第19話 銀河帝国
「どうやら、この辺りの星は文明レベルが高ぇようだな」
宇宙ロケット内のコンピュータで周囲の様子を窺っていたミーちゃんが呟いた。
その姿は黒いウサギというべき
「そうなの? なんで、そんなことわかるの?」
ミーちゃんの呟きに
地球出身の少女であるが、食べた肉によって変態が起こり、今は緑色の鱗を持つ
「宇宙空間を人工物が移動しているのを確認できたんや。どうやら、星間を航行する手段を持った知的生物がおるようやな」
それに答えたのは
MINEは機械惑星プロメテで製造された最新鋭のロボットだ。顔はモニターになっており、流線形のボディを持ち、二本のアームを備えていた。ただ、足はなく、空中を浮遊するように移動する。
「へー、宇宙旅行できるなんてすごい星なのねぇ」
結杏は感心するように声を上げる。
自分たちも宇宙旅行をしている最中だなんて頭にないようだ。
「けど、変やな。いくつもの星間航行艇がこっちに向かっているみたいや。どういうつもりなんやろ。
ミーちゃんよ、撃ち落とすか?」
状況がどうも怪しいらしい。宇宙ロケットには通常時は武装はないが、武装を解放したMINEと
だが、ミーちゃんはMINEを制止した。
「いや、数が多い。できれば荒事は避けて、交渉しておきてぇな。
MINE、防御頼む」
それに対し、MINEは「ええで」と返事し、宇宙ロケットの外に出た。そして、宇宙ロケットの先端にドッキングする。
「ねぇ、みんなぁ、どうなっちゃうの? 戦いにならなきゃいいけど」
様子を眺めていた結杏が不安げな声を上げた。
◇
「ちっ、いきなり撃ってくるか」
艦隊と呼ぶべき宇宙船が近づいてきていた。
それは地球の船に形状の似た、楕円状の戦艦である。その砲門が光り、ビームが走った。
「大丈夫やで」
宇宙ロケットの先端に陣取っていた
ロケットからはMINEの特殊アームが複数伸びていた。アームからは電磁エネルギーが迸り、周囲を覆う。それがシールドとなり、戦艦の放ったビームを弾いた。
「さっすが、MINE!」
「へへっ」
MINEは満更でない様子で笑みを漏らした。
「MINE、音声を拡大してくれ」
ミーちゃんが声をかける。MINEは拡声器を宇宙ロケットの外部に解放した。
「こちらは
その声が届いたのか、艦体の砲門に収束しつつあった光が消失する。
交渉の余地があるのだろうか。
そして、攻撃をやめた艦隊はそのまま宇宙ロケットに近づいてきた。
「うわぁ、来るよ! ミーちゃん、どうするの」
結杏がワタワタと慌てた声を出す。
「接近戦なら艦隊の物量は使えない。あのくらいの文明レベルならこちらに分があるな。問題ねぇぜ」
ミーちゃんの言葉は落ち着いており、頼もしかった。
◇
艦隊の中で、一際目立つ真っ白い艦から光が放たれた。それは、こちら側を誘導しているようだ。
ミーちゃんはそれに従うように、宇宙ロケットを白い艦の甲板に降り立たせる。
ミーちゃんは
そして、白い艦からは白亜の如き鎧兜に身を包んだ兵士たちが現れる。彼らの纏うのは金属でも布でもない。奇妙に光沢を放つ未知の素材のようだった。
「ミ=ゴが宇宙船を利用するなど聞いたことがない。如何なる理由によるものかと思ったが、連れがいらしたのだな」
兵士たちをかき分けて、現れた人物があった。兵士たちと同様に純白の衣装に身を包んでいるが、どこか高級感が違う。黄金や翡翠のような意匠が施されている。
この艦隊の提督とでもいうべき立場なのだろうか。
「おっと、先ほどは失礼した。最近はこの辺りは不審な航行者が多くてな。我らの敵対者と誤解してしまっていた」
謝罪めいた言葉を口にする。だが、結杏の顔を覗くと、その様子が変わった。
「もしや、その方は我らが母星の御人か?」
そう言いながら、提督は真っ白な仮面を脱ぐ。そこに現れた顔は緑色の鱗に覆われたヒト型爬虫類のものだった。
「あっ、今の私にそっくり……」
結杏が思わず、声を漏らす。
その一言によって察したのだろうか、提督は言葉を翻した。
「どうやら遠い場所からいらしたようだな。話を聞いてもよろしいか。
立ち話というのもよくないな。食事でもしながら話そうではないか」
