第20話 惑星同盟

 ガシンッ


 怒りに駆られたゲルトウォルフの戦斧が唸りを上げて旋回した。それは、赤い鱗を持つヒト型爬虫類レプティリアンの姿をした結杏ゆあに向かって振り降ろされる。

 それに対して、最新鋭ロボットであるMINEマインが前に出た。その金属製のメタリックアームを突き出し、戦斧を弾く。


「なんなんや、結杏はなんもやっとらんやろ」


 地球のインターネットで言語を獲得したMINEがぼやいた。


「ゲルトさん、一体どうしたんですか?」


 結杏がゲルトウォルフに問いかける。しかし、ゲルトウォルフの怒りは収まる様子を見せず、さらに新たな一撃を振るった。


 ビュンッ


 今度は宇宙生物ミ=ゴである黒ウサギのミーちゃんが結杏を抱え、戦斧の猛攻から逃した。


「ミ=ゴとその連れに手を掛けるってのか? 銀河帝国はその覚悟があるのか?」


 ミーちゃんが語り掛ける。

 ハッタリだ。三人はミ=ゴの庇護下にはない逃亡者に過ぎない。


「ぐぬぅ」


 ゲルトウォルフの動きが止まる。

 宇宙をまたにかけるほどの科学力を持ち、死者を蘇生するほどの医学を持ったミ=ゴに敵対など、早々選べるものではない。


「同盟の奴らが紛れ込んだようだな」


 野太い声が響いた。それは黒い鎧兜を身に纏った銀河帝国の軍人のようだ。

 その周囲には白い鎧兜の兵士たちがずらりと並んでいる。


「いたか!」


 黒い軍人は結杏に視線を送ると、狂気ににじんだ怒声を上げた。

 それを受けて、配下の兵士たちもいきり立つ。黒い軍人の指示も受けずに、そのまま三人に向かって雪崩れ込んできた。


「ちっ、これじゃ交渉の余地はねぇ。やるしかねぇか」


 ミーちゃんが諦めたような声を上げる。

 その時だった。


 ドドーンッ


 彼らのいる軍艦が揺れる。どうやら、軍艦が攻撃を受けているようだ。


「しめたやで。この隙にずらかるとしようや」


          ◇


 MINEマインがアームの射出口からレーザー光線を発射する。それは天井を焼き切り、ドンドンドンと落下音が連なり、宇宙ロケットが落ちてきた。


「乗り込め」


 ミーちゃんが掛け声を上げる。それに従い、結杏ゆあが宇宙ロケットに駆け込んだ。

 MINEは周囲に光線を撃ち、牽制し、帝国兵の動きが緩やかになったのを確認すると宇宙ロケットに合体ドッキングする。


 ズドーン


 宇宙ロケットから噴射煙が上がるとともに、瞬く間に宇宙へと飛び立っていった。


 宇宙に飛び立つと、辺りの様子がわかる。

 銀河帝国の艦隊を包囲して、角ばった宇宙戦艦が並んでいた。あれは銀河帝国に敵対する勢力の戦艦なのだろうか。


「確か、惑星同盟って言ってたっけ」


 結杏が呟く。それにミーちゃんが反応する。


「銀河帝国と袂を分かった彼らの敵だな。結杏を惑星同盟の住人と断定していたが、そこまで鱗の色が決定的なことなんだな」


 そう言うと、ミーちゃんは冷笑的に笑った。


 そうこうしていると、惑星同盟の戦艦からビーム砲が撃ち込まれる。銀河帝国の戦艦はあるものは撃ち落とされ、あるものは逃げ出し、あるものはバリアを展開して耐えていた。

 だが、戦いの趨勢は惑星同盟に傾く。やがて、銀河帝国の艦隊は蜂の子を散らすように逃げ去っていった。


 しばらくして、戦いが落ち着く。

 暇を持て余したかのように、一隻の戦艦が三人の宇宙ロケットに近づいてきた。


「なんや、敵対しようって風にも見えんが」


 MINEが宇宙ロケットの外側から語り掛けてくる。

 ミーちゃんは様子を見て、声を発した。


「友好的な相手なのかもな。こちらがミ=ゴであることを理解しているのだろう」


 その落ち着いた言葉に結杏はげんなりとした表情を見せる。結杏には先ほどの大立ち回りが思い出されたのだ。


「また、さっきみたいになるんじゃないの?」


 しかし、ミーちゃんの態度は変わらない。


「その可能性はある。だが、楽しかったろ。ステーキも美味かったしな。

 そういう体験ができるなら、惑星同盟とも接触を持っていいんじゃねぇか」


 危険を恐れる地球の哺乳類の思考と、宇宙を旅する菌類の思考はまるで違う。

 結杏はついていけないものを感じつつ、それを説得する言葉を持てなかった。


「ただ、結杏の懸念ももっともだ。MINE、しばらく遊行して、戦艦の様子を警戒しよう」


 結局のところ、結杏とミーちゃんは完全には理解し合えない。それでも、ミーちゃんは結杏に歩み寄ろうとしている。

 複雑なものを感じつつ、結杏はミーちゃんの心遣いを嬉しく思っていた。


          ◇


「ははっ、美しいお嬢さんが乗船されていたのだな。我々としてもお守りできて光栄だ」


 角ばった戦艦から現れたのは、緑色のゴテゴテした戦闘服に身を包んだ兵士たちだった。その中で、指揮官と思しき軍人が前に出てくる。

 銀河帝国の洗練された上品な鎧兜に対して、惑星同盟の戦闘服は武骨で機能を無理やり盛り込んだように見えた。


 そして、指揮官がそのマスクを外すと、赤い鱗で覆われたヒト型爬虫類レプティリアンの顔が露わになる。

 今の結杏ゆあの姿にそっくりだった。


「ははーん、わかったやで。銀河帝国の奴らは結杏を惑星同盟のレプティリアンと思ったんやな。それで急に襲いかかってきたんや」


 MINEマインが発言する。それをミーちゃんが補足した。


「銀河帝国と惑星同盟は元々は連なった兄弟星で生まれた生き物だったんだ。環境が似ていたため、似た進化を辿ったのだろう。収斂進化しゅうれんしんかってやつだな、どちらも爬虫類が進化して知性を持つに至った」


