第25話 ゾス星系 定点2
気がつくと、
辺りを見渡す。やはり、宇宙ロケットではない。
「目が覚めたようですね。良かったです」
不意に声が聞こえた。視線を下げると、うやうやしく頭を下げる女性がいた。
その女性は全身に鱗を纏い、突き出た鼻と口、離れた目。その目には長方形の瞳孔がある。どこかで見た容姿だった。
「あっ、インスマウス面っ!」
それは今の結杏を見てミーちゃんが言った特徴に似ていた。
そして、思い出す。
「ミーちゃんは?
女性はその名前にピンと来ないようだった。
「はて? それは結杏様がご一緒に旅をされていた方ですか?
すみません、私たちは把握していなくて……」
この人は単に世話係なのだろうか。
だとしたら、話のわかる人に会わなくてはいけないだろう。
そう思っていると、部屋に入り込んできたものたちがあった。
やはり、インスマウス面の魚人たちだ。ただ、服装は上等なようだし、鎧兜ではないまでも、武装したもののように見えた。
「起きたか。話を聞かせてもらいましょうぞ」
インスマウス面の軍人の一人が言った。
「ねぇ、あなたは誰なの? せめて名乗ってくれない?」
結杏は拒絶する仕草とともに、そう言った。
すると、意外なことに、インスマウス面の軍人は兜を脱ぎ、武器を足元に置いた。
「これは失礼。礼にかけておりましたな。
だが、事は急を要するのです。力添えをいただけないでしょうか」
◇
「私たちの知るところは話しましょう。
申し遅れましたな、私はクラール。ここ、惑星ゾスの住人である深きものの一人で神官を担っているものです。
テレパシーで語りかけたのも私ですよ」
クラールと名乗るインスマウス面の
「ゾスこそは、ゾス星系のアビス、ザオース、イマーの連星に隠された秘匿された惑星。そして、この惑星の主神であらせられるクティーラ様もまた秘匿された存在なのです」
それを言うと、クラールは周囲を見回すような仕草をする。誰かに聞かれていないか、恐れているかのようだった。
「それで地球です。地球には偉大なる大祭司、真なるクトゥルフがお出でになりました。あなたは地球からいらしたのでしょう。そのことをご存じなのかと」
クラールは捲し立てるように言う。
しかし、それは
「私は知らない。地球は……もうないんだよ」
結杏に言えるのはそれだけだ。結杏はその言葉を言うだけで精いっぱいだった。言葉にするだけで自分の居場所が崩れるような感覚がある。
だが、それを聞き、クラールの目の色が変わる。周囲の者たちもだ。
「そうなんですね。なら、あなたから話を聞く必要はもうない。
さあ、準備をさせていただきましょう」
そう言うと、結杏を囲んでいた兵士たちがその身体を拘束した。
「何するの? 私なんて食べても美味しくないんだから!」
そう主張するが、効果はない。結杏は連れ去られてしまった。
◇
お酒を飲む。これはお
「むぐむぐ。確かに美味しいけど……」
それは爽やかでスッキリとした味わいのお酒だった。どことなく磯の香りがあり、海を思わせる味わいである。
しかし、シチュエーションが悪い。
さらに給仕は白いまとまったものをスプーンですくった。芋や米の塊のような印象がある。
それを結杏の口に入れた。
「もぐもぐ。うん、淡白な味。ちょっと甘いかな。でも、自分で食べさせてほしいよ」
それはお腹にたまりそうなずっしりとした食感だ。噛みしめるごとに甘さが感じられるが、全体的に淡白で味は薄い。
次に給仕が動物の丸焼きに手をかける。流線型のフォルムから魚に類する進化を遂げた動物であることが感じられた。それが口に近づいてくると、香ばしい匂いが漂ってくる。
美味しそうではある。でも、不自由だった。
「むぎゅぅ。うん、お肉だね、お魚っぽくもあるかな。美味しい。美味しいよ」
噛みしめると、ボリューム感のある噛み心地だった。それはお肉のような食感であったが、噛みしめて感じられるのは魚のような香りであり、魚のような後味がある。