結杏は食事という言葉に反応して目が輝く。
提督がパチッと指を弾く。すると、背後にいた兵士たちがさっと移動し、道を作った。
「申し遅れたな。私はゲルトウォルフ。銀河帝国の将校をしている」
◇
「あっ、美味しい。なんか上品な味。酸っぱいけどまろやかで、野菜なのに美味しい」
酸味の強いドレッシングだったが、舌触りは優しく、どこかまろやかだ。地球のチーズにも似た味わいかもしれない。
葉野菜に混じってカリカリに焼いたパンのようなものがあり、それが食感に変化をもたらし、その甘さが葉野菜と合わさって新鮮な味わいがあった。
「ああ、これは美味い。瑞々しくて歯ごたえもある。いい野菜だ。味わいも深くて、栄養たっぷりに育てているのがわかるな」
ミーちゃんもこのサラダには舌鼓を打つ。黒ウサギの姿をしているだけあって、野菜が性に合うのだろうか。
ゆっくり味わう二人に対し、
「これは地球のビールに近い飲み物やな。苦みが強いけど、それが心地ええわ」
三人がサラダを食べ終わると、頃合いを見計らって新たな料理が出される。
「わぁっ」
結杏は思わず歓声を上げた。
そこに出されたのは肉料理である。しっかりと焼き色の付いた肉の真ん中にはT状の骨が入っていた。こんがりと香ばしく食欲を指そう匂いが漂ってくる。
「これ、Tボーンステーキってやつよねっ。私、初めて見たっ!」
ナイフのような食器を使い、ウェイターがステーキを一口サイズに切り分ける。
結杏は備え付けられた二種類のソースのうち、茶褐色のソースをかけると、ステーキを頬張った。
「美味しい! みんなぁ、これ美味しいよ!」
頭の中を巡る本能的な快感に、結杏はボキャブラリを失う。
肉は柔らかく、野性的な旨味に満ちている。それが茶褐色の奥深い味わいのソースと混じりあり、極上の味わいを生み出していた。
「いや、この料理の美味しさはシンプルやな。肉が美味い。これ以上の説明なんて必要ないやろ」
MINEも無我夢中で肉を頬張る。艦隊戦を行い、一方的に攻撃を受け切るという芸当はカロリー消費が激しかったのだろう。いつにも増して食欲旺盛だ。
いや、単純に料理の美味しさいよるものかもしれない。
「肉には赤ワインだな。この渋さが脂の味わいを洗い流すようだぜ」
ミーちゃんは赤ワインを口に含み、独り言ちる。
「私はお酒よりパンかなあ。このパン甘いのに、お肉とよく合うのよね」
結杏は肉を食べつつ、パンを口に入れる。小麦の柔らかな味わいの奥に、蜂蜜の甘さがあった。それが肉の味と噛み合うのだ。
「それやったら、ワイはフライドポテトやな。カリカリに揚げられた外側とふっくらとした内側、それが肉とよく合うやで」
MINEはポテトをよそい、それを口にする。
それを見ていたゲルトウォルフが「ハッハッハ」と笑い声を上げた。
「気に入っていただけたようで何よりだ」
◇
「なるほど、
ゲルトウォルフは三人の話を聞き、感心したように返事をする。
「しかし、地球で文明を築いていたのは下等な哺乳生物だったと聞く。あなたのように高等に進化したヒト型爬虫類もいらっしゃったのだな。
そうか、それなら納得だ。哺乳類などに文明が築けるのはおかしいと思っていたんだ」
何やら思案を巡らしているようだ。
「いや、あの、私の姿は……」
結杏が説明しようと言葉を発した瞬間、彼女の身体に変態が起きた。
緑色だった鱗が真っ赤に変色する。ただ、それだけだった。
「いつになく大人しい変態やな」
だが、急にざわめきが起きる。三人が通されていた食堂で食事をしている高級士官たちも、ウェイターや料理人たちも、皆が結杏に注目する。
目の前のゲルトウォルフも例外ではなかった。
「その鱗の色は惑星同盟の……」
わなわなとゲルトウォルフが震えた。怒りを堪えているように見える。
「貴様ら、地球から来たなどと謀ったな。ここから生きて帰れると思うな!」
そう言うと、ゲルトウォルフは壁に立てかけられた戦斧を手に取ると、三人に向けて突き刺すように構えた。
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