第11話 プロキシマ・ケンタウリ

「この先はプロキシマ・ケンタウリ。太陽系から最も近い恒星系に入る」


 黒ウサギの姿をした宇宙生物ミ=ゴであるミーちゃんがぼそりと言う。

 しかし、それは驚くべきことであった。


「ようやく太陽系の外へ出たと思ったら、もう次の恒星に行けちゃうんだね」


 結杏ゆあは感心したように呟く。

 現在の結杏は電気の塊のようなプラズマ生命体であった。ロケットの中ではその身体を保っていられないため、宇宙服に身を包んでいる。


「以前から宇宙ロケットの改修は行っていたが、最果ての星ファーアウトでちょうど必要な素材が集まった。

 というか、宇宙ロケットは地球から出て、そのままだったわけじゃないんだぜ。少しずつ改造を重ねて、段々とスピードアップしていたんだ」


 ミーちゃんは珍しく得意げに語った。


「直接、改修の作業をやったんはワイやけどな」


 それにツッコミを入れたのはMINEマインだ。最新鋭のロボット兵士である。


「プロキシマ・ケンタウリっちゅうと、ケンタウルス座のα星の一つやんな。

 確か、プロキシマ・ケンタウリbやったか。この恒星系の惑星の中で、水の存在が確認されとる星があったな。生物もいるかもしれへん。そこに行くんか?」


 MINEの顔に当たるモニターに複雑な数式が流れた。データベースを検索し、プロキシマ・ケンタウリの情報を求めたらしい。

 だが、ミーちゃんはつれなく返事をする。


「いや、行くのはそこじゃない。俺たちが行くのはプロキシマ・ケンタウリ。恒星そのものだ」


 この言葉には結杏もMINEも度肝を抜かれる。


「恒星って太陽みたいに燃え盛ってる星だよね。そんなとこ行って大丈夫なの?」


 結杏は悲鳴にも似た疑問をミーちゃんにぶつける。

 一方、MINEのモニターは先ほど以上に数式が流れるスピードが速い。宇宙ロケットの装甲が恒星に耐えられるのか検証しているのだろう。


「なーに、もう間もなく着くさ」


 ミーちゃんは事もなげな風に、けれど意地悪な口調で二人に呼びかけた。


          ◇


 プロキシマ・ケンタウリは太陽とはまた違った輝きを持っていた。

 赤く輝くその星は、時折電気が切れたかのように点滅しており、その際には赤黒い光を放っているかのように見える。


「恒星っていってもな、太陽の7分の1しか大きさがねぇんだ。ま、この宇宙ロケットでもなんとかなるだろ」


 落ち着いた様子のミーちゃんに対して、MINEマインは慌てる。


「いや、密度で考えーや。プロキシマ・ケンタウリは太陽の40倍は密度がある恒星なんやで。うかつに近寄らん方が絶対ええて!」


 だが、その抗議は虚しく、すでに宇宙ロケットはプロキシマ・ケンタウリの重力にがっつりと捉われていた。

 もはや、制御が効かないまま、プロキシマ・ケンタウリへと落下していく。


「時すでに遅しっちゅうことかよ。あと、できることは……」


 MINEのモニターに無数の数式が流れていた。


「ワイが出るしかないやろな」


 そう言うと、MINEはエアロックを通ると、宇宙ロケットの先端部分にドッキングし、シールドを展開する。


「おおっ! MINE、がんばってっ!」


 結杏ゆあが宇宙服の中の身体をパチパチと弾けさせながら、声援を贈った。

 一方、ミーちゃんは宇宙ロケットの操縦席に陣取りながら、指示を発する。


「MINE、左上空からプロミネンスが来てるぞ。ビームシールドを四重に起動して備えとけ」


 MINEはそれを聞き、「なんや」と愚痴めいた叫びとともに、さらにシールドを展開させた。寸でのところで炎の柱が宇宙ロケットを襲うが、シールドによって弾かれる。


「それじゃあ、俺は上手いこと着陸させるだけだな。あらよっと」


 プロミネンスを回避したことを確認すると、赤黒い発光箇所を避け、ミーちゃんは赤白く燃える大地に降り立った。


「ミーちゃんよ、ワイが前に出ることを折り込み済みでプロキシマ・ケンタウリに突入したんやな。言ってくれーや」


 MINEのぼやきが宇宙ロケットの外側から聞こえてくる。


          ◇


「さ、レストランに行くか」


 宇宙ロケットの着陸地点から少し歩くと、ミーちゃんはそう呼びかけた。

 それは結杏ゆあMINEマインを驚かせるものである。


 意外にも、プロキシマ・ケンタウリの大地はさほど熱くない。

 といっても、結杏はプラズマに身体が変化しており、そのせいか熱さをそれほど気にしなかった。宇宙生物のミーちゃんも、最新鋭ロボットのMINEも同様で、恒星の熱に耐えられるだけの能力を持っている。


 だからといって、こんな場所にレストランがあるなんていうのは、俄かに信じられるものではなかった。


「どんな場所であれ、生き物ってのは食べなくちゃダメだ。プロキシマ・ケンタウリにだって、食堂の一つや二つ、すぐに見つかるもんさ」


 ミーちゃんはそんなことを言うが、恒星に生物なんているのだろうか。

 結杏とMINEは困惑した。


「おいおい、よく見ろよ。ここはもう街なんだぜ」


 そう言われて、結杏は目を凝らした。周囲にあるのはメラメラと揺れる陽炎ばかりだ。だが、さらによく見ると、その陽炎がただ環境によって動いているのではなく、意味のある反射を行う、知性のある存在だと、おぼろげに感じ始める。


