第15話 機械惑星プロメテ 定点1
ドスンッ
宇宙ロケットが大きく揺れる。
「なに!? 何が起きたの?」
結杏が叫ぶと、
「なんや、目の前に惑星が現れてるやぞ。こんな星はさっきまでなかったやんか!」
MINEが腕を回転させ、顔にモニターを高速で数式を羅列させる。明らかに困惑していた。
「あれは機械惑星プロメテ……」
それを聞いて、結杏が問い質す。
「それって前にミ=ゴの親玉が言ってた星じゃない? MINEがそこのロボットだって言ってなかったっけ?」
その言葉にMINEからの反応はなかったが、ミーちゃんが答える。
「機械惑星プロメテはその名の通り星そのものが機械化した星だ。以前は太陽系に存在していたこともあったが、自在にその位置を変えるほどの科学力がある」
その言葉にはMINEは反応した。
「ちゅうことはあれか。太陽系の九番惑星、あるいは十番惑星ってことか。天文学者がその存在を確信しながらも、ついに発見できなかった未知の惑星やんな」
かつて冥王星が惑星に数えられていた頃には十番惑星、冥王星未発見あるいは惑星から外された際には九番惑星と呼ばれる、未発見の惑星こそが機械惑星プロメテだというのだ。
「で、でも、なんかそのプロメテ、大きくなってるよ!」
結杏が叫ぶ。大きくなっているというのは、要するに近づいているということだ。
それに対し、ミーちゃんが状況を分析する。
「どうやら、機械惑星プロメテに引き寄せられているようだな。この力は重力だけじゃねぇ、これは磁力か……」
◇
「ダメだ、動かせねぇな」
ミーちゃんが宇宙ロケットのコンピュータをしばし操作し、やがてぼやいた。磁力によりコンピュータがダメになっている。
ミーちゃんも宇宙ロケットを起動するのを諦めたらしい。
「けど、どうするんや? エアロックも動かんのやろ」
そうなのだ。宇宙ロケットのコンピュータ制御が効かないということは、出入り口さえ塞がれてしまっているということだ。
三人は閉じ込められてしまっていた。
「みんなぁ、私に任せなさぁいぃ!」
その身体を通り、ミーちゃんと
「俺たちを拘束したってことは、この星の奴らはこちらの様子を見ているはずだ。とっとと、ずらかるぞ」
ミーちゃんがそう呼びかける。
その周囲には宇宙ロケットや宇宙船がところせましと着陸していた。それらを隠れ蓑にしながら、宇宙空港と思しき箇所から抜け出る。
通路があった。そこに進むと、数体の機械兵が三人を待ち受けている。
ピッ
MINEがサイレントガンを撃ち込み、機械兵を無力化した。
動かなくなった機械兵を見て、結杏が提案する。
「ねぇ、この機械を被って先へ進めば、見つからなかったりしない?」
そう言って、機械兵の頭部を剥がそうとした。機械兵には頭部があり、胴体と腕があり、そして、足がある。だというのに、どことなくMINEと似た姿のように感じた。
ミーちゃんは結杏が頭部を剥がすのを制止すると、機械兵の一部のパーツをもぎ取った。
「こいつらはこの部品に埋め込まれたIDで互いを認識する。こいつを持っておけば、量産型の機械兵はやり過ごせるだろう」
そう言うと、結杏とMINEにそれぞれパーツを渡す。
「でも、これからどこへ行くの?」
結杏が尋ねると、今度はMINEが答えた。
「こっちから食いもんの匂いを感じるで。まずは腹ごしらえといかんか?」
グキュウゥゥ
結杏のお腹が鳴る。お腹が減っていた。
結杏は顔を赤らめながらも、無言で頷く。
◇
「機械の兵隊たちもご飯を食べるんだね」
明らかに場違いな発言のはずなのに、周囲の機械兵たちはまるで気にする様子もなく、機械的に食事を続けている。その挙動は一糸も乱れることもない。まさしく、機械の兵隊たちであるが、それでも、食事の場ですらそんな様子なのは、滑稽なものを感じてしまう。
「まあ、今は落ち着こうや。この星を脱出する手段があるにしてもや、すぐにはわからんやろ」
三人は機械兵たちの行列に並んでいた。行列は長蛇というべきであり、待ち時間が長いが、それでも食事にありつくにはここで待つしかないらしい。
「ピピッ、ピピッ」
ようやく結杏の出番が来た。給仕ロボットが結杏の頭に取り付けたIDパーツを認識し、それと引き換えのようにお盆のようなプレートを渡してくる。
ペースト状の緑色や赤色のものや固形の四角い白いものなどがそこには入っていた。これが食べ物なのだろう。
「みんなぁ、こっち空いてるよぉ!」
結杏が呼びかけて、ミーちゃんと
そして、三人で席に座る。
「二人とも、飲み物もってへんやろ。ワイが持ってきたで」
そう言うと、MINEが二人の前に湯呑茶わんのような容器を置いた。
結杏はそれを何の気なしに飲む。
「ぬるいけど、でも、喉が渇いてたから、なんか美味しいね」
それほど美味しいとは思わなかったが、喉を潤してくれた。それはありがたい。
「じゃあ、みんなぁ、食べるよぉ」
結杏は呼びかけながら、白い固形のものにスプーンを突き立てた。ジャリっという感触とともにスプーンに白いまとまりが取れる。それを口に入れる。
