第7話 ユゴス 定点1

 宇宙ロケットはカイパーベルトを進んだ。

 小惑星が連綿と続き、惑星とも言えない岩の粒がロケットの行く手を塞いだ。


 行く手を阻む天体に注意し、航路を指示するミーちゃん。実際にロケットを操舵し、妨害物を回避するMINEマイン

 この二人は大忙しだ。それに対して、やることのない結杏ゆあは手持ち無沙汰だった。何もできることがない。


「MINE、この小惑星を左舷に避けろ。あとはそのまま進めば、カイパーベルトは抜けるはずだ」


 ミーちゃんがMINEに声をかけた。MINEはその指示通りに宇宙ロケットを動かす。

 その言葉通り、静かな宇宙に戻ってきた。


「いやいや、一体どれだけかかったんや。こんな宙域を抜けるのに」


 MINEの顔には複雑な数式が移っていた。その溜息のような言葉とは裏腹に、今までの航路を計算し、最適な順路を算出しているようだ。

 ミーちゃんは相変わらず仏頂面である。そして、結杏もまた、そのネズミのような頬袋を膨らませていた。


「なんか、お腹すいちゃったな。みんなぁ、ご飯にしてよ」


 その口調はいつになくつんけんとしている。宇宙飛行に自分が何も貢献できていないのが不満のようだ。


「食事か」


 ミーちゃんはちらと貯蔵庫を見る。


「保存食はできるだけ温存しときてぇな。だが、そうなると……」


 今度は窓をちらと見た。その瞬間、ミーちゃんの赤い目が青白く輝く。


「避けて通れねぇか」


 その瞳の中には銀色に輝く惑星が映っていた。


          ◇


 宇宙ロケットは銀色の惑星の上空を飛んでいた。

 その地表では、銀色に輝く塔が無数に立ち並んでいる。そのどれにも窓はなく、無機質な印象を受ける。

 塔の都市の近くでは、緑色の液体が巨大にうねり上がり、角錐の形状を取っている。まるで緑色のピラミッドのようだ。


「ミーちゃんよ、ここはどこなんや。ワイの記憶データには冥王星より先の情報はハッキリしとらんのや。

 カイパーベルトの先にこんな惑星があったんやなあ」


 MINEマインが困惑しつつ、ミーちゃんに尋ねる。


「ここはユゴス。地球人の中には冥王星と混同しているものもいたみてぇだな。

 冥王星が俺たちの前哨基地だとすれば、ユゴスは俺たちの重要拠点の一つってとこだ」


 ミーちゃんがぼそりと言葉を紡いだ。

 それに対し、ミーちゃんは顔のディスプレイに数列を羅列させる。何かを考えているようだ。


「僅かに情報データがあるなあ。ユゴス。ミ=ゴっちゅう宇宙生物がそこから来るっちゅう話やな。

 けど、こんな情報はオカルトの類でしかないやろ」


 検索の結果が出たようだ。その上で、ミーちゃんが疑問を口にする。


「オカルトじゃねぇよ。地球人の中にも俺たちと接触したものが記録を残したんだろう。だが、その数が少ないせいでオカルト扱いされてるだけだ」


 ミーちゃんの言葉を聞くと、今度は結杏ゆあだった。結杏は言葉一つを紡ぎだすのに、泣き出しそうな表情をする。


「ミ=ゴって、私、聞いたことある。ミーちゃんの名乗った名前だよね。

 俺たちっていうのは、私たちのことじゃなくて、ミーちゃんたち――ミ=ゴたちってこと?」


 その苦しそうな物言いに、ミーちゃんは意識せずか、顔をそむけた。そして、ぼそりと一言を返す。


「ああ」


 それに対し、MINEは追い打ちするように質問する。


「いろんな星で顔が効くミ=ゴがなんで地球では知られてないんや? なにが原因なんやろな」


 その質問に苦々し気な表情を向けたのはミーちゃんだ。


「地球には恐ろしい生物がいる。だから、表立って行動できねぇんだ」


          ◇


 宇宙ロケットは銀色の塔の一つに降り立った。

 すると、卵型の赤い頭部を持ち、翼の生えた甲殻生物が近寄ってくる。その全身は漆黒で、腕にはザリガニのようなハサミが生えていた。

 これが、ミ=ゴなのだろうか。色以外は似ているように見えなかった。


 ミーちゃんが宇宙ロケットから降りると、そのミ=ゴが寄ってくる。

 思わず、結杏ゆあは声をかけた。


「ミーちゃん……」


 ミ=ゴの卵型の頭部が七色の光を放つ。それに反応するように、ミーちゃんの赤い目も七色に光った。

 その光によって、交信をしているようだ。


 結杏には、その会話の内容がテレパシーによって理解できる。


――ミーちゃん。固有固体ユニークスキンだけでなく、個体名まで獲得したか。その状況、興味深いな。


 ミーちゃんはミ=ゴの中でも特殊な存在なのだろうか。いや、どこかのタイミングで特殊な存在になったのだろう。


――ふん。俺は興味ねぇな。もっと大事な目的ができたからな。


 ぶっきらぼうな口調で、ミーちゃんがミ=ゴに返事をした。


――協力する意欲が減衰しているか。早速、デメリットが見えたな。調査の必要がある。


 そのミ=ゴの頭部が激しく発光した。その瞬間、多数のミ=ゴがそこかしこから這い出てくる。いつの間にか、ミーちゃんは――三人はミ=ゴの群れに囲まれていた。


「おっと、こりゃ、従うしかないやんな」


