第22話 フォーマルハウト

「あれはダゴン星だな」


 黒ウサギの姿をした宇宙生物ミ=ゴであるミーちゃんが宇宙ロケットの窓から耳で指した。

 そこにあったのは氷と岩石の破片によってできたもやのようなものである。


「ダゴン星……?」


 その言葉に結杏ゆあの頭には疑問符がつく。

 彼女は宇宙ロケットの中にあって、宇宙服を着こんでいた。結杏の今の肉体は高温で燃え盛る炎であり、宇宙服を着ることで、宇宙ロケットを燃やさないようにしているのだ。


 MINEマインが反応した。


「聞いたことあるで。

 天文学者が観測した惑星やな。太陽系外惑星としては最初に直接観測できたんやったか。

 けど、それは観測の間違いやったんよ。その後、観測しなおしたら惑星は消え去っていたんや。観測機器に誤りがあったんやな。

 せやけどな、惑星の名前は公募してしまっていてな。それで、ダゴン星と公表されてしまっていたんや」


 MINEの顔のモニターがいくつかの数式を移す。彼の中にあるデータベースにダゴン星の情報はあったようだ。


「いや、違うな。ダゴン星は確かにあった。そして、その名はテレパシーによって地球人にも伝わっていたようだ。

 テレパシーに適合した人々が公募に反応した結果、ダゴン星に決まったのだろう」


 ミーちゃんがMINEの言葉を否定するように言葉を差し込んだ。


「それはダゴンがこの星系に攻め込んだことを示している。ダゴンっていうのはクトゥルーの腹心だぜ。いわば、クトゥルーが攻め込んだと思っていい。

 だが、敗北した。ダゴンが支配した惑星がここまで粉微塵にされてしまったんだ」


 ミーちゃんの発する名前には奇妙なことに力を感じる。結杏ですら、名前を聞くだけで畏れと恐れを感じずにはいられない。

 しかし、MINEはそこに切り込む。


「本当に、あのダゴンと同一の存在なんか。それにクトゥルーって。古代の地球を支配していた怪物やんな。

 ……それに勝つなんて。一体、何者なんや?」


 MINEの疑問にミーちゃんは即座に質問で返した。


「ここの星系はどこに当たる?」


 それを聞いて、MINEはハッとする。


「フォーマルハウト。地球でいえば、みなみのうお座に相当する星域や」


 呟くような言葉に、ミーちゃんがさらに言葉を重なる。


「そう、クトゥグアのいる場所だ」


          ◇


 恒星が三つ見えた。

 一つの輝きが大きく、残りの二つはそれに比べると輝きが小さい。


「フォーマルハウトは三連星なんやな。地球からは一つの恒星に見えるんやが、実際には三つの恒星が連なって星系を構成しているんや」


 MINEマインの話に、結杏ゆあが「ほへー」と感心する。


「つまり、太陽が三つあるってこと? なんか、暑そうな星系なんだね」


 その返しに、MINEの顔にあるモニターに数式が数行走った。


「せやで。

 けど、ミーちゃんはクトゥグアがおるっちゅうたな。あの恒星のどれにクトゥグアがおるんやろ。やっぱ、一番デカい星か?」


 その問いかけにミーちゃんはため息をつきながら答える。


「クトゥグアならもう見えてる。あの一番でけぇ星がクトゥグアだ。

 さしずめ、残る二つの恒星は奴の玉座ってところか」


 その言葉に、「ええぇっ!」と結杏もMINEも驚きを隠せない。


「えっ、えっ、あんな大きな生き物がいるっていうのっ?」


 結杏は唖然としながらも疑問を口にする。

 それに対して、ミーちゃんは吐き捨てるように言った。


「生物なんかじゃねぇ。旧支配者グレート・オールド・ワンだ。俺たちのような生物とはまるで違うシステムで存在していると思ったほうがいい」


 MINEの驚きは結杏よりも大きかったようだ。顔のモニターには引っ切りなしに数列が流れ続けていた。


「あれが旧支配者っちゅうんか。結構、宇宙を長く旅してるはずなんやが、初めて見るやな。

 どうやっても、観測しきれなん。ワイの最新鋭メモリがオーバーフローを起こしそうや」


 そう言いながら、視線を恒星から外す。そして、冷却装置を作動させて、自身の思考回路を冷やし始めた。


「俺たちはフォーマルハウトB星に向かうぞ」


 ミーちゃんは宇宙ロケットの向かう先を定めた。連星であるフォーマルハウトの一つである。


          ◇


 宇宙ロケットはフォーマルハウトB星のコロナに突入する。

 その高熱はかつて訪れたプロキシマ・ケンタウリ以上のものであるが、宇宙ロケットはさまざまな星に向かうたびに、その装甲は強固なものとなっている。その熱量を跳ね返し、やがてフォーマルハウトB星の地表へと辿り着いた。