 ミーちゃんの説明を受けて、惑星同盟の指揮官が続ける。


「ははっ、よくご存じで。さすがはミ=ゴだな。

 ところが、野心を持った銀河帝国は銀河を支配しようとした。そして、我々の祖先を追い出したのだ。

 我々は遠く離れた星系に落ち延び、銀河帝国に反撃する力を得るのを待った。そして、今。まさに故郷を取り戻るための戦いを行っているのだよ」


 銀河帝国と惑星同盟は相容れない関係のようだ。互いの故郷の星は隣り合っているため、その争いは飽くことがないのだろう。


「なぁーんか、戦いに巻き込まれちゃったのねぇ」


 結杏がため息をつくように呟いた。


「ははっ、まったくご迷惑をお掛けした。申し遅れたが、我が名はミン。この艦隊の提督だ。

 お詫びの代わりというわけでもないが、差し支えなければ我が艦で食事でもご馳走できればと思うが如何かな?」


 それを聞いて、結杏の瞳が輝く。すでに、銀河帝国の艦隊で食事をしてから、だいぶ時間が経っていた。


「みんなぁ、お食事だって! ね、ね、ご馳走になろうよ!」


 実際に惑星同盟の軍人に接触して気を許してしまったのか、心配よりも食欲が勝ったのか、先ほどの不安はどこ吹く風で結杏はご馳走になる気が満々だった。

 ミーちゃんとしても地球人の心の移り変わりは理解できない。「やれやれ」と言わんばかりに返事をする。


「まあ、いいんじゃねぇか」


          ◇


「うーん、お肉たっぷり。嬉しい!」


 結杏ゆあはスープの中に入った肉を口に入れた。

 柔らかいその肉は口の中で解けるようでありながら、その旨味もしっかりと味わえる。加えて、スープもまた旨味たっぷりで、肉の美味しさをサポートしている。


「このスープの美味しさはあれやな、肉と香味野菜の旨味がしっかり溶け込んでるからや。地球の料理やと、コンソメが近いやろな。

 こいつは上品でありながら、グビグビと飲んでまう中毒性があるで」


 MINEマインが何度となくスプーンでスープを掬い、口に入れていた。相当に気に入っているようだ。


「そのスープの染み込んだ野菜も美味いぜ。

 この赤い野菜は栄養が濃縮されていて、鮮烈な味わいがあるな。白い野菜は淡白だが、スープや肉の味わいを受け止める度量があんな。これはこれで美味いぜ。

 緑の野菜は深い味わいだな。これがスープとひたひたになることで美味しさが複雑になってる。それに透明の野菜は旨味たっぷり。スープの味わいを底上げしているな」


 黒ウサギの姿をしたミーちゃんは野菜を積極的に食べる。

 確かに、このスープの中にあって、野菜もまた魅力的だった。


「でも、やっぱりお肉だよ。これはソーセージかな。

 うわ、すごい弾ける。噛みしめるごとに美味しさがパチパチと口の中に溢れてくるみたい。すっごい美味しい!」


 結杏はソーセージを噛み締める。その弾けるような美味しさに夢中になった。

 噛むごとに肉汁が溢れ、肉の中に混じった香味野菜がその美味しさを増幅させる。


「あー、お肉なくなっちゃったな―。黄緑の葉野菜しか残ってないや。んっ! これっ!」