「つまり、ここはプラズマ生命体の街っちゅうわけか。でも、どうなんや。プラズマ生命体のレストランって、食えるもんがあるんかいな」


 MINEも陽炎をプロキシマ・ケンタウリ星人として認識し始めたようだ。


「レストランがあるんだったら、行ってみたいよっ。みんなぁ、食事にするよっ!」


 結杏は俄かに元気になり、みんなを先導するように走りだした。

 そして、気になった場所があったのか、急に立ち止まる。


「ここっ! なんか気になった!」


 陽炎生命体は地球人類のような家屋を作るわけではない。だというのに、それぞれの縄張りというか居住地域はなんとなくわかった。電磁波によって区分けができているらしい。


「じゃあ、そこにするか」


 ミーちゃんが同意すると、三人はその店の中に入っていった。


          ◇


「なんか、美味しいの、どんどん持ってきてよっ」


 結杏ゆあはメニューを読むのを諦め、店員に満面の笑顔でそう言い放つ。


「おいおい、勘定を払うのは誰だと思ってるんだ?」


 ミーちゃんが意地悪気にそう言ってきた。それを聞いて、結杏はきょとんとする。そんなことは全然考えていなかった。


「もしかして、お金あまりないの?」


 急に意気消沈したように、ぼそりと口にする。

 それを聞くと、ミーちゃんは笑いだした。


「気にしなくていいのさ、ミ=ゴに支給された各星の資産があるからな」


 それを言われるとよくわからない。ミ=ゴの集団からははぐれたはずだが、その資産はまだ使えるのだろうか。なんとなく、不安定なもののように思えた。

 だが、すぐに考えるのをやめる。わからないことを考えていても仕方がない。


「じゃ、いいかな。店員さん、美味しいのお願いしますっ」


 そう言うと、すぐに店員が料理を持ってきた。

 プラズマ世界の料理は秒で出来上がるらしい。


 ゆらゆらと燃え上がるかのような見た目であったが、今の結杏にはそれがどんなものかはよくわかる。

 穀物でできた皮に肉や野菜を混ぜ合わせたものを包んだ料理。つまり、餃子や小籠包のような食べ物だろう。

 さらに、酒も持ってきたようだ。食べ物も酒も、固体でも液体でもない。どちらもプラズマだ。それが不思議だった。


「みんなぁ、乾杯するよっ!」


 プラズマでできたグラスの中に、酒を注いだ。そして、三人でグラスを合わせる。


 ボシャシャシャ


 独特の音が鳴る。そして、グラスの酒を一口飲んだ。


「うーん、クラクラするぅー、濃いぃ」


 それは透明感のある爽やかな飲み口であった。だが、同時に癖も強い。アルコールが強い故だろうか。

 結杏は意識が揺らぐのを感じつつ、それがまた快感でもあった。


「これは焼酎にも似てるけど、飲み口がすっきりしていて香りが強いんやな。ワイのデータで近いのは老酒ラオチュウやな。

 もっとも、プラズマやからゆらゆらした火を飲んだ感覚もあるんやけど」


 MINEマインが酒を飲んだ感想を言う。


