第9話 ユゴス 定点2

 そこにいたのは、巨大なミ=ゴであった。

 赤黒い身体から卵型の頭部が伸びる。だが、その頭部はどことなく星型というか、ヒトデを思わせる形状をしている。

 その身体も、甲殻であるようにも思えたが、どこかドロリとした不定形であるようにも感じた。


 これがミ=ゴの指揮官、ヌガー=クトゥンだというのか。


――戻ったか。見事に使命を果たしたようだな。


 それはテレパシーだった。

 結杏ゆあにもその言葉を理解することができる。


――だが、事はそう単純ではないようだ。機械惑星プロメテの機械兵をユゴスにまで連れてくるとはな。そんな必要があったというのか。

 それに、その者。地球人だというのか。姿が一定でないようだが。


「ああ、地球の壊滅については、しかと見届けてきたぜ。あとでレポートを提出する。それで判断してくれ。

 このMINEマインと結杏は必要があって行動を共にしてるんだ。また、すぐ出てくぜ。ユゴスの禍根にはならんから安心してくれ」


 黒ウサギのような姿をしたミ=ゴ、ミーちゃんが言葉を発した。指揮官相手にもぶっきらぼうな態度を変えていない。


――お前の手にした固有固体ユニークスキンと個体名、我らが種族のためになると良いのだがな。

 試させてもらうぞ。ラーン=テゴスの神殿に赴き、神体を沈めてこい。それをもって証明としよう。


「なっ!」


 ヌガー=クトゥンの指令に、ミーちゃんが焦ったような反応を指名した。

 ラーン=テゴス。それはそれほどまでに恐ろしい存在なのだろうか。


          ◇


 MINEマインが変形した車両に乗って、結杏ゆあとミーちゃんはユゴスの上空を飛んでいた。

 尖塔の都市を越え、緑色のピラミッドへと向かう。


「ミーちゃんよ、あのピラミッドには何があるんや? お前がそんなに驚くものなんやろ。相当なもんと思うんやがな」


 MINEが飛行機状の姿のまま、音声を発していた。


「ラーン=テゴスの神殿だ。ラーン=テゴスはミ=ゴが飛来する以前にユゴスを支配していたのよ」


 ミーちゃんがその疑問に答えた。だが、さらなる疑問が生まれる。


「せやけどな、ラーン=テゴスっちゅうのはもういないやんな。ユゴスの支配者は現時点ではミ=ゴやろ。何を怖れる必要があるんや?」


 MINEがさらなる疑問を口に出した。


「ラーン=テゴス。もう、この星にいねぇなら、こんなに楽なことはねぇけどな。

 しかし、眷属と戦わされるとは予想していたが、本殿に行かされるとはな。あんたら、注意しろよ」


 ミーちゃんがぼやく。その後、気まずい沈黙が続いた。

 それを引き裂いたのは結杏だ。


「みんなぁ、緑のピラミッドに着くよ! 行くよぉ、みんなぁ!」


 結杏がMINEから乗り出すように、その赤黒い毛むくじゃらの腕を突き出した。

 ミーちゃんもMINEもやれやれという態度を隠さずに、その言葉に従う。


          ◇


 そこは奇妙な空間だった。

 その緑色の地面はじめじめしているようであり、金属のような硬質であり、妙な柔らかさもある。ひんやりと冷えているような感覚もあるが、どことなく熱がこもっているような印象もあった。

 それは、一言で表現するならば――。


「なんか気持ち悪っ!」


 結杏ゆあが苛立つような声を上げた。

 緑のピラミッドの内部は過ごしやすいといえば過ごしやすいが、奇怪な違和感があった。


「生物を呼び寄せるために環境を整えてるんだろうな。しかし、それがあまりにもわざとらしい。だから、結杏も気持ち悪さを感じるんだろう」


 ミーちゃんがその違和感を分析する。それに対し、MINEマインがいぶかしげに語る。


「そうなんやな。ワイの感知では地球の生物にちょうどいい環境に思えるわ。まだまだワイのセンサーも改良の余地があるってことやろか。

 もっとも、今の結杏が地球生物かは疑問があるんやけど」


 今の結杏は赤黒い長い毛に覆われ、指の代わりに鋭い爪が鎌のように伸び、真っ赤な眼が三つ爛々と燃え上がっている。

 確かに地球に存在しない生物のようであったが、その物言いに結杏は不満だった。


「なにそれっ」


 ぷくぅーっと頬を膨らませながら、MINEに抗議する。

 だが、それをミーちゃんが制止した。静にかになると、何やら不気味な声が聞こえ始めた。


「うざうぇい! うざうぇい!

