第17話 機械惑星プロメテ 定点2

MINEマイン、ウソだよね」


 結杏ゆあは縋るような視線を送った。

 MINEのモニターの奥の目が赤く輝く。すると、電磁波の影響などないように、するりとその場を抜け出した。


 今は金属の身体となった結杏、宇宙生物ミ=ゴのミーちゃん、そして最新鋭のロボットであるMINEは、惑星プロメテのマザーコンピュータによって罠にかけられる。そして、電磁波の網に捕らえられていた。

 その電磁波から、MINEは平然と出てきたのである。


「そうです、エルピスは機械惑星プロメテの機械兵、元々私の手中にあるものですよ」


 マザーコンピュータが音声を発する。エルピスとはMINEのことだろう。


 それを見て、それを聞いて、結杏の金属の顔から血の気が引いた。


「初期化して上手いこと言うこと聞かせてたってのに、システムや記憶メモリを復旧しちまったか。

 思い起こせば、機械惑星プロメテに引き寄せられた時からMINEのシステムに干渉してたんだな」


 ミーちゃんが悔し気に呟く。


「ふふ、ミ=ゴの変異体、研究する価値がありそうですね。実験に付き合ってもらいますよ。

 それに生き残りの地球人ですか。ふふふっ、これは価値がありませんね。ネジにでも改造して機械惑星プロメテの礎を支えてもらうとしましょう」


 マザーコンピュータがコンピュータが音声を発した。

 それを聞いて、結杏が憤慨する。


「なにそれぇっ! なんで、私だけネジにならなきゃいけないの!? ひどくない!」


 しかし、身体はまるで動かない。金属の身体と電磁波の相性が悪すぎた。


「あんた、エルピスってぇのか? 名前がわかってよかったじゃねぇか」


 ミーちゃんが口を開く。それはMINEに向けてのものだ。

 それを聞き、赤く輝いていたMINEの目が点滅する。


「……my name is Elpis?」


 MINEが呟く。機械音声でありながら、なぜか迷いを感じさせた。


「No, I'm not Elpis, I'm MINE」


 そう言うと、MINEの目が青く輝く。


「せや、ワイはMINEや」


 それに対して動揺したのはマザーコンピュータだ。


「何をしたのです? なぜ、破損した状態に復旧するなんてことがあり得るのですか。理解ができない」


 その言葉に対して、MINEは「フッフッフッ」と笑みを漏らす。


「ワイはあんたの言いなりにはならへんのや。ワイはお前のもんやない、MINEワイ自身のものやからな。

 ミーちゃん、ええ名前つけてくれたで。こういう時にワイ自我を取り戻すキーワードにしてくれたんやな」


 バーンとMINEの意識を戻した理由をマザーコンピュータに突きつける。


「いや、爆弾って意味でつけただけだけどな」


 MINEに聞こえないようにミーちゃんが呟いた。


「今から逆襲に転じるで!」


 そうMINEが言うと、MINEの身体に内蔵されたパーツが解放され、合体ドッキングする。それは巨大な腕や脚、それに武装の数々だ。

 人間ほどの大きさだったMINEがビルほどの大きさに膨れ上がった。

 そして、腕に出現した巨大な銃身へと瞬く間にエネルギーが装填される。


 ビィィィッムッ


 光線が放たれ、マザーコンピュータを一瞬にして焼き切った。


「すごーい! MINE、こんなに大きくなれたんだね!」


 結杏が喝采を送る。


「近くに使えそうなパーツがあったんで、拝借させてもらったわ。これなら、こんな星、楽々攻略してみせるで。 みんな、乗ってや」


 その言葉に従い、結杏とミーちゃんが搭乗する。

 MINEは周囲をビームで破壊しつつ、機械惑星プロメテの外側を目指した。


          ◇


 わらわらと無数の機械兵が群がってくる。

 MINEマインはそれを銃身から放たれるビーム、肩に設置されたポッドからのミサイル、こめかみに配置されたバルカンを放ち、次々に蹴散らしていった。

 まさに一騎当千というべき大活躍である。


「さっすが、最新ロボットね!」


 MINEのコクピットに搭乗する結杏ゆあが声援を上げた。

 しかし、ミーちゃんは不審な声を出す。


「マザーコンピュータをやったにしては統率の取れた動きだな」


 それにMINEが答える。


「せやな、あれはダミーやろ。敵対するかもしれない相手をマザーコンピュータ本体の前に連れてくるわけないやんな。そのくらいの用心はしてるやろ」


 その回答にミーちゃんは「チッ」と舌打ちした。


 だが、そうこうしているうちに、機械兵の攻撃が激しくなる。ビームやミサイルを掻い潜り、機械兵が接近した。


 ガコンッ


 MINEの腕から薬莢が飛び出る。火薬を爆発させた勢いでパンチを振るったのだ。その一撃で近づいてきた機械兵を沈める。


「攻撃が激しくなってきとるで。みんな、気ぃつけや!」


 その声にも焦りが浮かんでいた。

 全方位にビームとミサイルを撃ち続ける。それでも何体かが近づき、接近戦を余儀なくされる。


「MINE、後から来る!」


 ミーちゃんが指摘した。しかし、MINEに対処する余裕がなくなっていた。


「しもた! みんな、歯を食いしばってや」


 だが、その瞬間に、結杏がコクピットから飛び出ると、その金属製の足で蹴りを見舞った。これは機械兵も予想外で、その一撃が綺麗に決まる。


「やるやんけ。加速するで、コクピット入るんや」


 その呼び声に従い、結杏はコクピットに戻る。先ほど倒した機械兵の欠片を抱えていたため、仕方なく持ったままだった。

 コクピットに留まっていたミーちゃんが指示を出している。


