第13話 地球型惑星ノトーリアス

「ねえ、あれがクロエの母星ってこと?」


 宇宙ロケットの窓に映る星を見て、結杏ゆあが尋ねた。

 そして、目を少し逸らす。なんとなく見つめることに抵抗があった。


「ああ、そうです。懐かしい。我がノトーリアスを出てどれだけの時を過ごしたでしょうか。

 帰ってこれて、とても嬉しく思います」


 円筒形の容器カプセルから機械音声が鳴った。

 その中に入っているのは胞子生物イアのクロエだ。カプセルには神経をつなげることができ、視覚や聴覚があり、声を発することもできる。


「地球型の岩石惑星だな。ここまで地球と近いのは珍しい」


 黒ウサギの姿をした宇宙生物ミ=ゴ、ミーちゃんが惑星ノトーリアスに一瞥すると、そう呟いた。

 ノトーリアスには青い海があり、緑の陸地がある。地球によく似ていた。


「確かに地球に似とるなあ。けどやで、あれはなんや」


 最新鋭のロボット兵、MINEマインが惑星を指さす。結杏も思わず、再びノトーリアスに目を向けた。

 ノトーリアスに近づくにつれ、その周りに何かが浮かんでいくのが見えてくる。


「あれはドローンです。私たちが主に寄生主としているノトーリアスの原住生物なんです。ノトーリアスは火山の噴火が盛んで、その上昇気流に乗って大気圏外に飛び出てしまうことがよくあります」


 クロエがMINEの疑問に答える。

 そう言っている間に、すれ違うドローンがあった。角が生えていて毛が長い。四本の足がついている。地球の哺乳類にいてもおかしくなさそうな生き物であったが、宇宙空間にあっても生存しているようである。


「えぇー、そんなことあるのぉ!? ドローンって大気圏の外でも生きていけるの?」


 その答えに結杏は驚きの声を上げた。これにも、クロエが回答する。


「ドローンは肺が大きいのでしばらく呼吸できなくても生きていけるんです。大気圏外で餓死するドローンもいますけど、そうしたドローンを別のドローンが食べて生き延びることも。

 でも、大体の場合、ノトーリアスには戻って来れないんですけどね」


 それを聞いて、MINEの顔にあるモニターが少しの間計算式を流した。


「つまりや、クロエ、お前もドローンに乗って大気圏にはぐれてしまったっちゅうわけやな」


 MINEが指摘する。クロエはそれに頷くような反応を示した。


「はい。私たちの種族はそうならないように寄生主を制御するのですが、私は宇宙に興味があって……。恥ずかしながら、それで帰ってこれないほど遠くへ行ってしまったんです」


 そんな話をしながらも、宇宙ロケットは進む。やがて、ノトーリアスの大気圏内へと入る。


「結杏、舌噛むなよ」


 ミーちゃんの言葉とともに、強い重力が結杏たちの身体を圧迫し始めていた。


          ◇


 宇宙ロケットから降りる。すでに、ドローンの集団に取り囲まれていた。いや、胞子種族イアに寄生されているため、イアドローンと呼ぶべきだろう。

 ノトーリアスの上空にいる際に、クロエが電波を発し、イアドローンたちに呼びかけていたのだった。


 イアドローンの中でも一際体の大きい個体が前に出てくる。

 結杏ゆあはクロエの入ったカプセルを掲げた。しばしの沈黙ののち、クロエが話し始める。


「このイアドローンは私たちの教育者です。教育者の力があってこそ、私たちは自制の力を得ます。

 私はまだすべての教育課程を終えていなかったのだと叱られてしまいました」


 教育者やほかのイアドローンとは直接話すことができない。イアドローンは言語体系を持たず、別の手法でコミュニケーションを取る。そのため、会話やテレパシーでやり取りはできず、結杏の体内で言語を学んだクロエに通訳をしてもらうしかない。