 いつの間にかお肉を平らげていた結杏は、最後に残った葉野菜の塊を口に入れた。

 しかし、それはただの葉野菜ではない。包み込むようにミンチにした肉が入っていたのだ。


「スープがしみ込んだこのお肉はすっごい美味しいよ! なんだろ、幸せの味だよ」


 そのお肉はミンチ肉だけに柔らかく、実に食べやすい。そして、噛みしめるごとに上等の旨味が口いっぱいに広がる。

 それが葉野菜の噛み応えとともに味わえるのだ。極上の美味しさとして感じられる。


「ははっ、気に入っていただけたなら何より。食後酒もどうぞ」


 ミンが指を弾くと、ウェイターが酒瓶を持って現れた。そして、空いたグラスに琥珀色の液体を注いでいく。

 それを結杏はぐびりと口に入れた。


「甘~いっ。でもなんか、それだけじゃないっていうか。苦み、なのかな。それが重なってることでより甘く感じるって気がするよっ」


 それは糖分の多いワインという印象だった。苦みや酸味が甘みと重なっており、複雑な味わいがその美味しさを複雑にしている。そして、それが奇妙な快楽を与えてくれるようだった。


「これはシェリー酒に近いんかな。極甘の味わいが堪らんやで。これはデザートというべき酒やな。食後酒にぴったりや」


 MINEも絶賛しつつグビグビ飲む。ミーちゃんもまた無言ではあったが、気分良く味わっていた。


          ◇


「銀河帝国はいまだ貴族制の政治を行っているのだ。実に遅れている。世襲の政治ではいつまでも革新的な政策は行えない。銀河帝国の民は可哀そうだよ。

 我らは違う。民主政治を行い、常に権力者を監視し、より良い政策を模索しているのだ。

 だからこそ言える。我らの勝利は近い」


 ミンは演説をするように、三人に語る。三人は食後酒で気分良くなっていたため、気持ちよくミンの語りを聞いていた。


 だが、そんな時に結杏ゆあに変態が起きる。

 深紅の鱗が黄色に変化していた。


 今度の変態も控えめなものだ。だが、その鱗の色を見たミンはいきり立った。


「その鱗は裏切者の中立国のもの! お前ら、我らを騙したのだな!」


 その声は怒りに満ちていた。赤い鱗を見た時のゲルトウォルフと同じ反応だ。


「待って! 私は……」


 結杏がミンに語り掛けるが、聞く耳を持たない。

 ミンは腰に帯びた剣を抜くと、抜き様に結杏を斬りつける。


「危ない!」


 ミーちゃんがミンに体当たりし、その刃が結杏に届くのを阻止する。


MINEマイン!」


 ミーちゃんがMINEに呼びかける。それに反応して、MINEは天井に光線を放ち、焼き切った。

 宇宙ロケットが落ちてくる。


「乗り込むんや」


 MINEは宇宙ロケットと合体ドッキングし、発射の準備を始めた。

 ミーちゃんは結杏を抱えると、長い耳でエーテルを掴み加速し、瞬く間に宇宙ロケットに乗り込んだ。


「やれやれ、主義主張が違っても、結局はやることが一緒だな。これも収斂進化ってやつか」


 発進する宇宙ロケットの強烈なGに耐えつつ、ミーちゃんがぼやいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る