「宇宙ロケットを縛る磁力を操作していた機関は破壊した。あとはとっととこの星からずらかるだけだぜ」


          ◇


「はへー、どうなるかと思ったけど、どうにか逃げだせたね」


 結杏ゆあが宇宙ロケットの中で一息ついたように呟いた。

 宇宙ロケットは今まさに機械惑星プロメテの大気圏を抜け出したところだ。


「あはは、みんなぁ、落ち着いたら、なんかお腹すいちゃったね」


 結杏は金属製のお腹を両手で触る。ぐるるぅというお腹の音が聞こえるようだ。

 その傍らには持ってきてしまった機械兵の欠片があった。金属生命体になった結杏には、それがなんだか美味しそうに思える。


「おい、あんたら、いいもの拾ってきてやったぞ。万能調理機だ」


 新たな機器が宇宙ロケットに備え付けられていた。その機械は上部にラッパ状の入り口があり、そこに材料を入れることで好きな料理を作りだせるらしい。


「なんちゅうか、相変わらず抜け目のないやっちゃな」


 MINEマインが呆れたような声を上げる。


「ミーちゃんて結構盗賊だよね」


 結杏もまた何とも言えないというような表情をした。

 しかし、ミーちゃんはそれを意にも介さず、飄々とした態度で答える。


「探索者と言ってくれ。ミ=ゴはそういう種族なんだ」


 ミ=ゴの倫理観では問題ないらしい。


「でも、じゃあさ、これを材料になにか作れるかな?」


 結杏は機械兵のパーツを出した。それを見て、MINEが怪訝そうにモニターに数列を走らせる。


「それワイが食べたら共食いちゃうんか」


 しかし、結杏は気にしない。


「またまたぁ、機械に共食いなんてないでしょ」


          ◇


「紅茶を入れたぞ、飲むか」


 ミーちゃんが二人に声をかける。そしてポットから紅茶をコップに注いだ。

 そして、ブランデーを数滴垂らす。


「へぇー、ブランデー入りの紅茶なんだね。なんだか上品な香り! 美味しそう」


 結杏ゆあの言葉を尻目に、ミーちゃんは自分の紅茶にはじゃぶじゃぶとブランデーを注いでいた。これでは紅茶入りのブランデーだ。


 紅茶の横に置かれているのはラザニアだった。機械兵を調理して出来上がったものだ。


「ラザニアも美味しそうだけど、紅茶もいいね。うーん、なんか複雑な味わいになってる。でも美味しいよ」


 結杏が紅茶を飲んだ。ブランデーの味わいはまだ理解できなかったが、それでもそれが美味しいものだということはなんとなく理解した。


「これはあれやな。紅茶の香りとブランデーの香りが混ざりあって、リラックス効果が生まれているんやな。激戦の後にはちょうどいい飲み物やな」


 MINEマインにもブランデー入りの紅茶は好評のようだ。


「みんなぁ、ラザニアを食べるよぉ!」


 結杏が二人に声をかけた。そして、フォークを手にすると、ラザニアに手をつける。


 カチン 


 フォークでは刃が立たない。結杏は身体の熱を集めてフォークを持つ手の温度を上げる。熱はフォークに伝わった。

 もう一度。今度はジュワッとフォークがラザニアに突き立てられる。そのまま、ラザニアを一口分切り分けると、口に入れた。


「うわっ、熱さが閉じ込められてる。でも、熱々で美味しいね。

 お肉は挽肉になってるけど、金属製のチーズと混ざり合ってて、すごく美味しい。まろやかっていうのかな、トロトロして、すっごい美味しい!」


 金属のチーズはフォークの熱によって溶けて食べやすくなっていた。物凄い高温のはずだがメタル人間となった結杏には熱々で済む熱量だ。

 それが挽肉やトマト、オニオンと混ざり合い、得も言わせぬ味わいとなっていた。それをリボン状のパスタと一緒に食べる。これ以上の幸せはないだろう。

 結杏もやたら美味しいを連呼するしかなくなるわけだ。


「いや、これは固すぎるわ。どうにか剥がして食べられるところを食べるしかないわな。でもこれじゃミートソースのファルファッレでしかないやで。まあ、美味いけども」


 MINEは四苦八苦しながらラザニアの過食部分をどうにか食べた。

 対して、ミーちゃんは特に熱するでもなく、平気でラザニアを食べている。


「ふーん、機械兵って、美味いんだな」


 バクバクと音を立てながら、豪快に食べる。

 それを見て、MINEは顔のモニターを青ざめさせた。


「ワイは美味ないで。食べんとってや」


          ◇


 結杏ゆあの身体が変態していた。


 その銀色に輝くメタリックの肌は薄いオレンジ色の肌に変わる。

 丸まった頭部からは黒い頭髪が生え、前部には鼻がそそり立ち、二つの目と口が現れる。

 手には五本ずつ指が伸び、その身体は二本の足で支えられていた。


「これ、来たんじゃない! 私、元の姿に戻ったんじゃない」


 結杏が嬉々とした声を上げる。

 そして、自分の腕を触った。違和感がある。


「おい、MINEマイン、結杏の成分を分析できるか?」


 ミーちゃんが指示を出すと、MINEがその両眼からセンサーを発した。


「ああ、このパターンやな。結杏、今のお前の身体は有機物やないで。ケイ素や。いわば、岩人間になったようなもんやな」


 確かに地球人の姿には似ているが、その肌触りはゴツゴツしている。岩石といわれると違和感がなかった。


「もぉー、いつになったら、元の姿に戻れるのかな」


 それを聞き、ミーちゃんはフッと笑う。


「戻る必要なんかないだろ。どうせ、また肉を食べたら変態するわけだからな」


 それを聞くと、結杏は岩の頬を膨らませて抗議した。

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