 MINEマインが両腕を掲げながら、観念したような物言いをする。だが、一方で別の分析を口にした。


「ミ=ゴたちは似たような姿だが、ミーちゃんとはだいぶ姿が違うようやな。ミ=ゴたちも特殊な体と名前を得たと言っとった。

 思うに、ミ=ゴは基本的に均質な存在やけど、何らかの状況によって特殊な個体に変質するんや。それがミーちゃん、あんたってことやな」


 MINEの言葉に、ミーちゃんは同意も否定もせず、ただ沈黙と続けていた。


          ◇


――我らが指揮官がお会いになる。ここで待っているがいい。


 ミ=ゴによって案内された部屋に閉じ込められる。その部屋には入り口から入ったはずだが、扉は見当たらず、ただ白銀の壁で覆われていた。

 そして、その中心にはテーブルがあり、食べ物が置かれている。


「しゃなねぇ。ここで食事して待つぞ」


 ミーちゃんがそう言うと、結杏ゆあMINEマインも席に着いた。

 その前に置かれているのは、何やら食材をオイルで揚げた料理のようだ。


「まずは酒だな」


 ミーちゃんはそう言うと、漆黒の樽のようなものに近づく。そして、貌のない黒いスフィンクスのような陶器像に手を掛けた。それはひねりになっており。それを動かすとともに、黄金色の液体が流れてくる。

 グラスでそれを注ぎ入れる。ミーちゃんは三人分を用意した。


「乾杯」


 三人の声が重なった。

 黄金色の液体をがぶがぶと飲む。長旅で疲れた体を、喉を、その冷たい液体が澄み渡った清流のように潤した。シュワシュワとした炭酸も心地よい。


「苦ぁ~っ。でも、なんか、美味しいっ」


 その味わいはいつだったかに味わった苦いお酒と一緒だったが、なぜかそれすらも美味しく感じるようになっていた。


「これはビールに近い酒のようやな。結杏も苦みに少しは適合できたようやな。

 舌が鈍くなったなんて言うやつもいるがな、実際には苦みを学習して、複雑な味わいを感じられるようになった証拠や。少しは大人になったってことやな」


 MINEが解説する。それを聞き、結杏は頬袋を膨らませた。


「なによっ、私が子供だったって言いたいわけっ?」


 結杏はぷんすか怒るが、MINEは気にしないようで、「それが子供じゃなくてなんなんや」と返事をする。


「まあ、いいや。みんなぁ、この揚げ物、食べるよっ」


 気を取り直した結杏は大皿に乗った揚げ物に手をつけた。


「んんっ! これ、美味しいよ。なんだろ、すっごい蕩けるっ」


 口に入れた瞬間、サクサクっとした小気味のいい食感がする。さらに齧る漬けると、トロっとした食感が口の中に広がった。苦みのある、だけど旨味たっぷりの味わい。それは極上というべきだった。


「なんだろ、これっ。すっごい美味しいよっ。不思議な味だよ」


 結杏はニコニコした楽し気な表情をした。この揚げ物を食べるのが嬉しいのだろう。

 そして、黄金色の酒を飲む。この揚げ物とぴたりと合っていた。


「これも美味いで。プリプリした食感が最高や。旨味と香りのバランスもええな。

 これは野菜なんかな。鈍い食感やが甘みが強いで。噛みしめるごとに甘さと旨さが広がっていくようや」


 MINEも満足げな声を上げていた。


「これはユゴスに残された生物を調理したものだ。まあ、気に入ったなら、いいってことだな」


 ミーちゃんもまた揚げ物を食べ、黄金酒を飲みながら呟く。


          ◇


 結杏ゆあの身体が変わり始めた。変態だ。

 今まで以上に毛が伸び、全身を覆う。ネズミのように突き出ていた顔は引っ込み、長い毛に覆われた姿に変化した。

 その両腕、両脚は、さらに伸び、指は一体化し、鎌のように鋭利に伸びていた。

 体色は黒いような赤いようなグラデーションを得たいており、毛で覆われた顔の中から三つの眼が赤く光る。


 結杏の姿は変態していた。


「うーんぅ、なんか変な感じ。でも、前の時より力が出やすくなったかな。ただ、動きづらくなったよ」


 その姿はサソリのようでもあるが、ナマケモノのようでもある。

 力は入りやすいが、そこか身体の構造が不自然で、無駄な動きも多かった。


「また、けったいな姿になったもんやな。強そうっちゃ強そうやが、ワイらは別に戦うわけやないやなあ」


 MINEマインが結杏の姿を見ながら、そんな感想を述べる。

 それに反論したのはミーちゃんだった。


「どうかな、これから、俺たちはとんでもねぇもんと戦わされるかもな」


 そんな会話をしてると、どこからともなく、ミ=ゴが部屋に入り込んできた。

 そして、その頭部をさまざまな色に光らせる。


――我らが指揮官、ヌガー=クトゥンが面談を所望された。ついて来るがよい。


 その言葉をテレパシーで感じつつ、結杏はピンと来た。

 固有名のある、もう一体のミ=ゴと会うことになるのだろう。それはどのような存在に変質しているのか。

 それはミーちゃんがどのような変質を得ているかを知ることでもあるだろう。


 ごくっ


 結杏は息を飲み込んだ。

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