アルギア 1
トレストを出た視察団一行は、ニクラス湾を北上し、アルギアに入る。
海路であれば、一日にも満たない距離だ。
ルガリア川の南岸に位置していたトレストに対して、アルギアはルルド川の南北両岸にまたがっている。
城壁は無い。
かつてはあったが、撤去されたのだ。
これらは、トレストとアルギアの最大の相違点から発生している。
アルギアは、周囲を全てノーマン家の勢力圏に囲まれているのだ。
ノーマン軍が定期的に巡回し、治安維持に心血を注いでいる土地に、だ。
ノーマン家に従うのであれば、城壁の存在意義など無いに等しい。
川を防壁するために、都市開発をどちらかの岸に限定する必要も無い。
アルギアは自治都市ではあるが、トレストのような独立勢力ではなく、ノーマン家の下での自治を行っている。
アルギア自身がそう望み、そんな形に収まってから、もう五十年ほど経つ。
現在のアルギアは陸側にはほとんど防備を置かず、実質的にノーマン海軍と言っても過言ではないアルギア海軍を中心に、その軍備を海に集中させている。
民間の武装商船も多く、ノーマン家の精神的な影響を強く受けた彼らは、契約には誠実な一方で「舐めたら殺す」の精神が染み付いている。
仲間が海賊に襲われたなどと聞けば、徒党を組んで襲ってきた海賊に逆襲を仕掛け、その拠点を略奪して焼き払うこともあるほどだ。
彼らも含めれば、その海軍力はトレストに勝るとも劣らない。
コルネオたちが下船したのは、そんなアルギアのルルド南岸側の街区、南区と呼ばれる場所らしい。
現在では両岸に広がるアルギアの街だが、歴史は南岸の方が古く、市政に関わる施設は大部分が南区にあると聞いた。
今日の宿となるアルギア市長邸宅もこちらだ。
トレスト同様、非常に賑わう港町だ。
だが、少し違和感があった。
何だろうか。
コルネオが疑問に思っていると、首を傾げていたウィニアが口を開いた。
「ランフォード子爵。
アルギアではトレストに比べて、扱う荷の種類が少ないのですか?」
ウィニアの指摘で、違和感が明確になった。
この港ではトレストと違い、同じ大きさの立法体の木箱が、無数に整然と並んでいる。
トレストではそうではなかった。
樽があったり、甕があったり、布袋があったり、箱があったりした。
それらの大きさは不揃いで、実に様々な種類の荷があったのだ。
しかし、アルギアでは同じ大きさ、同じ形の箱が整然と並んでいる。
一見すると種類の少ない荷物を大量に扱っているように見えるのだ。
だが、事前にアルギアの貿易品目を予習してきたコルネオは、そうではないことを知っている。
アルギアでは実に種々雑多な荷が取引されているはずだ。
「いえ、色々な種類の荷を扱っておりますよ。
少ないように見えるのは、この箱のせいでしょうね。
これは『コンテナ』という規格を統一した木箱です。
同じ形の箱の中に、様々な種類の荷が入っているのですよ。
ここに書いてあります」
アルバートが示した箱の一面を見る。
薄い木板が取り付けられており、そこには行き先や荷主、内容物、取り扱い上の注意点などが記載されているようだ。
『ラムナス商会
タルデントよりアルギアへ
木工細工
三百コリト』
『クワウナ商会
コルムよりトレストへ
シノンの磁器
五百コリト
※割れ物注意』
などなど。
見ている間にも、同じ形の木箱が次々と船から降ろされ、あるいは船へと積み込まれている。
観察しているうちに、この箱はただ同じ寸法で作られているというだけではないことが分かった。
クレーンで吊る時にスリングをかけられる箇所は常に一定で、その場所には補強が施されている。
また、箱の上面と下面に凹凸が設けられていて、積み重ねるとそれらが噛み合い、積んだ後にずれることを防ぐ構造になっているようだ。
荷物の情報を記した木板が取り付けられる場所も一定で、積んだ状態でも内容が読み取れるように配慮されている。
「なるほど、これは便利ですね」
バラバラに積んでいたのでは、どこからどこまでが誰の荷物なのか、紛れてしまうこともあるだろう。
紛れやすいということは、盗難や紛失も起こりやすい。
だが、箱詰めしてしまえば紛れることは無い。
よく見れば、一つ一つの箱に、荷主が印付きの封蝋をしているようだ。
