第21話 シャッガイ

 碧緑色エメラルドの恒星が二つ、互いを回るように輝いていた。そして、その二つの恒星の影響を受けて、奇怪な公転をする惑星たち。その中にあって、真っ黒で目立たない惑星があったが、結杏ゆあたち三人はその星を目指していた。


「あれがミーちゃんの言うシャッガイって惑星なんだよね」


 結杏が呟く。黄色い鱗に覆われたヒト型爬虫類レプティリアンの姿をしていた。

 宇宙ロケットはやがて惑星シャッガイに肉薄する。


 真っ黒な海が広がっていた。陸地にはサーモンピンクの肉々しい色がびっしりとまとわりついている。


「ありゃ、肉食の苔だな。近づいた途端、餌食になるぞ」


 ミーちゃんが呟いた。黒いウサギの姿をした甲殻生物ミ=ゴだ。

 それを聞き、結杏は身を震わせる。自分が食べられると思ったのだろう。


 MINEマインが星の様子を観察している。

 白銀のメタリックボディを持った最新鋭ロボットだ。


「あれがシャッガイの住民の住居なんか? あの丸っこいやつ?」


 MINEがアームを指した。

 その先には球形に輝く白銀の建物が見える。それは荘厳で美しい。そして、その中心には同じく白銀の円錐状の建造物があった。


「すごい! 綺麗だねぇ。シャッガイって美しい惑星なんだね!」


 結杏が歓声を上げた。それにミーちゃんが同調する。


「ああ、綺麗だな。これはミ=ゴを越える文明だ」


 そう言いつつ、ミーちゃんは皮肉な笑みを浮かべた。


「これが本物だったらな。これは幻だ。

 おい、姿を現せよ。何者だ? こんなことする奴は!」


 その一喝により、景色は一変する。


          ◇


「なにあれぇ、苔がびっしりしてる! どうしてなの? 急に寂れちゃったね」


 結杏ゆあが驚いた声を上げた。

 白銀に輝いていた球形の建物は、先ほどまでの美しさが嘘のように苔むして古ぼけたものに変わっている。円錐状の建造物も黒ずみ、ところどころ破壊されていた。


「いや、注目するんはそこやないな」


 MINEマインがアームを指し示す。

 そこには巨大な昆虫のような生物が何匹か逃げるように飛び去っていた。長く伸びた口吻こうふん、背中の透明な羽は蚊を思わせ、その身体は甲殻に覆われている。


「あれはシャン。シャッガイからの昆虫と呼ばれる種族だな。

 シャッガイに残っていたのか。ここじゃ、全滅したと思っていたぜ」


 ミーちゃんが呟いた。


「あの幻はシャッガイからの昆虫が魔術で生み出したものだろうな。在りし日のシャッガイの姿だ。要するに苔脅した。俺たちが逃げることに期待したんだろ。

 へっ、栄光時代の栄華に縋るちんけな種族だぜ」


 続いて、吐き捨てるように、ミーちゃんが語る。


「魔術なんてあるのねぇ」


 結杏は不思議そうな声を出した。地球では魔術なんてファンタジー作品でしか見かけない言葉だ。


「あるぜ。シャッガイからの昆虫は魔術で文明を築き、魔術で滅びた種族だからな」


 そう言うと、MINEが疑問を口にした。


「そいつらはワイらに何をしようとしてるんや? 幻を見せて終わりじゃないやろ」


 それを聞き、「ふんっ」とミーちゃんが笑う。


「それはこれから明らかになるだろうな」


          ◇


 宇宙ロケットは苔むした建物の中に着陸する。すると、逃げ去っていたシャッガイからの昆虫が戻ってくる。いや、それ以上の大群が現れていた。


「やだぁっ! 虫がたくさん来たっ!」


 結杏ゆあが悲鳴を上げた。彼女を守るように、MINEマインが前に出た。


「MINE、威嚇射撃だ」


 ミーちゃんが声をかける。

 それに反応して、MINEのアームが変形した。異次元から強化パーツを呼び寄せ、それと合体ドッキングして、巨大な砲身となる。

 その砲身をあさっての方向に放った。苔むした大地に爆発が起こる。瞬く間に地面がえぐれ、真っ黒な海水が入り込んできた。


「どうする? 俺たちはあんたらを全滅させるなんてわけないんだぜ」


 ミーちゃんが嘯いた。多分にハッタリである。無数の昆虫を全滅させるなど、到底できることではない。

 だが、シャッガイからの昆虫たちに対しては十分な脅しであった。全滅はしないまでも大多数が消されると判断されたのである。


 シャッガイからの昆虫の中で一際身体の大きな個体が前に出てきた。

 彼らの中の代表なのだろうか。


「降参する。

 しかし、ミ=ゴか。しかも、他種族を連れておる。奇妙なことだな

 お主らはワシらに何を求めるのだ?」


 シャッガイからの昆虫の長老が語り掛けてきた。

 それに対し、ミーちゃんは視線を背けたまま、言葉を発する。


「大したものは求めてねぇ。一晩の宿と食事、それだけでいい」


