#59 陰陽様
陰陽寮に来てから七日目の朝となった。いよいよ東京に帰る日だ。達海たちは支度を終えると寝殿に向かった。
寝殿に行くと別れの挨拶をするために多くの陰陽師たちが集まっていた。しかし、そこに晴明と保憲の姿はなかった。
「全く、保憲様はともかく晴明様は何をしておられるのだ」
吉平がご立腹の様子だ。すると、遠くの方から晴明が手を振りながら歩いてきた。
「おーい、おーい天池くーん!」
「どうしたんですか、晴明さん」
近づいてきた晴明に達海が問いかけると晴明はニヤッとしながら答えた。
「喜べ天池君! 陰陽様が君と話しをしたいそうだ!」
晴明の言葉に陰陽寮の人たち、そして春明がキョトンとした。
「晴明様……今、なんと?」
陰陽師の一人が自分の耳を疑い、晴明に問いかけた。
「だから、陰陽様は天池君と話すことをご所望だ。天池君、すぐに本殿へ行くぞ」
『はあぁあぁあぁ?』
陰陽寮の人たちと春明は声を出して驚いた。
達海は晴明に連れられて、陰陽寮のさらに奥へと歩いた。大きな鳥居を潜り、草木が生い茂る一本道を進んでいく。
「なぜ、俺が呼び出されたのでしょう。その……陰陽様は晴明さんしか声を聞いたことがないほどシャイな方なんですよね。俺、何かやらかしたんでしょうか……」
「あはは、陰陽様をシャイとは……面白い言い方をするね。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。陰陽様は陰陽師の家系でもない君が力を使えることに興味を持たれてね。なあに、少しおしゃべりをするだけさ」
動揺を隠せずにいた達海に晴明が笑いかけた。
「ほら、あそこだよ」
雑木林の道を抜けると、達海の目には大きな御本殿が飛び込んできた。
「陰陽様、連れて参りました。彼が天池達海君です」
木造の建物の中に入ると一つの扉とその右脇には白虎、朱雀、左脇には青龍、玄武を模した石像が台座の上に鎮座していた。扉には横向きに架けられたしめ縄が二本、紙垂がいくつか装飾されている。扉少し手前には供物を捧げるための台が置かれていた。ここに霊魂を置くのだろうか。
「ありがとう、晴明」
扉の向こうから若い男のような声が聞こえてくる。その声はとても落ち着いた声で神々しさのようなものを感じた。
「晴明、少し席を外してくれるか? 彼と二人だけで話をしたい」
「……承知いたしました」
晴明は扉に向かって一礼をすると「あとは頑張ってね、天池君」と言いながら本殿から出ていってしまった。
達海はどうしていいか分からずにハラハラしていると、ガチャン! と扉の方から重厚な鍵を開いたような音が聞こえた。
「おいでよ」
その言葉を聞いた達海は口が乾いてほとんどない唾液を飲み込むと、恐る恐る扉の向こうへと歩いていった。
「やあ、会えて嬉しいよ」
扉の向こうには何もないただ真っ白な空間が広がっていた。その部屋の中には白いローブを着たロン毛の男が一人、地べたに座っていた。顔はこの世のものとは思えないほどに美しかった。
「は、初め……まして」
「そんなに堅くならなくて大丈夫だよ。そうか……なるほど、君が……」
男は達海を見て目を細めた。
「あなたが陰陽様なんですか?」
「いかにも、私がその昔、陰陽師たちに力を授けた陰陽様である! まあ、君も座りなよ。足も崩してしまっていいからさ」
達海は「失礼します」と言いながら陰陽様の前に正座した。
「人を見るのは久しぶりだな。もう千年以上は外に出ていないからなー」
陰陽様は達海をまじまじと見ると「不思議だ」とか「でも、まだこちらにくるべきでは……」など、一人でぶつぶつと呟き始めた。
千年以上も外に出ていない。見た目は人間だが何か違う生物なのだろうか。
「あっ、あの! どうして俺なんかと会おうと思ったんですか。陰陽師の人たちはおろか、頭首である晴明さんにすら姿は見せたことがないんですよね」
「うむ、君のことが少し気になってね。でも、もう満足したよ。楽しかった。帰っていいよ」
陰陽様はあっさりとそう言うと立ちあがろうとした。
「え? ……待ってください! 俺もあなたに聞いてみたいことが」
陰陽様は少し考える素振りを見せると優しい顔を達海に向けた。
「いいよ。これも何かの縁だ。答えられる限りで答えてやろう」
「陰陽様は除霊された幽霊を……霊魂をどうしているんですか?」
これは達海がなんとしてでも知りたいものだった。悪霊や除霊されてれしまい霊魂となってしまった幽霊に救いはあるのだろうか。
「これは……教えてあげてもいいか。絶対に他人に言ってはいけないと約束してくれるなら教えよう。でないと、私は君を消さなければいけなくなる」
「絶対に……絶対に他言はしません!」
達海の返答を聞いた陰陽様は座り直すと真面目な顔つきで話を始めた。
「霊魂は地獄に送っている。それが私の仕事だからね」
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