#35 狂愛—漆—
「ここに座りなよ。今、飲み物持ってくるね」
渉は京子に促されるままに机の前に座った。床にはゴミや京子が描いたであろう絵が無数に散乱していた。カーテンは閉まっており、太陽光が遮られて部屋の中はうっすら暗くなっていた。
「ねえ、見てよ」
京子が麦茶の入ったコップを机に置くと、イーゼルに立てかけられたキャンバスを指差した。キャンバスには公園のベンチに座り絵を描いている男性が描かれていた。
「兄貴か」
渉は目の前に置かれたコップを口元へと運ぶと、ゴクリと麦茶を一口飲んだ。
「うん。徹くんが絵を描いている表情すごく好きなんだ。この絵が完成する前にもう一度徹くんが絵を描いているところを見たくてね。今度また、絵を描きに行こうね」
「……京子さん、だから僕は徹じゃなくて……」
渉は京子の自分を見る目に恐怖を覚えた。それは慈愛と狂気が入り混じったような、混沌としていてまるでこの目に飲み込まれてしまうのではないかと錯覚するほどであった。
「兄貴は死んだ! もうこの世にはいないんだ!」
「嘘だ! だって、ここにいるじゃない。私の目の前に!」
「僕は渉だよ!」
「……渉って誰?」
この女は正気ではない、早く逃げなければ。そう思った渉は立ちあがろうと足に力を入れた、はずだった。ガクッと力が抜けた渉はそのまま、床にへたり込んだ。瞼が段々と重くなっていく。麦茶に薬を盛られたのか。渉が気づいた時にはもう遅かった。彼の意識はどんどんと遠くなっていった。
渉が目を覚ますと彼の両手は手枷でベットに繋がれていた。衣類はいっさい身につけていない、素っ裸の状態であった。
「あああ……」
「あ、起きた? 服脱がしたり、ベットまで運ぶの大変だったんだから。もう勝手にどっかに行かないで」
京子は渉に優しく口づけした。
「!!」
「あは、久々で嬉しかった? もっとしてあげるね」
そういうと、京子は両手で渉の頭をガッチリと固定すると、激しく濃厚なキスを繰り返した。渉はもがきながら必死に叫び声を上げる。しかし、京子は、「こらこら、暴れないで」と言いながらキスを続けた。
ブチッ
「痛っ」
渉は京子の唇に噛み付いた。それが今の彼に出来た必死の抵抗であった。京子は一瞬、驚いた顔をすると、怒りの表情を露わにして渉にビンタした。
「徹くんはこんなことしないでしょ! ねえ、やっと会えたのに。徹くんは嬉しくないの?」
「でぇから、ぼくはぁ」
薬がまだ効いているのか呂律が上手くまわらない。
「だから、そんなことを聞いてるんじゃないの!」
京子が数秒喚き散らかすと、スッと青ざめた表情になり再び渉に顔を近づけた。
「ごめんね。こんなつもりじゃなかったの。私はただ、徹くんと一緒に居たくて……一緒に気持ちよくなりたくて……。今、してあげるね……」
そういうと、京子は
「ああー、徹くん。今、挿れてあげるからね。んっ」
「あっ!!!!」
それからどのくらい時間が経ったのだろうか。果てても果てても京子は渉の上で腰を振り続けた。もう意識が飛んでしまうんじゃないかと思っていた頃、「お腹すいたね。ご飯食べようか」と京子は渉の上から降りるとキッチンへと向かっていった。
お粥をお盆に乗せて持ってきた京子は、スプーンでお粥を掬うとフーフーと息を吹きかけ、それを渉の口に運び入れた。
「どう? 美味しい? まだ熱かったかな。次はお口で冷ましてあげるね」
食事が終わると京子は渉の隣で眠りについた。
「おはよう。徹くん」
京子の口づけで渉の目が覚めた。疲れきっていた渉もいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「今日は私、大学に行かないとだからここで待っててね。あと、徹くんと交流がありそうな人たちにはしばらく海外に行くって連絡入れておいたから、心配いらないよ」
京子が渉のスマホをフリフリと見せながら言った。寝ている間にロックを解除されたのだろう。京子は再び渉にキスをすると部屋を出ていった。
あれから何日も経った。京子はこの部屋にいることがほとんどで、時々大学に行く程度であった。京子が部屋にいる時はご飯を食べるか、絵を描くか、行為をするかだった。最初のうちは渉も抵抗をしたが、その度に京子は荒れ狂い、渉に暴力を振るった。
犯されて、ぶたれて、また犯されて。部屋には絵の具と体液の青臭い匂いが充満している。犯されて、ぶたれて、犯されて。渉は自分を徹くんと叫ぶ喘ぎ声を聞かされる度に、自分は徹なのではないかと錯覚するようになっていた。
「京子ちゃん、大好きだよ」
いつものように犯されていた渉の口から、ポロリとそれは発せられた。
「……! 私も、私も大好きだよ。徹くん!」
突然のことに京子が、そして渉自身もが驚いた。普段よりも京子の腰遣いが激しくなる。渉もそれに合わせるように動き始めた。ああ、そうだ。僕は徹。徹なのだ。
それから、何日も何日も二人は激しく愛し合った。徹は京子のことを説得するを手枷を外してもらえることになった。それでも、徹はこの部屋から逃げようとはしなかった。
「今度、絵を描きに行こうか」
「うん、行こう。やっとこの絵も完成させることが出来る。徹くんのことしっかりと描いてあげるからね」
「うん、ありがとう」
徹が京子の頭を撫でると、京子は歯に噛むように笑った。
今日は公園に絵を描きに行く約束をした日だ。徹は京子の部屋にあった男性ものの衣類を身につけ、京子が大学から帰ってくるのを待っていた。
「ただいま」
京子が玄関の鍵を開け、部屋に入ってきた。今日は待ちに待った日であるにも関わらず、京子の表情はとても暗かった。徹が京子を心配そうに見つめる。
「どうしたの? 京子ちゃん」
徹はキッチンへと向かう京子のことを追いかけた。すると、彼女は包丁立てから包丁を取り出すと、それを徹へと向ける。
「ねぇ、一緒に死のうか」
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