第10話 ファーアウト

「そいでよ、ミーちゃんよ。今の状況を詳しく説明してはくれんか」


 宇宙ロケットの中で、最新鋭のロボット、MINEマインが、黒ウサギの姿をした宇宙生物ミ=ゴ、ミーちゃんに詰め寄っている。

 それは結杏ゆあもまた気になっていることだった。


「そうよねぇ、ミーちゃんがミ=ゴたちにウソついてたって、なんでそんなことをする必要があったの?」


 結杏が疑問を口にすると、ミーちゃんは頭を抑えるような仕草をしつつ返事をする。


「大したこっちゃねぇよ。ミ=ゴは統制だった宇宙生物だ。あん中に組み込まれちゃあ、自由に移動なんてできっこねぇんだ。だから、適当にでっち上げの報告で煙を撒こうと思ったんだが、想像以上に気づかれるのが早かったな。

 それによ、MINE、奴らはあんたを危険視してるんだぜ」


 その言葉にMINEが両手を上げて反応した。


「なんや、ワイか。そういや、ヌガー=クトゥンがワイのことをプロメテの機械兵っちゅうとったな。

 あれはどういうことなんや? プロメテっちゅうんは惑星なんやろうけど、どこにあるん星なんかな」


 MINEの顔にあるモニターに複雑な数式が流れていく。なにやら考察しているようだ。


「プロメテはいわゆる太陽系の九番惑星。地球人には未知の星として認識されている惑星だな。

 ミ=ゴはプロメテの機械人類たちとは敵対しているんだ」


 ミーちゃんがMINEの疑問に答えた。


「なんか、違和感あんなあ。その機械人類とミ=ゴが敵対しているなら理由があるんやろ。それはなんや?」


 ミーちゃんはそれには答えず、窓を耳で指した。


「あれは地球人が最果ての星ファーアウトと呼ぶ惑星だ。あそこに着陸するぞ」


 それはなんともけばけばしい、ピンク色の星であった。ピンク色がグラデーションとして混ざり合い縞模様を作っている。


「なにあれ、可愛いっ!」


 結杏が感嘆の声を上げた。


「あれ可愛いんか。

 氷で覆われた惑星が少ない太陽光を反射した結果、あんな色合いになるっちゅう話やな。まあ、あれは惑星じゃなくて、冥王星と同じ準惑星って言われとるんやけども」


 結杏に反応して、MINEが解説する。そこまで言って、はたと気づく。


「ミーちゃん、ごまかしたな。まだ、ワイの質問は終わっとらんぞ」


          ◇


 ファーアウトは想像していた氷の惑星ではなかった。

 この星を覆っているのは鏡である。


「すっごぉーい! なんか鏡がたくさんあって星全体が万華鏡みたい。

 でも、どうしてこんな星になったのかなあ」


 結杏ゆあが鏡張りの大地に興奮したように話した。その身体は銀色に輝いている。


「この星はマグマでできているんだ。コアのエネルギーが活発に動いているから、熱エネルギーが地表ギリギリまで伝わっている。そして、表面には岩石と金属が混じり合ったものが冷えて、鏡のような反射性の高い状態になったようだ」


 ミーちゃんが解説する。

 地球での鏡はガラスに銀を張り付けたものが一般的だが、この星では、天然でそうした組み合わせがなされているということだろう。


「こないなけったいな星やったんやな。でも、この星に降りたんはいいんやが、食べ物はあるんかいな。無駄骨やっちゅうんじゃ承知せんぞ」


 そう思いつつ、窓を眺めると何やら動くものがある。それは鏡の中を出入りしているように見えた。ファーアウトの生物なのだろうか。


「近寄ってみるか」


 ミーちゃんはそう言うと、宇宙ロケットを着陸させた。


          ◇


「なんや、この星に生物はおらんのかな。ただ鏡があるだけやないか」


 MINEマインがぼやくように呟いた。


「え? いるよ。

 でも、引っ切りなしに素早く移動するだけよね。どうしたらお話しできるのかな」


 結杏ゆあが全く別のことを言う。

 MINEはその言葉に混乱した。


「結杏、どういうことや? どこにいるっちゅうねん?」


 MINEの言葉を受けながらも、結杏は当たりをキョロキョロと見まわし、やがて、一つの鏡に手を当てた。


「鏡の世界だよ」


 そう言うと、次の瞬間、結杏の身体がビリビリと雷のように発光すると、鏡の中に吸い込まれるように姿を消した。

 MINEはその様子を見て、さらに混乱する。


「なんなんや? 結杏が消えたっちゅうんか?

