第14話 はくちょう座

「あれがデネヴ、アルビレオ、サドル。まさに地球人類の呼ぶはくちょう座の中を進んでいるな」


 黒ウサギの姿をした宇宙生物ミ=ゴ、ミーちゃんが窓を眺めながら解説する。


 それを受けて、結杏ゆあもまた宇宙ロケットの窓を覗き込んだ。結杏は全身毛むくじゃらの中のような姿をしていた。

 デネヴと呼ばれた星は大きく、煌々とした光を放っている。それとは別の方角にアルビレオとサドルが小さく見えた。


「ねえ、汽車が見えるよ」


 結杏は奇妙なものが近づいてくるのに気づいた。

 それは汽車だった。地球で暮らしていた頃でも、テレビや博物館でしか見かけないものだったが、その姿は間違えない。独特の黒い車体に特徴的な煙突。宇宙空間だというのに、車輪を回転させて走っている。


「汽車ぁ? そんなバカな。ここに地面なんかないんやで」


 最新式のロボット、MINEマインが怪訝そうな声を出して、結杏と同じように窓を見た。


「ほんまや、けったいなこともあるんやなあ。銀河で汽車やなんて」


 MINEは呆れたようにその車体を眺める。

 その顔のモニターにはエラー画面が点滅していた。考えることを放棄している。


「ああ、銀河鉄道だな。三次元の視界で確認できるのは珍しいことだ」


 ミーちゃんだけが珍しくなさそうに呟いた。


「知っとんのかい! あれはなんや、なんで宇宙であんな乗り物が走ってるんや?」


 ミーちゃんの物言いにズッコケるような仕草をしつつ、MINEが尋ねる。


「ありゃあ、車輪によって宇宙空間内のエーテル、つまり光の波動を捉えているんだ。不要になったエーテルは風になって、あの機関車の内部巡り、煙突から吐き出される。

 あれは宇宙を行く乗り物としちゃ、宇宙ロケットなんかより、よっぽど進んだ科学なんだぜ」


 それを聞いて、MINEの顔のモニターに数式の羅列が高速で流れた。


「つまりや、もともと機関車っちゅうのは宇宙にあったものやってことやな。どういうわけか、地球に伝わり、地球の当時の科学力で再現したものが蒸気機関車っちゅうことか」


 MINEはようやく納得のいく答えが見つかったようだ。それに対し、ミーちゃんは頷くことで肯定を示す。

 だが、続いて結杏が疑問を口にした。


「ねえ、あの汽車って誰か乗ってるってことだよね? 乗り物なんだから」


 それに対してもミーちゃんは頷いた。結杏の猫のように細い瞳孔を持った目が輝く。


「みんなぁ、汽車に見学に行こう! ねえ、宇宙ロケットを急がせてよ」


          ◇


 やがて、汽車は停車した。すると、汽車の中からでっぷりとした人間が飛び出してきた。大きな袋を抱えている。

 いや、人間ではなかった。全身が毛むくじゃらであり、頭の上にとんがった耳が飛び出ている。それは猫のような姿だった。

 猫人間は駆けるように宇宙空間を走ってく。あれもエーテルを足で捉えているのだろうか。


 結杏ゆあたちの乗った宇宙ロケットは先端に取り付けられたジェット噴出孔から水蒸気を排出し、急停止した。

 そして、エアロックを抜けて、三人は宇宙空間に飛び出る。結杏はMINEマインの変形した宇宙服アストロスーツを身に纏っていた。


 ミーちゃんが汽車の扉を開ける。圧力差による空気の流出などは起きない。汽車の中も真空に近い状態なのだろうか。

 三人は汽車の中に入るが、そこには空気があるように感じた。


「不思議なことにや、この中には空気があるな。窒素76%、酸素20%、アルゴン1%……、地球の大気組成とそう変わらん。

 結杏、合体を解くぞ」