 いかあ ぶほう=いい!

 らーん=てごす くとぅるふ ふたぐん

 らーん=てごす らーん=てごす らーん=てごす!」


 それは呪いの籠もった文言のように聞こえる。邪悪な祈りのようにも思えた。

 ただの声ではない。力のある呪文である。


「ちっ! ごまかしたつもりだったが、もうバレちまってるってわけかよ」


 ミーちゃんが悪態をつく。いつになく、焦っているように思えた。


「ごまかすってなんのことや? お前はあのミ=ゴたちをたばかろうとしたっちゅうことか?」


 ミーちゃんの言葉を分指揮し、MINEは状況を分析しようとするが、事体は目まぐるしく動く。

 ゴゴゴという地響きが響き渡り、三人の前に巨大な部屋がせり上がってきた。その中心にいるのは、巨大な象牙でできた美しい神像である。


「もしかして、これがラーン=テゴスの神体ってやつ?」


 結杏が素っ頓狂な声を上げた。ミーちゃんとMINEは互いに目配せし、無言で情報を確認し合う。


「結杏、下がれ」


 ミーちゃんがそう言うと、長い耳で結杏を引かせると、ミーちゃんが前に出た。MINEも並んで前に出る。


――グルルガッァァァッァア


 この世のものとは思えない雄叫びが響いた。心臓はいつの間にか野獣のような姿へと変貌している。


「野獣ノフ=ケーか!?」


 それは巨大な角を持ち、白い毛皮で覆われた怪物であった。二本の足で立っている。だが、駆け出した瞬間、足は四本に増えた。いや、六本に増えている。

 その六本足から生る膂力で、凄まじいスピードで三人に向かって突進してきた。


 ダァーンッ


 ミーちゃんとMINEが弾かれる。

 その角による一撃は両者を大きく損傷させていた。ミーちゃんは体の半分がドロッと溶けたように欠損しており、MINEは腕が一本もげている。


「ちっ、回復するだけで時間がかかる。結杏は?」


 ミーちゃんが肉体を再生しつつ、結杏を探す。先ほどまでいた場所にはいなかった。結杏もまた弾かれたのかと思い、焦ったように視界をキョロキョロとさせる。


 いた。


 結杏は跳躍していた。その長い毛は跳び上がる時には空気抵抗をなくし、落下時には落下傘のように開いて長時間の滞空を実現するのだ。


「みんなぁ、私に任せてよ」


 結杏はそう言うと、姿勢を変え、空気抵抗をなくす。瞬く間に落下し、着地と同時に野獣の身体を鎌のような爪で斬り裂いた。さらにもう一撃。


 ズサッズサッ


「えへへっーんだっ、私だって役に立てるんだからね!」


 結杏の三つ目が燃え滾る。それは光線となって、ノフ=ケーの四肢を焼いた。

 肉が焦げる匂いが周囲に漂う。


「なんや、思った以上に戦闘向けの肉体やったんやな」


 MINEが腕をナノマシンで修復しつつ、呟いた。


 そして、三人の思うことは一つ。お腹が減った。ということである。


          ◇


「野獣ノフ・ケーはな、ラーン=テゴスの化身なんて話もあるが、実際には召喚物の一つと見るべきだろうな。この肉も食えるはずだ」


 ラーン=テゴスの祭壇は結杏ゆあの光線によって燃え滾る鉄板と化していた。引き裂かれた野獣ノフ・ケーの肉がこんがりと焼け、香ばしい匂いを漂わせている。

 そろそろ食べ頃だろうか。


「しかし、本殿にもラーン=テゴスそのものがいないとはな。どこに行っちまったんだ?」


 ミーちゃんがぶつぶつと疑問を口にするが、結杏にもMINEマインにも答えることはできない。


「ミーちゃん、もう食べるよっ!」


 結杏がしびれを切らしたように大声を上げる。

 ミーちゃんはやれやれと言いたげに立ち上がると、祭壇に捧げられていた瓶を手に取った。