 ファンタジーやメルヘンじゃないんやで、鏡の世界なんてあらへんやろ」


 それに対して、ミーちゃんがMINEに言葉をかけつつ、結杏が消えた場所にその長い耳を当てた。


「こうやるんだよ。エーテルを歪めて、それに合わせて自分自身の原子の核とイオンを分離させるんだ。簡単なことだぜ」


 そう言うと、次の瞬間、ミーちゃんもまた鏡に吸い込まれる。

 そこまでやられて、ようやくMINEにも合点がいった。


「エーテルを感知せいっちゅうことやな。そしてエーテルの操作。ああ、この状態なら機体の分子密度の変更が可能なんやな」


 MINEの機体もまた変換される。プラズマのような状態に変換され、鏡の中へと入っていった。


          ◇


「みんなぁ、やっと来たね! じゃあ、行くよ、みんなぁ!」


 結杏ゆあは嬉し気に鏡の中に入ってきたミーちゃんとMINEマインを受け入れる。

 すると、別の存在が三人に話しかけてきた。


「おや、これは珍しい宇宙からのお客さんかな」


 ファーアウトの人類であろうか。

 ノイズがかかったホログラムのような姿である。これがこの星の生命というわけなのか。


「半プラズマ生命体というべき存在なのだろうな。この星では鏡の中に入ることで、あらゆる災害から生物は身を守ってきたんだ。鏡の中は安全だからな。

 ただ、そのためには肉体のほとんどをプラズマに変換しなくてはならなかった。この星で生き残ったのは固体も液体も気体も少ない、半プラズマ生命体というわけだな」


 それを聞いて、MINEが腕を組み、モニターの数式を高速で流す。


「ちゅうことはやで、結杏の今の肉体もプラズマ成分が多いっちゅうことやな。

 確かに、伸縮を自在にできたりってのもおかしな話やったな。身体がプラズマでできていて、周囲のプラズマを取り込むことで巨大化したのだと考えれば納得できるってもんや」


 その解析結果をMINEが言葉にする。しかし、それをまともに聞いているものは少ない。

 結杏がしびれを切らしたように大声を上げた。


「ねえ、この人、レストランをやってるんだって! みんなぁ、行こうよ」


 結杏が銀色の肉体をピョンピョンと跳ばしながら、二人に呼びかけていた。


          ◇


「へぇ、なかなかいい店じゃねぇか」


 ミーちゃんが機嫌よさげに呟く。

 その店は星のほとんどの景色がそうであるように、鏡でできた材料で建てられていた。この星に慣れ親しんでいたものであれば、その違いは明瞭なのかもしれないが、三人にはどこも同じような見た目にしか思えない。