これなら、一箱丸ごとでなければ盗難も紛失も起こらないが、これだけ大きな箱を丸々盗むのは難しいし、失くすこともまず無いだろう。
また、梱包の形が違えば、その度に運び方を考えて、変えなければならない。
それではその度に作業の手が止まり、時間も労力もかかってしまう。
スペース効率も良い。
この箱は三段程度なら積み重ねられるようだ。
同じ形の箱なのだから、港でも船内でも、無駄な隙間無く積むことができる。
しきりに頷きながらそんなことを言ったコルネオに、アルバートは頷いて付け加える。
「料金も単純になるのですよ。
どこからどこまで一箱いくら、で決められるようになりますから」
「ああ。
確かにそうですね」
「箱の規格はノーマンで決めましたが、製造はタルデントに任せています。
この辺りで木材と言えばタルデントですからね。
信頼関係も十分にありますから、規格から外れるものを作られる心配もありません。
とは言え、いずれ利用が増えれば箱ももっと必要になるでしょうから、何らかの資格や基準を定めて、製造の許可を出していく必要はあると考えています」
「しかし、箱での輸送が不向きな荷もあるのではございませんか?」
アルバートとコルネオの会話にウィニアも横から参加する。
港の運用に直接関わりそうなことだけに、興味津々の様子だ。
アルバートはそれに頷いた。
「もちろんです。
代表的なものは液体や穀物ですね。
それから木材などの細長い物。
宝石などのあまりにも小さな物もそうです。
それに他国からの荷ではもちろん使われておりません。
そういった荷は、基本的に北区で扱うことにしています」
「では、北区の港は昨日のトレストと似たような運用をされていらっしゃるのですか」
「そうです。
概ね同じと思っていただいて構いません」
「港が川で南北に切り分けられてしまっているのは、不便なように感じておりましたが、そのような使い分けをされていらっしゃったのですね」
「さすがにそれは狙ったものではありませんよ。
この箱、『ノーマンコンテナ』と名付けましたが、作ったのは三年ほど前です。
それから普及するに従って、結果的にそうなったというだけです」
感心した様子のウィニアに、アルバートは苦笑した。
「それでも普及が進んでいるので、南区はもうコンテナ専用です。
港の設備もコンテナ専用のものに順次切り替えています。
このレールもそうですね」
アルバートが示したのは、地面に横たわる二本の木材だ。
先刻から、何だろうと思ってはいたのだ。
平行して設置されたそれは、地面に強く固定されているらしく、びくとも動きそうにない。
上面は丁寧に磨き上げられているらしく、非常に滑らかな仕上げになっている。
接続部は金具で留められ、ずれないようになっているようだ。
船着場から始まったそれは、緩くカーブを描いて倉庫街らしき区画へと伸びている。
見ていると、平たい台車を牛の背に乗せた男たちが続々とやってきた。
先頭の男が、牛の背から下ろした台車を、木材に乗せる。
台車の車輪がピタリと収まる。
車輪には鍔があり、木材の上から落ちないようになっているようだった。
クレーンで持ち上げられた箱が、台車に乗せられる。
台車の上面に設けられた凹凸が、箱の下面の凹凸と噛み合い、固定される。
男は台車を牛に繋ぎ、牽かせて歩き出した。
台車は磨き上げられた木材の上をするすると動き、かなりの重さであろう箱を苦も無く運んでいく。
後続の男たちも次々と同じように箱を輸送していき、山のように積まれていた箱が、あっという間に運ばれていく。
「こういった専用の設備で効率良く作業できるのも、コンテナのメリットです。
トレストでも採用が決まったので、これからますます普及するでしょう。
船自体も、コンテナに合わせた寸法で作られるようになるかもしれません」
「いずれ、世界の物流が、ノーマンの決めた仕組みの上で流れるようになるかもしれませんね」
アルバートは、こともなげに笑ってそう言った。
いったい、この人には何が見えているのだろうか。
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