不思議な感触ではあったが、確かに美味い。しっかりとした旨味もある。だが、ゆっくり味わうことはとてもできない。
最後なのだろうか、深きものの給仕が果物のようなものを取る。
それが結杏の口元に運ばれた。
「しゃきっ。あっ、甘い。うん、シャキシャキ。うん」
シャキシャキした食感。さっぱりとした味わいだったが、しっかりと甘さがある。酸味も適度にあり、爽やかだった。
「でもっ、なんで縛られたまま食べなくちゃいけないのよっ」
結杏がわめくと、暗がりからぬっと神官のクラールが現れる。
「ふふ、準備ができたのです。これであなたはクティーラ様の供物となる。そのための浄化がなりました。
この星にクトゥルフ様を産み落とすそのための役に立てるのですよ。光栄でしょう」
クラールがそう言うと、結杏の周囲を兵士たちが囲む。結杏には為すすべがなかった。
◇
兵士たちに連れられて、
時折、この世のものとは思えない、悍ましい鳴き声のようなものが聞こえてくる。これがクティーラの呼び声なのだろうか。
「ミーちゃんと
結杏はクラールや兵士たちに聞かれないように、ぼそりと呟いた。口に出すと勇気が湧いてくる。
その場で立ち止まった。
「早く歩きなさい」
クラールが急き立てる。
だが、結杏の身体はこの瞬間に変わっていた。鱗で覆われた肌が透明なものになる。見えなくなっただけではなかった。それは空気だった。結杏の身体はガス状のものに変態していたのだ。
こうなると、もはや結杏を拘束することなんてできない。
「よーし、このまま逃げるよっ」
結杏はそう言うと、そのまま頭上へと飛び上がる。やって来た螺旋階段を戻り始めた。
「なっ、何が起きたのだ!?」
クラールや兵士たちには結杏が変態したことなど理解できない。何が起きたのかも理解できず、ただただ慌てるだけだった。
――ブオォォォォォオオオッ
悍ましい鳴き声が響いた。それと同時にテレパシーが聞こえる。
結杏はテレパシーの内容を理解しようとするが、それは理解を超えたものであり、その意味を考えようとすると頭がおかしくなりそうだった。
それは冒涜的で悪魔めいた恐ろしいメッセージだ。それは人の身では、いや、生物であれば、受け入れられるはずのないものだった。
「私は何も聞いてないっ! 聞いてないよっ!」
咄嗟に聞こえないフリをする。テレパシーの内容を理解した時、結杏は発狂してしまうだろう。
だから、聞こえないフリをする。どうにかやり過ごすしかない。
ドガーン
突如、螺旋階段を爆破するものが現れた。
それはミサイル状に変形したMINEである。
「あっ、結杏おるんやな」
MINEのモニターで計算式が流れた。空気を観測し、結杏の位置を測定したのだろう。
「こいつはまずい。邪神に捕まる! とっとと、ずらかるぞ!」
ミサイル状のMINEの中からミーちゃんも出てきた。
その言葉に従い、MINEは変形する。いつものアームだけでなく、二本の足の着いた姿で、その足はバーニア状になっていた。
「わかってるやで。結杏、ミーちゃん、ワイに掴まってくれや」
バーニアからジェットが噴射される。
その直前に結杏はMINEの身体の中に入り込んだ。ガス状なので、ただ掴まるだけでは取り残されかねない。
ブシャアアァァァァッ
超高速で飛び立つと、宇宙ロケットが自動操縦で飛んでいるところに合流する。
MINEは宇宙ロケットにドッキングした。そこから、ハッチを通り、結杏とミーちゃんは宇宙ロケットの内部に転がり込んだ。
「クトゥグアの
ミーちゃんが言うと、MINEが同調する。
「苦労して再現したんやで。感謝したってや」
いつもの三人にようやく戻ることができた。結杏は透明な姿のまま、にっこりと笑う。
「よーし、みんなぁ、行こうっ!」
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