#61 GHの委員長
ピッ
カチャン
私の朝は、目覚まし時計が鳴る瞬間に起きるところから始まる。時刻はきっかり六時三十分。気持ちの良い目覚めだ。
肌に突き刺さるような寒さを我慢しながら布団から出たら、まずはうがいと洗顔をする。人は寝ている間に口の中で多くの細菌が繁殖しているらしい。テレビでどこかの医者が話しているのを見てからは、起きてすぐのうがいを毎日欠かさずに行っている。
朝食は、近所のスーパーで買った安い食パンを焼いてそのまま食べている。数年前まではこれのみで済ませていたが、これだけでは仕事中に頭が回らなくなってしまうことが増えたため、今はプロテインも一緒に飲むようにしている。もちろん、近所のスーパーで特売されている時に買ったものを。これだけ聞くと仕事の給与が低いのかと思われがちだけれど、そんなことはない。寧ろ、並のサラリーマンよりはたくさんお金は貰っているだろう。ただ、母への仕送りで給与の半分以上を持っていかれてしまうのだが。
朝食を取ったら、歯磨きを念入りに行う。生まれてからの二十五年間は虫歯が一つもないこと、そして足が速いことがちょっとした自慢だ。
歯をきれいにしたら、次は身だしなみを整える。あまり大きくはない胸を支えるスポーツブラを着用し、上から黒いスポーツティーシャツを着る。下には動きやすい黒のスラックスを履木、高校生の頃から定期的に染めている自慢の赤髪をツインテールに結びあげたら、白いトレンチコートを羽織る。
「行ってきます」
私の部屋に誰がいるというわけでもないのだけれど、仕事に行く前は必ずそう言って自室のドアを開ける。今日も一日頑張るぞ。
八時ちょっと前に職場に着いたら、まずは事務室にあるパソコンでメールをチェックする。大体は警察庁本部から調査や幽霊狩りの命令が通達されており、ここで今日一日のスケジュールを確認するのだ。そう、私の職場は警察庁 幽霊対策局。通称、GHと呼ばれる機関である。
小さな頃から幽霊が見えていた私は、どこでこの噂を聞きつけたのかは知らないが、大学を卒業した頃に局長から直々にスカウトされた。三年前のことだ。私は別に入るつもりはなかったのだけれど、給与が良いと聞いた母が無理矢理に私をここに就職させた。お金をせびる為に。
母は働いていないが金遣いが荒い。そんな母を見かねた父は私が十歳の頃に母と離婚をした。父はとても真面目な性格だが、女を見る目はなかったようだ。両親が離婚する直前に従兄弟が養子になったのだけれど、父には彼が着いて行った。本当は私も父のところへ行きたかったが、母がそれを許さなかった。性格がきつい母をあまり良く思っていなかったのはもちろんなのだが、当時の私は母の旧姓である北山になることも嫌だった。だって、名前が美波なのだから。北なのか南なのかはっきりしてほしいものだ。
……そんなことはさておき、今日も怪奇現象の調査依頼が届いていた。都民から謎の現象を見たり聞いたりという通報が意外とたくさん届くのだ。とはいっても、大抵は小動物や生者の仕業なのだけれど。ただ、二割くらいは本物の幽霊が関与している。その時は、私たちGHが幽霊を討伐することになっているのだ。美玲さんが来たら早速調査に出かけよう。
「おっ、北山。おっいすぅー。今日も早いなー」
「サスガ真面目チャン。感心ダナ」
「おはようございます。明日香さん、ケビンさん」
美玲さんを待っていると先に先輩の
明日香さんは言葉使いが荒く、顔はボーイッシュだ。なのにボインなのが解せない。私に少し分けてほしいくらいだ。性格は超ドS。幽霊と戦う時の武器もサドらしく鞭の神器を使いこなしている。
ケビンは見た目が完全に白人だけれど、日本人とアメリカ人のハーフだ。日本語が苦手みたいで、いつもカタコトで話している。幽霊と戦う時の神器は大剣で、戦っている様は勇者のようで少しかっこいい。だが性格はドMだ。