「水も飲みたい。これが水? パチパチするね」


 結杏はプラズマと化した水を飲む。電気を帯びているような印象もあるが、なぜかグビグビと喉を癒す感覚があった。

 意識がしゃっきりする。よし、プラズマ餃子を食べよう。


「うん、プラズマのお肉もやっぱり美味しいね。皮を破るとメラっとした熱さが広がって、それが美味しさを持っているんだよ。うーん、美味しいっ!」


 それは不思議な感覚であったが、餃子の美味しさはプラズマ化しても健在だった。

 肉と野菜が混ざり合い、それが皮によって包まれる。複雑な味わいが皮を破ることで顕れるのだ。この旨味はなにものにも代えがたい美味しさである。


「うーん、やっぱりワイにはわからんわ。ジュワッて感覚があるけど、そこに旨味を感じろっちゅうのはなあ」


 MINEはぼやきながら、プラズマ餃子を口に入れ、ボワッとした音ともに消化していた。


「まだまだ来るな。次はプラズマのふかひれスープに、プラズマ肉まんか。それにプラズマ何かの肉の塊だな」


 ミーちゃんが次々に運ばれてくる料理を店員から受け取り、置いていく。


「んなこと言われても、どう違うっちゅうねん。スープっていわれても液体じゃなくて、プラズマやしなあ」


 MINEはげんなりした様子で平らげていく。

 それに対して、結杏は目を輝かせながら、スープを飲み、肉まんじゅうにパクつき、何かの肉の塊を夢中で齧りついた。


「美味しい~っ。こんな美味しいの食べたことないよっ」


          ◇


「うーん、満足したぁ~」


 結杏ゆあが満足気な声を上げる。

 それと同時にプラズマの身体がパチパチと鳴り、その姿が変わり始める。


「来るぞ、MINEマイン


 それに気づいたミーちゃんが声をかけた。

 MINEの身体が変形し、パワードスーツのような形状に変化すると、自身の体内に結杏を格納する。


 バチバチバチ


 MINEの体内で、結杏の身体が変化していく。けたたましい音を鳴らしながら、プラズマの身体は気体となった。さらに、すぐに変わるドロッとした液体に変わる。いや、それは固体になりかけの液体というべきだろうか。

 あるいは、スライムと呼ぶべき姿なのかもしれない。


「あはっ、MINE、ミーちゃん、ありがとうっ。おかげで助かったよ。この身体だと、この星の熱ですぐに溶けちゃいそうねぇ」


 結杏はプルプルとした身体をMINEの体内で震わせながら、二人に向けて呼びかけた。


「まあ、宇宙空間なら、今の姿の方が都合がいいかもな」


 ミーちゃんは結杏の姿に安堵したような言葉を漏らす。

 MINEはガチャンガチャンと身体を動かし、ミーちゃんに催促するような言葉を投げかけた。


「恒星はもうコリゴリやな。さっさと、出ていこうや。

 せやけど、宇宙ロケットは飛び立てるんかいな。また、ワイ頼みっちゅうわけやないやろな?」

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