


 達海はもう少し詳しく話を聞きたかったが、(また次の機会に教えてもらおう)と思いとどまった。

 春明は真っ直ぐに前を見つめていた。次にやるべきことを見据えたような、何かを覚悟したような。達海にはそう見えた。


「達海! 春明! 明宏にお花添えるよ!」


 レイの呼ぶ声がする。達海と春明は立ち上がり、葬儀場へと歩いていった。


 

 常連客たちが、微笑みながら明宏が眠る棺桶に花を入れていく。


祖父じいさん、俺はあんたとの暮らし結構楽しかったよ。……あんたは未練たらたらかもしれないが、どうか化けて出てくれるなよ。良いことなんて無いって、あんたが一番分かるだろ。安らかに天国に行ってくれ」


 優しい顔でそう言った春明は、そっと明宏の顔の横に花を置いた。


 

 釘を打たれた棺桶が春明によって霊柩車へと運ばれる。春明は棺桶を乗せ終わると、送迎の車に乗り込んだ。達海、幽霊たち、そして常連客が霊柩車に向かい黙礼、合唱を行う。

 爽やかな青空の下、霊柩車のクラクションが響き渡った。

 




 








 






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