 宇宙服となっていたMINEのパーツがバラバラになり、別の場所で再合体する。

 結杏は生身の状態になるが、呼吸ができるし、苦しい気分もない。


「ほんとだぁ。大丈夫だね。

 よぉし、みんなぁ、行くよ!」


 客車へ続くと思しき扉を開いた。

 すると、先ほど飛び出た猫人間と同じような、猫の顔を持つ乗客たちが何人かいる。

 その中には若い猫人間もおり、真っ青な毛並みの小柄な猫と、真っ赤な毛並みで背が高くほっそりとした猫が向かい合って座っている。

 同年代に久しぶりに出会った気分があり、結杏はその二人に近づいた。


「ねえ、この汽車で旅をしてるの?」


 そう尋ねると、青い猫は目を伏せた。その様子を見て、ふと昔の自分を思い起こし、結杏は胸をキュッとさせる。話しかけたのは失敗だっただろうか。

 それに対し、赤い猫は結杏の目を見てハキハキと答えた。


「僕には行く場所があるんです」


 赤い猫がそう答えると、青い猫は顔をさらに青くして、下を向く。


「どこまでも行くんだ。どこまでも行こうよ」


 青い猫はか細い声でそう語った。

 それを聞くと、赤い猫は快闊な声で答える。


「そうだね、行けるところまで」


 その返事に青い猫は顔を上げ、笑顔になった。


 ふと、窓を眺めると、汽車から飛び出たでっぷりとした猫が弓矢を構えていた。

 その上方からは白鳥が飛んでくる。その白鳥めがけてデブ猫が矢を振り絞る。


 シュルシュルシュル


 矢には紐が括られており、その先には石が付いていた。矢は白鳥の足を掠めると、その紐が絡みつき、石の重みで落ちてくる。

 デブ猫は白鳥をキャッチすると、ホクホクとした笑みを結杏に向けた。


「いやあ、これは大物が獲れましたよ」


 いつの間にか、デブ猫は結杏の目の前にいた。


「いつの間にここへ戻ってきたんですか」


 若い青い猫がデブ猫が突如現れたことに驚き、尋ねた。


「いつの間にも何も先ほどです。見ていなかったんですか」


 デブ猫は事もなげに答える。そして、ミーちゃんに目をやると、大げさな手振りで声をかけてきた。


「これはミ=ゴの旦那じゃないですか。これはちょうどいい。白鳥が獲れましてね。

 ちょうど食べ頃なんですが、どうです? 買いませんか?」


 ミーちゃんはそれを受けて少し思案すると、返事をする。


「それは渡りに船だ。買わせてもらおう」


          ◇


 ミーちゃんは白鳥を耳で取った。そして、ポキリと折って、人数分に分ける。


「これ、何? 白鳥なの? お菓子みたいにも見えるけど」


 その白鳥は硬質な見た目であり、折れた部分からは、角砂糖のような透明感がある。氷菓子か砂糖菓子の類のように感じられた。


「飲み物貰ってきたで。

 銀河ミルキーウェイから採れたミルクと、サザンクロスのコーヒー豆から作ったカルーア、それを混ぜ合わせたカクテルしたカルアーミルクや」


 MINEマインはグラスを結杏ゆあとミーちゃんに持たせた。

「乾杯」とグラスを合わせると、ぐびりと口にする。


「甘ぁい! なんだろ、甘いお酒なんだねぇ。ミルクが特別だからかな、甘さとまったりとした味わいがすっごい幸せな気持ちにしてくれるよ」


 それは甘いお酒だった。ただ甘いだけでなく、ほろ苦さがあり、それが甘さを引き立てているのだ。


「せやろ、ミルクってのも、本来は銀河ミルキーウェイが発祥で、それを真似て地球の生物は哺乳類に進化したのかもしれへんな。だからこそ、銀河ミルキーウェイのミルクは地球のミルクよりも濃厚で、甘さを伝えやすいんや。

