第18話 小惑星

 ガコン


 宇宙ロケットに突如として衝撃が走った。そして、宇宙ロケットは動きを止める。

 何かに衝突したようだ。


「なんだ!?」


 宇宙生物ミ=ゴであり、黒ウサギの姿をしたミーちゃんが驚いた声を上げる。


「もうっ、ミーちゃん、どうしちゃったの? 障害物があるのに気づかかなかったの?」


 その衝撃で思いっきりスッ転んでいた結杏ゆあが抗議の言葉を投げかけた。

 それに対し、最新鋭ロボットのMINEマインがモニターに計算式を並べながらも疑問を口にする。


「いや、単なるミスちゃうで。確かにこの宙域には何も見当たらなかったんや。

 けど、これは妙やな。まだ、機械惑星プロメテから逃げ切ってないっちゅうのか。何らかの攻撃を受けてるように感じるんや。また磁力や瞬間移動じゃないやろな」


 その問いに対し、ミーちゃんは返事をする。


「それは調べてみないと何とも言えん。MINE、この場所の情報を分析してくれ」


 その言葉を受けて、MINEのモニターに数式が並んだ。ピッピッという電子音が鳴ると、MINEが返事をする。


「せいぜい直径5㎞っちゅうとこやな。この星の主成分は酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄……。ま、岩石ってことや。