明日香さんは三十六歳でケビンさんは二十六歳。一回り年齢が違うのだけれど、美玲さん曰く、この二人は密かにお付き合いをしているのでは、ということらしい。
「明日香さんとケビンさんの今日のご予定は?」
「今日も霊現象の調査だよ。青森まで行ってイタコの婆さんから話を聞いて来いだと」
「最近、幽霊退治ノ依頼ハ、全部大輝ニ取ラレチャウヨ」
「それなー。あいつ最近調子乗ってるよな。私も幽霊ヤリたいっつーの」
やっぱり、最近明日香さんが不機嫌だったのはこの所為か。このところ大輝さんは人が変わってしまったかのように幽霊退治に積極的になっている。顔色も悪く、もはや病的だ。特別仲が良いという訳でもないのだけれど、流石に心配になってしまう。
「北山は如月とたまに話してるよな。あいつに言っておいてくれよ。少しは自重しろって」
「私も言ってはいるんですよ。自分の体をもっと大切にしろって。それでも全然聞く耳を持たなくて……」
「ハア、何処カ遠テモイイカラ、幽霊退治ニ行キタイモノダ。ジャナイト、体ガ鈍ッテシマウ。」
「滅多に都外に出張しない圭ですら、都外に行こうとしてますからね」
「浜辺じゃあ、如月に文句は言えねぇか」
「俺にも行かせて下さいって頼み込んではいたみたいですけどね。無視されてたみたいですけど」
「可哀想ニ」
大輝さんの愚痴を聞いていると次に珍しい人が出社してきた。
「花蓮さん! こっちに来るなんて珍しいですね。おはようございます」
「……おはよう、美波ちゃん」
赤縁メガネをかけ、長い茶髪のこのお姉さんは
「珍しいな天馬、姫川がさみしがってたぜぇー。たまには相手してやらないとマシンガンで暴れ散らかすかもしれねーぞ。ナハハハハ」
「考えておくね」
冗談のように言った明日香さんに対して花蓮さんはそっけなく返事をした。
「つまんねーの。それじゃあ、私らはそろそろ行くとしますかね。おい、ケビン。さっさと行くぞ」
「ワカッタヨ、明日香」
明日香さんとケビンさんが事務室から出ていくのを見送った私は花蓮さんに質問をした。
「花蓮さん、今日はどうしてここに来たんですか?」
「……私も少し、イタコの調査に興味があって。明日香ちゃんとケビンくんに話を聞こうと思ったんだけど。行っちゃった……」
「ええ! そうだったんですか! 今ならまだ間に合いますよ。追いかけて行ってきてください!」
「……そうだね。行ってくる」
花蓮さんはそう言うと事務室から出て行った。どうもあの人はふわふわした性格をしている。彼女の戦闘を見たことはないのだが、局長や副局長のように強い姿はまるで想像ができない。あんな性格で秘書なんて務まるのだろうか。
すると、すぐに事務室の扉が再び開き、泣き顔の美玲さんが入ってきた。
「ごめーん美波ちゃん。少し遅刻しちゃった」
「もう、しっかりしてくださいよ美玲さん。でも、美玲さんが遅刻なんて珍しいですね」
「少し用事があってね。……珍しいといえば、花蓮さんがここに来てた? さっきすれ違ったんだけど」
「ええ、来てました。調べたいことがあったそうです」
「ふーん、そうなんだ」
「それじゃあ、私たちも行きますよ。ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと仕事かたずけて来ましょう」
「はい! 委員長!」
美玲さんが私に向かって元気よく敬礼してきた。今日はやけにテンション高いな。何かいい事でもあったのだろうか。
「全く、美玲さんまで……その呼び方はやめてください!」
「あはははは」
私は幽霊対策局、通称GHの北山美波。今日も幽霊の調査を行い、街の安全を守って行く。そして、これからもずっと……。この時の私はそう思っていた。まさか、私がGHから追われる立場になるなんて。私がGHを離れ、半悪霊の少女と共に旅をするのはまだ少し先のお話。
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