 それにな、サザンクロス産のカルーアミルクもなかなかのもんやろ。苦みと甘みが見事に融和してるやんな」


 MINEもカルーアミルクをグビグビ飲む。


「そんなことより、本日のメインディッシュはこの白鳥なんです。みんなぁ、食べるよ」


 結杏はパキンと白鳥を砕くと、その一欠けらを口に入れた。

 パキパキという食感とともに、弾けるように白鳥は口の中に溶けていく。その感覚はなんだろう。甘いとも、旨いとも違う不思議な味わい。

 けれど、なぜだか夢中になって食べてしまう。


「これはお肉なのかな。お菓子なのかな。どっちでもあるし、どっちでもない。不思議」


 不思議なまま、それでも美味しい。それはわかる。

 結杏はいつの間にか自分の分の白鳥を食べきっていた。


「食後にデザートはいかがですか。おひとつ、お取りください」


 結杏の前に真っ黒な猫人間が立っていた。その両手にリンゴを山ほども抱えている。


「え、いいんですか」


 ぽつりと呟いた結杏に、黒い猫は笑顔で返したようだ。その顔は真っ黒で表情の違いを窺うことが難しい。

 けれど、取った方がいいのだろう。そう判断して、結杏はリンゴをひとつ手に取った。


 カプリッ


 齧りつく。意外なことにサクサクとした食感だった。

 弾けるような食感というよりも、しっとりとしていて、強い甘みをじんわりと感じることができる。サクサクとした食感とともにクリームのような滑らかな甘さもあった。

 それは焼きリンゴのようであり、アップルパイのようでもある。


「これも美味しいよ」


 結杏はリンゴをMINEとミーちゃんに渡す。ひとつもらったつもりだったが、分け与えることができた。ひとつのように見えて何重かに重なったものだったようだ。


「じゃあ、これもそうかな」


 すでに食べたはずの白鳥を手にすると、若い青猫と赤猫に手渡した。


「良かったら食べてねっ」


 結杏が笑顔でそう言うと、青猫はおずおずと食べ始めた。


「これお菓子なんじゃ。でも美味しい」


 青い猫はそうぼやきながらも、ぽつりぽつりと食べる。


「これはお菓子だね。でも上等な白鳥菓子だ」


 赤い猫もそう言いながら、白鳥を食べていた。


          ◇


「切符を拝見いたします」


 背の高い灰色の毛並みの猫人間が汽車の奥から現れる。車掌だろうか。

 その言葉を聞き、結杏ゆあはビクッとした。切符なんて持っているはずがない。

 焦る結杏に変態は起きる。


 結杏の身体が膨れ上がり始める。太っていくのだろうか。

 頭がまん丸に、お腹もまん丸に。まるで二つの青い球が合わさるような、不思議な見た目になっていた。

 そして、その毛並みは縞模様になっていたが、もはや毛というよりも光沢というべきものに変化する。


「ねぇ、みんな、もう行こうよ」


 そう言うと、結杏の縞模様の半分が空気に溶けるように姿を消した。ミーちゃんとMINEマインの耳と腕を掴むと、今度はもう半分の縞模様も消える。残されたのは目だけだったが、目を瞑ると、その場から結杏は消えていた。

 それと同時にミーちゃんとMINEも姿を眩ませる。


 次の瞬間、三人は宇宙ロケットの中にいた。


「これはあれやな。結杏もデブ猫のおっさんがやっていたテレポーテーションをものにしたっちゅうことや」


 MINEが疑問を埋めるように言葉にした。

 それを聞き、結杏は自分のやったことを思い出す。確かにテレポーテーションと呼べるものかもしれない。


「切符だったら、俺が持ってたから問題なかったんだがな。まあ、近道できてよかったともいえる」


 ミーちゃんはそう言うとにやりと笑い、宇宙ロケットの推進剤を起動させた。

 三人は銀河鉄道で旅をするのではない。宇宙ロケットで旅をするのだ。

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