 宇宙ロケットから抜け出すと、結杏ゆあは宇宙服を脱いだ。


「うーん、せいせいするっ。ずっと宇宙服を着ているのは窮屈だよ」


 結杏の身体は燃え盛っていた。周囲もまた燃え盛る恒星の地表であるが、相対的に涼やかに感じられる。


 ミーちゃんとMINEマインも宇宙ロケットから出てくる。

 ミーちゃんの菌でできた甲殻は恒星の熱をものともせず、MINEの金属製のボディはどんな環境でも行動することができた。二人とも恒星であろうと平然としている。


 そこに原住民の家族が現れた。


「ほほぉー、異星の方とは珍しい。

 黒い方は聞いたことがある。確か、宇宙の探索者、ミ=ゴでしたか?」


 原住民が言う。

 原住民は燃え盛る炎のようであった。炎の精なのだろうか。


「結杏と同じ姿やな。ここの原住民と同じ姿に変態したんかな」


 MINEが言う。その言葉に結杏は異を唱えた。


「私は白い炎だけど、ここの人たちはオレンジの炎じゃない。それに燃えるための燃料も違うっ。全然違う種族なのよ」


 それを聞いて、原住民も頷いた。


「まったく、機械というのも正確性に欠くものですな」


 それを聞いて、MINEはやれやれというようにアームを広げた。


「ねっ、ねっ、この辺りでお食事ってできないかな?」


 結杏が原住民に尋ねた。すると、原住民が答える。


「この辺りはバーベキュー会場として知られているんでね、材料を取り寄せてみてはどうかな」


 それを聞いて、結杏の瞳が輝いた。そして、炎の燃え盛る身体で飛び跳ねる。


「バーベキューだってっ! 私、やってみたい。

 みんなぁ、バーベキューするよぉ!」


          ◇


 この星の原住民は地下で暮らしていた。地下には地表よりも温度の低い場所があり、そこで家畜を育てて生活しているのだという。

 そして、地下にある商業施設から、バーベキュー用の肉が届けられた。


「まずは乾杯するか」


 ミーちゃんがグラスを掲げた。そこには入っているのは金属が溶けて液体になった酒だ。

 フォーマルハウトB星ではすべてが高温だが、この酒も高温である。


「乾杯!」


 三人でグラスを合わせると、結杏ゆあは一息にグラスを飲んだ。

 冷たい。恒星においては液体金属の酒でさえ、冷たいと感じるものなのだった。


「すっごい爽やかな味っ! 冷たくて飲みやすいけど、なんか濃厚で、複雑な味わいがあるのね。

 アルコールが濃いのかな、私の身体の中で金属が沸き立つような熱を感じる。それがなんか気持ちいいのよね」」


 結杏が酩酊したような表情で語る。

 しかし、液体金属の酒は結杏の身体の中で沸騰しており、その言葉は比喩でもなんでもなかった。


「いや、これは熱い酒やで。確かに濃厚やな。喉を焼くような酒や。いや、地球人だったら高熱で溶けてるやろうけど。

 こいつは特殊消化装置を作って貯蔵しとかにゃならん」


 液体金属はMINEマインの通常の消化装置ではエネルギーに変換しきれないようだ。普段は地球人の食べるようなものをエネルギーに変換しているのだから、当然だろう。とはいえ、専用の消化装置もあり、例え液体金属であろうとも消化してしまうのだ。