 小惑星ってことになるんかな」


 それを聞き、結杏が口を挟んだ。


「じゃあ、何もないんじゃない? なんかぶつかっちゃっただけなんじゃないの?」


 ミーちゃんは結杏の言葉を意に介さないように表情も声色も変えない。


「それも否定しねぇけどよ、油断をするなよ。何があるかわからねぇからよ」


          ◇


 三人は宇宙ロケットの外に出た。

 小惑星内には大気はないので、結杏ゆあは宇宙服を着て、酸素ボンベを背負う。

 ロケットのそばにはまん丸い岩があった。辺りを見渡すと、同じような岩がたくさんある。


「よぉし、小惑星探検の始まりだね! みんなぁ、行くよ!」


 結杏が元気いっぱいの声を上げる。未知の小惑星を探索するのが楽しみで、テンションマックスのようだ。

 ミーちゃんとMINEマインは彼女に追随するように歩き始める。


 どれだけ歩いただろうか。

 重力が軽いので、結杏は疲れる気がしなかったが、それでもどれだけ歩いても景色が変わらないので、苛立ちを覚え始めた。


「ねぇ、どれだけ歩いたらいいの? 全然何もないじゃない!」


 不満いっぱいの結杏に対して、ミーちゃんとMINEが顔を見合わす。


「確かにそうやな。ワイの計算やとこの小惑星を何周も歩いているはずや。

 計算以上にこの小惑星がっきいっちゅうことなんかな」


 MINEもまた結杏と同じような疑問を抱いていた。


「いや、小惑星のサイズはあんたが計算した通りだろうな。天体を観測した映像を繋ぎ合わせられないか? どこかで周回していることがわかるはずだぜ」


 ミーちゃんがその考えを述べると、MINEがモニターに数式を出し、照らし合わせる。


「本当や、何度もこの小惑星を回っているで」


 ミーちゃんの言葉を裏付けることができたようだ。


「同じ場所を回ってるんだったらさ、宇宙ロケットを見かけなきゃいけないんじゃないの? 全然見かけないよ。ねぇ、私たちの宇宙ロケットはどこに行っちゃったの?」


 結杏が不安を口にした。MINEがハッとする。


「せや! ワイらの宇宙ロケットがないで。ワイらはすでに攻撃されてるんとちゃうんか?」


 MINEは頭をくるくる回転させて周囲を見渡す。

 話しているうちに丸い岩がたくさん見かける場所についていた。


「ふん、まだ気づかねぇか。俺たちはここ小惑星の生物に騙されていたようだぜ」


 ミーちゃんが吐き捨てるように言う。すると、MINEが納得するような声を出す。


「ああぁ、そういうことやな。ようやくわかったで。まったくバカにされた気分や」


 疑問でいっぱいなのは結杏だ。


「ねぇねぇ、どういうこと? みんなは何をわかったっていうの?」


 結杏の言葉を受けて、ミーちゃんは丸い岩に近づいた。そして、その長い耳の先端を丸めると、丸い岩をコツンと小突いた。


 ボワッ


 丸い岩が裂ける。まるで二枚貝ででもあるように、真っ二つに分かれた。

 それと同時に景色が歪む。突如として目の前に宇宙ロケットが現れる。


「えっ、えっ? どういうこと?」


 結杏はいまだに何が起きたかわからない。


「俺たちは幻を見させられていたのさ」


 ミーちゃんがぶっきらぼうに答える。


「蜃気楼に近い現象やろな。これを宇宙空間でやるやつがおるとは思わんかった。空気による光の屈折で起こるものやが、こいつはエーテルだかダークマターだかを歪ませているんやろ。