「これはラーン=テゴスに捧げられた酒だな。本物がいないんだ。今のうちに飲んじまうか」


 そう言ってコップに酒を注ぐ。

 結杏もMINEもそれを手にした。


「神様のお酒じゃないの? いいのかな」


 結杏はためらいながらも口に入れた。

 甘い。穀物の甘さが口いっぱいに広がるようだった。それでいて引き締めるような苦みがあり、癖になる味わいをしている。


「ああ、ええやろ。ワイらを襲ってくるような神さんや。敬ってやる必要なんかないやろ」


 そう言いながらもMINEがお神酒を飲む。


「これは濃厚な米の味やなあ。米そのものかはわからへんけどな。でも、にごり酒みたいな味わいや」


 二人の様子を横目で見ながら、ミーちゃんもお神酒を飲んでいた。


「みんなぁ、お肉食べよっ」


 結杏が宣言すると、焼けた肉の一つに手をつけた。それは怪物の舌であった。ちょうど良い焼き加減。

 齧りつくと、コリッとした食感。淡白ながらもどこか酸味が利いており、食べ飽きることのない味わいだった。


「うーん、美味しいっ。やっぱりお肉を食べてる時が一番幸せかも」


 結杏はうっとりとした表情で焼き肉を咀嚼していく。

 MINEもまた別の肉を手に取った。


「これはハラミやろか。これぞ肉って感じやんな。食べ応えの満足感が半端ないわ。肉らしい旨味に満ちてるし、これは絶品や」


 MINEが太鼓判を押す。

 ミーちゃんは心臓の肉を口にした。


「滋養の高い味わいだ。栄養価が高い。これで失った肉体を修復するための栄養が補給できる」


 ミーちゃんもまんざらではないようだ。


「これも美味しいよっ。焼けた脂が堪んない味しているの。それと赤身とのコントラストっていうのかな。すっごい美味しいんだよ」


 結杏はロースを口にしていた。

 赤身と脂身の比率が絶妙で、実に食欲の進む肉である。結杏は思わず、皿一杯に肉を取り、エンドレスに肉を喰い続ける。


          ◇


 結杏ゆあの身体がピカァーっと輝いた。それは銀色の輝きである。

 気がつくと、その鎌のように腕は五本指の手に、赤黒く長い毛は消え去っていた。三つの赤い眼は二つの光る眼へと変わる。

 そして、さらなる変化として、その身体が巨大化していた。


 ズゴゴゴゴッゴ


 それは緑のピラミッドの天井を突き崩し、さらに巨大化し、ピラミッドそのものを破壊する。ユゴスの空が見えていた。


 ピラミッドの周囲はミ=ゴの大群によって包囲されていた。

 しかし、巨大化した結杏ゆあが現れるとは思いもしなかったのか、躊躇するばかりで攻撃を仕掛ける様子はない。


「つまりや、ミーちゃんがヌガー=クトゥンに報告したことは虚偽ってことやな。その目的はユゴスに帰らず、ワイらと三人で旅をするってところやろ」


 MINEマインがその姿を変形させ、車両となった。


「さあな」


 ミーちゃんはぶっきらぼうに答えつつ、MINEに飛び乗った。それはMINEの分析が正しいと言わんばかりの態度である。


「待って、私も乗る!」


 結杏の声がする。いつの間にか、結杏の身体の大きさが元に戻っていた。今回の肉体は伸縮自在のようだ。

 MINEに駆け寄って、車両に飛び乗る。


 ピピピピピ


 我に返ったのか、ミ=ゴの群れが光線を放つ。それに対し、MINEが弾幕を張り、光線を爆発させ、その攻撃を防いだ。


 頭上には宇宙ロケットが無線操縦で飛んできている。

 ロケットの乗り込み口が開くと、MINEは搭乗し、そのままユゴスを後にした。

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