ジャリジャリ。食べ物とは思えない食感に、結杏は涙目になりながらも、どうにか飲み込む。味わい自体は白身魚のようで、旨味らしきものもあったが、どうにも味付けが薄すぎる。
さらに、緑色のペーストをスプーンで掬う。そして口に運んだ。
さらっとした舌触り。苦みがあるが、それ以外に味といえるものがない。味気ないが、食べられないことはない。そんな味わいだった。
赤いペーストは何やら芋のようであるが、やはり特に味わはない。隣のベージュ色のペーストは塩気が濃く、これと一緒に味わえば、どうにか食べ進めることができた。だが、ベージュのペーストも塩辛いばかりで、海の水を舐めているようである。はっきり言って、まずかった。
それらを食べ終えると、黄色とオレンジのゼリーを食べた。
これがデザートかと思っていたが、塩気があるだけで特に甘かったりもしない。なんとなく、冷たさを感じないでもないが、全体的にぬるかった。
要するに、二つとも同じような味で、まずい。
「うへー、どれも美味しくないねぇ。機械だからこんな食べ物で平気なのかなぁ」
同じようにMINEも味わっているようだったが、結杏のようにまずがったりはしていなかった。
「栄養価は十分あるようやで。だから、味覚をオフにしておけば、問題なく食べられるやね」
平然としながらそう言う。結杏はその言葉に憤った。
「なによそれぇ。でも、だったら、MINEの味覚って何のためにあるの? 栄養価だけ調べて、それで何も考えずに食べればいいんじゃない?」
怒りはいつの間にか疑問に変わっていた。
その言葉に困惑したのか、MINEの顔のモニターは数式の羅列が並び、幾度となくエラーが表示される。
「そんなことを考えるのは後だぜ。この施設内に磁力の放出を管理している場所があるはずだ。それさえ止めることができれば、俺たちの宇宙ロケットは再出発ができるだろう」
ミーちゃんが言う。
「MINE、わからねぇか? 磁力の発生を管理している場所を。分析するんだ」
◇
「こっちや。こっちに磁力を操作している施設があるでぇ」
まるで、メタリックな皮膚をまとった人間のようだ。
やがて、突き当りにある壁に差し掛かった。
「ここはやなぁ、ここをこうして。こうして……」
突き当りの脇にある機械を操作すると、壁が開く。その奥には部屋があった。
そここそが、磁力の管理施設であろうか。シリンダーのような容器の中で、螺旋状の金属を電気が走っている。そんな機械が多数置かれており、それを管理していると思われるスーパーコンピューターと巨大モニターがあった。
「おっと、気をつけるんやで。どこに罠があるかわからヘんのやで。例えば、天井が競り下がってきたりとかなぁ」
MINEの言葉を受けて、三人は天井を注視しつつ、部屋に入る。
パカッ
床が開いた。落とし穴だ。
三人は為すすべなく、地底へと落ちていく。
◇
どれだけ落ちただろうか。三人は死んではいなかった。
ふわふわと電磁波のような装置に捉われ、ただその場で浮いていた。
目の前には巨大な柱のような機械がある。それは細かく点滅する計器に覆われていた。
「私は機械惑星プロメテ。そのマザーコンピューターです。私こそが惑星プロメテの意思なのです」
機械音声が流れた。目の前の柱のような機械が言葉を発しているのだろうか。
「奇妙な組み合わせですね。我らの最新機器、
私のデータに蓄積されたデータ、精度を高めた計算式も、いまだ完成とはいえないようですね。これは予想しえない事態でした。
ですが、それは些細なこと。あなたたちの生命はここで潰えるのですから」
マザーコンピュータが語る。
だが、それに対して、ミーちゃんがニヤリと笑うように言い放った。
「てめぇはバカか。どういつもりかわからねぇが、弱点を晒したな。
しかし、MINEは動かない。反応もなかった。
「おい、この程度の電磁波でお前が動きを制限されんのかよ。何が起きてる!?」
ミーちゃんの声が苛立ちに、そして焦りに変わる。それでもMINEの反応はなかった。
「ミ=ゴとあろうものが気づかないのですか。この場所に案内したのが何者かを」
マザーコンピュータが含みのありそうな物言いをする。
磁力により宇宙ロケットが機械惑星プロメテに引き寄せられた時、同じく機械であるはずのMINEに何の影響もなかったこと。
機械兵たちがMINEに似ていたこと。食堂やマザーコンピュータの下へと案内したのがMINEであったこと。MINEが持ってきたお茶を結杏もミーちゃんも飲んでしまったこと。
まさか、ここに案内したのがMINEだというの。
結杏は縋るような気分でMINEを見つめた。
そんな結杏に、マザーコンピュータが問いかける。
「その様子だと、この機械兵が何のために地球にいたのか、知らないようですね」
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