 古代中国やと蜃気楼は巨大な蛤が起こしてるっていわれたらしいやけどな、宇宙にこんな巨大岩蛤があるなんて思わないやで」


 MINEが説明する。丸い岩が蛤ということだろうか。


 グゥー


 蛤と聞いて、結杏のお腹が減る。


「よくわからないけどね、お腹が減ったよぉ。みんなぁ、ご飯にするよ」


 その言葉を受けたのか、ミーちゃんは岩の蛤を運び始めていた。


          ◇


「へぇ、万能調理機に蛤を入れるのね。何ができるのかな」


 結杏ゆあがワクワクした表情でミーちゃんの作業を眺める。

 ミーちゃんは岩蛤を調理器に入れ、カプセルに保管していた野菜や調味料を加える。機械が動き始めた。


「そうだ! 私、いいの見つけたと思うのよ。ねぇ、MINEマイン、手伝ってよ」


 結杏は宇宙服代わりにMINEを纏うと、 宇宙ロケットの外に出る。そして、なにやら岩の植物のようなものを抱えて戻ってきた。


「やれやれ、ワイはつっかけサンダルとちゃうぞ」


 MINEは何やら文句を言いつつも、結杏にドッキングし、ロケットに戻るとドッキングを解除する。


「ミーちゃん、これも調理器に入れるねっ」


 そう言うと、結杏は植物を未使用のポッドに入れて、調理器を動かした。


          ◇


 絶妙ないい匂いが漂っていた。

 これは蛤の出汁の匂いだけではない。これは酒だ。


「ほう、酒蒸しにしたんやな。これは美味そうやで」


 MINEマインが青い目を点滅させ、嬉しそうに話した。その視線の先には蛤の酒蒸しが出来上がっている。巨大な蛤がどっさりと並んでおり、出汁がひたひたと満ちていた。


 ミーちゃんが酒瓶を持ってくる。


「酒蒸しには酒が合うんだ。飲もうぜ」


 そう言うと、コップに酒を注いでいった。


「日本酒かぁ。地球のお酒だけど飲んだことなぁーいっ。どんな味なのかな?」


 結杏ゆあが目を輝かせながら、その様子を眺める。


「そうか、まあ飲んでみな。大吟醸だ」


 ミーちゃんがコップを差し出す。それを受け取ると、純米吟醸に口をつけ、一口飲んだ。


「冷たい。なんかスッキリした味ね。飲みやすいけど、ほのかに甘い気がするかな」


 よく冷えていた。その香りは爽やかで、どこかフルーティで、実に飲みやすい。

 結杏はもう一口をぐびりと飲む。ふわっとした感覚が全身を巡るように感じた。二口ですでに酔いが回っているようだ。


「確かになあ、これは呑みやすい日本酒やな。いくらでも行けそうやで」


 MINEはすでに一杯を飲み切っていた。自分でコップに酒を足している。


「よぉしっ、みんなぁ、蛤の酒蒸しを食べるよっ!」


 結杏は音頭を上げると、蛤を殻から剥き取って、口の中に放り込んだ。

 むしゃむしゃ。蛤の身を噛み締めるごとに濃厚な旨味が口の中に広がっていく。それを酒の香りが引き立て、料理として格別なものにしていた。

 散りばめられた三つ葉やネギもその爽やかな味わいがバランスをよくしており、食欲を引き立てる。


「美味しいっ! なんか大人の味って感じだよねっ。

 それにたまにある歯ごたえのある部分が蛤に混じっているのがいいよ。これがほんと美味しさを際立たせてるし、楽しい味わいだよっ」


 ガチリガチリ


 そう音を立てて、蛤の身の中に混じった砂を咀嚼する。それが結杏にとっては極上の味わいのように思えた。


「まあ、確かに蛤は美味い。出汁も最高だ。

 せやけどな、いちいち砂がジャリジャリ言うんは勘弁してほしいわ。これさえなきゃいいんやけどなあ」


 対して、MINEはこの砂には辟易していた。


「ええぇーっ、これがいいんじゃない。美味しいよぉ」


 結杏が抗議の声を上げる。


「今の結杏は岩人間だ。ケイ素が主成分の砂が美味しく感じられるんだな」


 ミーちゃんがそう分析した。

 それを尻目に、蛤を食べ終わった結杏は満面の笑みになった。


「ふふっ、まだ終わりじゃないのよ。じゃーん、これなぁーんだ!」


 万能調理器からボウルを取り出した。その中にあるのは湯気を立てた茶色い粒で満ちている。


「まさか、岩の米なのか」


 ミーちゃんが驚いたような声を上げる。

 すると、結杏は得意げな表情で、蛤の酒蒸しの皿に残った出汁の中に、岩のご飯を入れていく。


「これで雑炊にするのよ」


 そう言って、万能調理器に入れると、すぐにチーンと音が鳴る。岩の蛤の酒蒸しの、岩の米の雑炊が出来上がった。


「はふはふ。うん、思った通り、このお出汁にはご飯がよく合うよっ。岩のお米は固くって、歯応えがあって、でもふかふかで、すっごく美味しい! それにお出汁が染み渡っているの。これ、絶対美味しいやつ! 本当に美味しいしっ」


 あまりに美味しいせいか、結杏は饒舌になる。

 蛤から出た旨味と日本酒の味わい深さと香り、それがご飯と一体になっているのだ。美味しいに決まっている。だが、岩のご飯は今の結杏だからこそ味わえるものだろう。

 MINEは結杏に冷ややかな視線を送る。


「うーん、ワイは岩の植物は勘弁や。お湯で戻せるご飯があったはずやな。ワイはそれを使わせてもらうで」


 そう言うと、MINEは宇宙食の米を自分の分の出汁に入れて、万能調理器にかけた。


          ◇


 蛤出汁の雑炊を食べ終えた結杏ゆあはニコニコと上機嫌の笑顔になる。

 だが、ふと真顔になると、その黒かった瞳の色が金色に変わっていた。


 結杏の顔色が変わっていく。薄橙色だった肌が黄色になり、やがて黄緑色になり、やがて深い緑色へと変化した。

 長い髪は角のように硬質化し、あるいは鱗になっていく。鱗は全身を覆い始めた。


「あれ、私、また変わっちゃった?」


 結杏が頬に指を当て、のんびりした口調で疑問を口に出す。その指からは鋭く長い爪が伸びていた。ただ、蛤の味わいの余韻が残っているのか、機嫌がいいままだ。

 彼女のお尻からは緑色の尻尾がチョロチョロと動いている。


「トカゲの姿だな。ヒト型爬虫類ってとこか」


 ミーちゃんが結杏の姿を眺めて、その姿を形容する。


「ヒト型爬虫類……レプティリアンっちゅうやつか。なんやったか、人類に成りすまして侵略する宇宙人やったかな」


 MINEマインがデータベースの中から地球の情報を引き出した。


「へぇー、由緒ある宇宙人の姿なのねぇ。でも、それだったら、次の星に行ってもその星の人に変身できるから安心だねっ」


 結杏はまだまだ上機嫌だ。


「いうて、現地人に成りすまさなくても、今までずっと押し通してきたやんか」


 MINEは数式を顔のモニターに流しつつ、やれやれと両腕のアームを上げた。

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