 しかし、カウンターがあり、テーブルがあり、料理人たちが活気よく働いている。結杏ゆあMINEマインも好感触に思えていた。


「みんなぁ、ここに座ろっ」


 結杏がツカツカと店の奥に進み、そしてテーブルを選ぶと、そこの椅子に腰かける。ミーちゃんもMINEにそれに倣って、席に着いた。


「注文はどうしましょうか」


 メニューが渡される。鏡に文字が浮かんだようなものだったが、その文字を結杏は読むことができない。目が泳ぎ、視線がミーちゃんに移った。


「ミーちゃん、注文してー」


 メニューはミーちゃんに手渡す。それを眺めると、ミーちゃんはいくつかの料理を店員に指示した。

 しばらくすると、店員が料理を持って再び現れる。


「バッテイエのサラダ、フォス肉のシチュー、イオニーゼのパンです」


 店員の説明をかろうじてテレパシーで聞き取った。

 どういう食材のものかはわからないが、どんな料理かはわかる。けれど、そのどれもがピカピカと光を放っていた。


「わぁ、綺麗! それに美味しそっ」


 結杏はシチューを食べようとするが、ふとミーちゃんの視線が突き刺さる。結杏はしおしおとした態度にトーンダウンし、ミーちゃんに向けて細々とした声を漏らした。


「サラダも食べなきゃダメ?」


 ミーちゃんはこくりと頷く。


「バランスよく食事をするんだぜ」


 それを聞き、結杏はうへぇーという顔をしつつも、サラダを食べる。

 ピリピリと電気的な食感が実に心地よい。なんというか、しっくりくる食べ心地というべきだろうか。


「あれ? サラダってこんなに美味しいんだ。なんだろ、身体が必要としてるって感じ」


 結杏はその美味しさに驚きつつ、さらにシチューに手をつける。

 そのシチューは肉がごろごろしている。どこを掬っても、たくさんの肉と少しの野菜がスプーンに入った。


「ンんぅ~。これよねぇ、トロっとしたお肉がすっごい美味しい。舌の上でトロけるみたいだよぉ。

 それにこの味付けも上品なのよ。いい味をしてるって表現がしっくりくるっていうか」


 野菜もお肉も溶け切って、その味わいがシチュー全体に染み渡っているようだった。そして、多量に転がる肉はビリビリした食感とともに、口の中で溶けるような感覚がある。あまりに美味しく、身体の求める味だからこそ、すぐになくなってしまう感覚があるのだろう。

 そこにパンを食べる。ピリッとした電気の分解とともに、満足感のある味わいが広がった。お肉大好きな結杏をもってしても、まだまだパンを食べたいと思ってしまう。結杏は何度となくパンをお代わりして、シチューとともに味わった。


「そうは思えへんなあ。なんちゅうか、ビリっとして、すぐなくなってしまうで。ここの食材は。全部、プラズマが主成分ちゃうんか。

 うーん、一応、栄養が蓄えられていっちゅうのはわかるんやけどなあ」


 結杏の感動とは裏腹に、MINEの感触は悪い。


「確かに、ここの肉も野菜もプラズマでできている部分が多い。結杏の今の身体はプラズマが主成分だ。だから、プラズマが身体に合っているのだろう。

 MINEは地球人の感覚に近いから、プラズマだけでは物足りねぇんだろうな」


 ミーちゃんが解説した。

 そう言いながらも、ミーちゃんはシチューとパンをひたすら食べながら、平らげていく。


          ◇


「美味しかったぁっ」


 結杏ゆあが満足げにその光る眼を細める。そして、変化が起きた。

 銀色に輝く結杏の身体が電気を帯びたようにパチパチと細かく破裂を始める。それは青白い光を伴っていた。


「なにこれ、ヘンな感じ。むず痒いっていうか、なんか違和感あるっていうか」


 そう呟きながらも、パチパチという結杏の身体の変化はより大きくなった。

 そして、ポンッと乾いた弾ける音ともに結杏は肉体を失う。残ったのは青白くパチパチと鳴る電離流体のみだった。


「うわぁ、これ、半プラズマどころか、完全にプラズマの身体になってしまったんとちゃうか?」


 MINEマインがロボットでありながら、ドン引きするような反応をする。

 それを聞き、結杏がプンプンと青白い稲妻のような身体を膨らませた。


「そんな態度しなくていいじゃない。この身体だって、便利かもしれないよっ」


 その様子を見て、ミーちゃんがため息をついた。


「純粋なプラズマの身体か。この星ならそこまで問題ないかもしれないが、宇宙ロケットに乗るまでには身体を保護しておかなくちゃならんな。

 MINE、鏡の世界から抜け出たら結杏を保護しろよ。結杏、しばらくは宇宙服を着て過ごしてもらうぜ」


 それを聞いて、結杏がげんなりとする。


「ええぇ~。せっかく、楽ちんな身体になったのに、拘束しなきゃいけないのぉ!?

 固体の身体ないのって、結構不便なもんなのねぇ」


 せめて、今だけは自由に振る舞いたいと、結杏は辺り一面にその身体を広げていた。

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