「会話できないっちゅうんも厄介やな」


 MINEマインが呟く。その顔のモニターには数式が流れており、状況を分析しているようだ。


「えっ? そんなことが!?」


 突如、クロエが大きな声を響かせた。本来のイアドローンであればそんな無駄なリアクションはしないのだが、結杏の反応を学んだために、驚くというリアクションを体得したのだろう。

 その反応に、結杏もMINEも固唾を飲んで、次の言葉を待った。


「あ、あの、教育が十分でないイアは寄生主と同じ固体を求めて暴走を始めるそうです。そして、その肉体を変質させ、繁殖も忘れて同種を喰い荒らすようになるんだとか。

 怖ろしいことです。私が、いえ、私が胞子を撒きちらした私の分身たちがそうなったかと思うと……」


 それは恐るべき事実であった。

 結杏が半液状の肉体を持っていなければ、そして、外科手術に長けた宇宙生物ミ=ゴがいなければ、それは現実となっていたことだろう。

 ただ、すでに地球人は……。


「そう、でも、良かったね……」


 結杏はそう声をかけるので、精一杯だった。

 しかし、クロエはそんな結杏の感情には気づかず、弾んだ声を上げる。


「そうです。私は無事に帰ってこれたんです。こんなに嬉しいことはありません。

 だから、皆さんには是非ともお礼をしなくちゃ。私をこのカプセルから解放してください。とびきりの御馳走を用意しますから」


          ◇


 一体のイアドローンが現れた。そのイアドローンは地面を蹴る。すると、マグマ溜まりが現れた。


――ふふっ、ちょうどいいところにありました。これから、この身体を加熱しますので、美味しく食べちゃってくださいね。


 テレパシーが聞こえた。クロエのものだ。

 クロエは食べ頃のドローンに寄生し、ここまで連れてきたのだろう。


「ええぇ、そんなのいいの? そんなことしたら熱いんじゃ……」


 テレパシーを受信した結杏ゆあは困惑したように声を上げた。


――大丈夫です。寄生主の感覚は私が制御できますから。感覚を遮断すれば、このドローンは何もわからないうちに丸焼きになることができます。

 ご心配なく、私は適切なタイミングで寄生主を離れますから。


 クロエがテレパシーで返答する。

 しかし、それを大丈夫だとか心配なくとか思って良いものなのか、疑問が残った。


「まあ、ええんとちゃうか。それがここの文化なんやろ。ワイらは美味しく命をいただくことが大事なんちゃうかな」


 MINEマインの顔のモニターに数式が走るが、少しして奇妙な数字の羅列が点滅した。どうやら、考えることを放棄したらしい。


「その通りだな。今はできるだけ備蓄の消費は抑えたい。ここで食料を得られるのは願ってもないことだ」


 ミーちゃんが斜に構えた様子でMINEに同意する。

 それを受けたのか、クロエの入ったドローンはマグマ溜まりに沈み込み、やがて跳び上がって出てきた。マグマはドローンに纏わりつき、その身体を熱していく。

 やがて、香ばしい匂いが周囲に漂い始めた。実に美味そうな匂いである。

 その情報には胞子が舞うように漂っていた。クロエだろう。


「こんな調理の仕方があるんだねぇ。みんなぁ、食べようよぉ!」


 結杏が呼びかける。

 すると、周囲にイアドローンが集まり、草を運んできた。


「ええぇ~、これなに!? 牧草なのかな? 私そんなの……」


 そんなのは食べたくない。そう言おうと思ったのだが、なぜか結杏はそれがとても魅力的なものに思え始めてきた。

 牧草の塊が実に美味しそうに見える。


「今の姿は地球でいえば牛の進化したような姿だ。あるいはこの星のドローンが人類のような進化をした姿なのかもな。だから、草が美味しそうに思えるんだろう」


 ミーちゃんがそう呟きながら、牧草をはむはむと口に入れる。ウサギの姿のミーちゃんにも適した食べ物のようだ。


「私が好きなのはお肉なの! 野菜とか牧草とか、食べたくなんか……はぐはぐ。

 んんぅっ! 美味しい! なんていうの、この草、とても肉厚で食べ応えがあるのよ。噛みしめるごとにハーブみたいな香りがして、食感もいいし、甘味があって、旨味もあるみたい。すごい美味しいよ」