「恒星の酒は久しぶりだな。これはこれでいいじゃねぇか」


 ミーちゃんもぐびぐびと飲んでいる。彼の体質のことはよくわからない。


「お酒もいいんだけど、それよりもお肉じゃない、みんなぁ」


 結杏が発言すると、ミーちゃんが地下から取り寄せた箱を開く。この中にフォーマルハウトB星の家畜の肉が収められていた。

 串に刺されたいくつかの肉を大気中に晒す。すると、見る間にジュージューと焼ける音が鳴り、焼けた肉の匂いが漂い始めた。


「面白ぉいっ! ただ空気に触れているだけなのに焼けてくんだねっ」


 結杏の言葉通り、それだけで焼き上がる。

 家畜は地下の涼しい場所でのみ生息できる生物であり、地上の高温には耐性がないらしい。なので、ただ地上に持ってくるだけで焼けてしまう。

 そのため、保管には専用の箱を使用しなくてはならないのだ。


「結杏、食うか」


 ミーちゃんが焼きごろになった肉串を渡してきた。

 結杏はそれを満面の笑みで受け取る。そして、肉をパクリと頬張った。


「んんぅー、これはお肉、だねっ。口の中でもどんどん焼けてく感じ。レア気味の焼け加減がちょうどよく思えるよ。

 これは、なんていうのかな、塩加減もちょうどいいし、すっごい美味しいお肉だよ」


 燃え滾る結杏としては、冷たいお肉だったが、それも不思議な食感で新鮮だった。噛みしめると、レアからウェルダンに変わり、瑞々しい味わいとこんがりとした香りが一気に楽しめるようだ。

 その旨味は確かなようで、口の中で燃えていくそのお肉はしっかりと美味い。脂身も多く、どこか甘みがある。それはとろけるような美味しさであり、実際に口の中で溶けていた。


「これは、なんていうんかな、普通の肉やな。うん、美味いで。けど、早く食べんと口の中で焦げてしまいそうや。こりゃ、慌ただしいで。

 でも、豚肉に近いんかな。このさっぱりした旨味と脂はそんな印象や」


 MINEも串から肉を頬張っている。


「あっ、次のお肉はまた別のお肉なんだね。こっちは柔らかくて食べやすい。甘辛いタレがついてるけど、お肉自体は淡白な味わいだからぴったり合ってるよ」


 少しパサパサしていたが、柔らかくて味わい深い肉だった。それにタレが付いており、その食べ心地を補っている。


「次のは重厚な美味しさ。香りがいいのかな。噛み心地がしっかりしているからかな。すっごい美味しいよ」


 さらに次の肉には辛口のタレが付いており、ピリリとした風味が肉の美味しさを引き立てていた。だが、それ以上に肉の旨味が強く、香りも濃厚なので、実に食べ応えがある。


「こいつは内臓だな。栄養が豊富だぜ。この星じゃ植物は育たないんだろう。だからこそ、こういう内臓から摂れるビタミンが重要なんだろうな。これも濃厚だぜ」


 ミーちゃんが串に刺さった最後の肉を食べていた。これはレバーかハツか、内臓の肉らしい。


「これも美味しいっ。私、野菜よりもお肉でビタミン摂るのがいいよぉ」


 濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。それは必要な栄養素が身体に充ちていく感覚があった。

 複雑な旨味と香りが混ざり合い、それが絶妙なハーモニーとなり、何とも言えない美味しさがある。


「ここでお酒を一口。うーん、なんか落ち着く。

 ねっ、ねっ、ミーちゃん、まだお肉あるよねっ。出して出して!」


 しかし、まだ満ち足りてはいない。結杏はミーちゃんに新しい肉を催促していた。


          ◇


 結杏ゆあはたらふく肉を食べていた。


 空にはクトゥグアたるフォーマルハウトA星が輝き、伴星たるフォーマルハウトC星を眺めることもできる。

 そして、バーベキューという特殊な調理過程。


 そのシチュエーションが開放感を齎すのか、いつも以上に食べてしまうものだ。

 結杏は満足げにお腹をさすり、満腹感から来る眠気でウトウトし始めていた。


 ここで変化が起きる。


 燃え盛るような結杏の肉体が変わり始める。その白色の炎は水色へと変化した。白から青へ、この変化は炎であれば、より強力な高温へと変わることであるが、しかし、結杏の肉体は冷え始める。

 水色の、メタリックな皮膚へと固まっていく。


「熱い! なんか急に熱い!」


 結杏が悲鳴を上げる。炎の肉体では涼しいほどだったフォーマルハウトB星の大気が、変態したフォーマルハウトB星にとっては灼熱を通り越して溶接炉に投げ込まれたほどの暑さだった。

 金属へと変わった結杏の身体が液体へと瞬く間に変わる。このままでは蒸発してしまいそうだ。


MINEマイン!」


 ミーちゃんが叫んだ。

 それを受けて、MINEの身体が変形し、結杏の身体を包み込む。簡易的な宇宙服として、結杏の身体を守ったのだ。


「結杏の変態に合わせてワイが宇宙服に変形トランスフォームするのもお馴染みになってきたやな」


 MINEが呟く。


「いや、もう、溶けちゃうとこだったよ。MINE、ありがとう。ミーちゃんもね」


 結杏の新たな肉体を得て、三人はフォーマルハウトを後にした。

 次なる冒険の舞台に心を弾ませながら。

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