          ◇


 うらぶれた球形の建物の中で、比較的清掃の行き届いた建物に入る。

 そこで球形のテーブルと球形の椅子に座った。不思議と座り心地は悪くない。球形の中心に吸い込まれるような感覚があり、固定されるからだ。


ワインでも如何ですかな。これから来る料理に合うはずだぞ」


 そう言って、長老が三人の前にグラスを置き、桜色の液体を注ぐ。


「へぇー、綺麗な色ねぇ。みんなぁ、お酒飲もうよっ」


 結杏ゆあが音頭を取った。三人がグラスを掲げ、「乾杯」の掛け声とともに、ワインを口にする。

 渋みとフルーツの甘さを併せ持つ不思議な美味しさがあった。


「うーん、爽やかなんだけど、なんだか深みがあるよねぇ。その奥に甘さもあるし、美味しいんじゃない」


 結杏はワインを飲んで、一息ついた。


「これはあれやな、赤ワインと白ワイン、その両方のいいところを合わせたような感じや。地球でいうところのロゼワインに近い感じやな」


 そう言いつつ、MINEマインはワインをがぶがぶと飲む。


「とりあえず、いい酒だ。だが、料理はどうかな」


 ミーちゃんはワインを堪能しつつ、次の食事を待っていた。


「お気に入りいただき光栄です。そろそろ料理が仕上がりましたぞ。どうぞ、お上がりください」


 長老の言葉とともに、料理が運ばれてきた。それぞれの皿が三人の前に置かれる。


「わぁっ、美味しそうっ! みんなぁ、食べよう!」


 そう言って、結杏は目の前の肉にナイフを立て、一口サイズになった肉を口に入れた。


「うわっ、噛みしめるごとに肉汁が溢れてくる。脂もすっごい満ち満ちてる感じっ。なんて、満足感のあるお肉料理なんだろ。これ、すっごいよっ!」


 その肉料理は熱々とは言えなかったが、だからだろうか。その肉の中に肉汁と油が封じ込められているかのようだった。

 一口、一口。噛むごとにその旨味が溢れてくるのである。結杏はその味わいに夢中になっていた。


「せやなぁ。こりゃ美味いで。肉は噛むごとに味がする。地球でいうコンフィに近い調理法のようやな。

 トッピングされた野菜も肉に合うし、この肉汁を感じたまま飲むワインも最高や。こりゃ美味いで」


 MINEもまた夢中で肉とワインを食べている。

 ミーちゃんもまた粛々と肉を食べているが、いつも以上に静かだった。


「これは……、あれか……」


 そう呟いて長老に視線を送った。


「……何を言いたいのやら」


 長老が口ごもると、ミーちゃんは言葉を続けた。


「これは苔だろ。肉苔を喰わせて何を企んでる?」


 ミーちゃんの言葉に長老は沈黙する。

 いつの間にかシャッガイからの昆虫たちはこの場からいなくなっていた。残っているのは長老だけである。


          ◇


 違和感があった。壁からピンク色の染みが一斉に湧き始める。


「苔か。まさか、同属の仇討ちに湧いたってのか」


 ミーちゃんが呟き、その耳を周囲に向けて、旋回させた。


「指示をくれや、ミーちゃん。いつでも迎撃するで」


 MINEマインが声を上げる。そして、ミーちゃんの「やれ」という言葉とともに壁の染みになっている苔を焼き付けた。

 しかし、数が多い。焼き切れなかった場所で苔が露わになり、三人に襲い掛かってきた。


「ちっ、遅かったのか」


 ミーちゃんが吐き捨てる。

 事体は絶体絶命といえた。


 そんな時だ。結杏ゆあに変態が起きる。

 黄色い鱗の一つ一つが炎に変化した。鱗の内部の肉が核となり、その炎を燃え盛らせる。

 炎だ。結杏の肉体は炎へと変化していた。


「これは、まさか炎の精!?」


 ミーちゃんが驚愕したような声を上げる。

 そして、次の瞬間、結杏の炎の肉体が、三人に襲い掛かる肉苔を余すところなく燃やし尽くす。


「こりゃええな。昆虫にも苔にも負ける気せぇへんやで」


 MINEが機嫌よく声を上げる。そして、シャッガイからの昆虫の長老へと目を向けた。


「ここでワイらとともに殲滅される作戦やったんやろ。

 良かったやんか、生き延びられるやで」


 長老はシャッガイに残ったシャッガイからの昆虫にとって敬う存在ではなかったのだろう。切り捨てられる存在に過ぎなかった。それが結杏の変態によって台無しになり、かえって生き延びる結果になったようだ。


「ワシは死なんのか」


 長老にはMINEの言葉も耳に入らず、ただ茫然としている。


「みんなぁ、長老さん可哀想だよ。助けてあげようよ」


 結杏はそう言うが、今以上のことはできない。

 MINEは宇宙ロケットを起動する。


 三人はシャッガイを後にしたのだった。

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