 草食動物に変態していた結杏には牧草がとても美味しいものに感じられた。

 もぐもぐと夢中で食べ、あっという間に平らげていく。それは胃の中で変化を起こし、発酵し、口の中に戻ってくる。反芻だ。奇妙なことにそれは甘美な体験だった。


「なんなの、食べた草が胃から戻ってきて、でもこれがまた美味しいんだ。何度噛みしめても味がするっていうか、酸味が効いていてお漬物みたいっていうか」


 結杏は再度牧草を噛みしめ、咀嚼する。それは満足感のある体験だった。


「牧草もええけどな、ドローンの丸焼きがあるんやで。ワイが切り分けたから、こっちも食べえや」


 MINEがドローンの丸焼きを勧めてくる。

 今となっては牧草が美味しい。お肉なんて、そう思いながら口に入れた。


「美味っ! これも美味しいっ」


 お肉を口にする。これもまた、強烈な旨味が広がる。ちょっと噛み砕いただけで、とろけるような口解けがあった。赤身と脂身のそれぞれの旨味が感じられる。


 そして、食べている最中だというのに、結杏の身体に変態が起きていた。

 平べったい臼歯が鋭く尖った牙へと変化する。角は引っ込み、その代わりなのか、耳が上方に向かって伸びていった。瞳孔は鋭いものに変わり、視界が変化する。顔には数本のひげが伸びている。

 蹄は爪に変わり、滑らかな体毛はけばけばしい毛皮へと変わっていった。


 それは地球でいう猫のような、猫が人間と混ざったような姿である。

 こうなると、もはや牧草に目はいかない。MINEの切り分けた肉では飽き足らず、焼き上がった丸焼きのドローンに喰らいつき、その牙で切り裂いていく。

 血の滴るような味わいが実に美味だった。


「このドローン酒も美味いな」


 ミーちゃんはコップに入った酒を飲んでいた。

 それはドローンの体内で植物が発酵してできたドローン酒であった。

 植物だけでなくたんぱく質の発酵も加わり、独特な旨味と癖のある酒になっている。


「すごい臭いんだけどな、それがいいんだ。これは癖になるぜ」


 珍しくミーちゃんが酩酊していた。その物珍しさに酔っていたのかもしれない。


          ◇


 宇宙ロケットが宇宙空間を進んでいた。

 当たりにはもはや惑星も恒星もなく、ただ闇の中を飛んでいる。


「クロエ、母星に帰れて良かったねぇ」


 結杏ゆあが目を細めて顔を洗うような仕草をしつつ、そう呟いた。


「せやけどな、あのイアっちゅう種族、だいぶ危険やったなあ。ワイらも出会い方が違ったらやられていたかもしれんやで」


 MINEマインは両腕を上げ、剽軽ひょうきんな仕草でその危なさをアピールした。


「そうねぇ。例えば、地球人が宇宙に進出するようになって、そんな中で宇宙飛行士の一人がクロエに出会ってたら、どうなってたんだろ?

 脳を胞子に喰い荒らされて、ほかの人類を求めて地球にやって来ていたのかな」


 あり得ない可能性に想像を委ねる。

 それは最悪というべき事体だっただろうか。今の状況よりも? それは答えの出ない問いである。


「ふん、例えば、結杏、あんたと同じくらいの年頃の少女がクロエに寄生されたとしよう。そいつはクロエを信用し旅を続けただろうな。

 だが、イアの本能を知り、人類を滅ぼすほどの存在と知った時、地球人類の少女はイアとともに自分たちの存在を亡くすことで人類を救うのかもな」


 ミーちゃんが語る。それは真実を突いたもののように思えた。


「それこそが、その状況においての、たったひとつの冴えたやり方、なんだろう」


 その言葉は結杏の心に強く刻まれるようだった。

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