第26話 スーパーアース
ゾス星系からの
突如現れた見慣れぬ星の並び。ひときわ目についたのは、巨大な地球型惑星だ。
「うわぁ、なにこれ。すっごい大きいねっ」
ガス生命体である
最新鋭のロボット兵士である
「これはあれかいな。スーパーアースっちゅうやつやな。
おあつらえ向きっちゅうんかな。水もあるし、大気の成分も地球に近い。ほんまに地球をスーパーサイズにしたような星やで」
黒ウサギの姿をした
「これは好都合だな。
ただ、MINEはこれに異を挟んだ。
そのモニターには数式が高速で走っている。
「せやけど、重力も大気の厚みも地球の比じゃないやで。安易に着陸して大丈夫なんかいな」
これにミーちゃんは少しだけ頭をひねらせるが、すぐに答える。
「大丈夫だろ。ミ=ゴはスーパーアースでも調査活動を行っているし、MINEの装甲と機能なら重力が上がっても問題ない。それに幸いなことに今の結杏はガス生命体だから重力の影響を受けにくい」
そう言いながら、結杏のことをちらと見た。
「万が一、不適当な変態を起こしたとしても、いつものようにMINEがサポートすれば問題ない。少なくとも恒星で活動するよりはな」
それを聞くとMINEも得心したように頷き、「せやな」と声を漏らした。
「ねぇ、みんなぁ、私の扱い、軽すぎないっ」
結杏だけが抗議の言葉を上げている。
◇
宇宙ロケットはスーパーアースの大気中を飛んでいた。
確かに重力はすごい数値を示しているが、改造を重ねた宇宙ロケットにとっては大した問題にはならない。
スーパーアースでは見るものすべて巨大だった。
海は大きく、陸地も大きく、山も大きい。植物も大きいし、動物も大きい。
「はえー、地球みたいに動物いるんだねぇ。けど、なんか変じゃない? 動物っていうより昆虫みたいに見える」
スーパーアースの動物は地球と似た進化――収斂進化を辿っているようであったが、根本的な差異があった。
足が六本あり、頭、胴体、尻でパーツがわかれているようで、確かに昆虫を思わせるものがある。
「この重力と大気の濃さに対応するための進化だろうな。外骨格と内骨格を併せ持っているんだ、ここの動物は。だから、蟲みたいだという
ミーちゃんが結杏の言葉を受け、その進化の流れを予想するように語る。
「ワイはそんなでかい動物よりも、集団になってる動物が気になるわ。ほら、見てみいや。あれ、原始人みたいに見えんか?」
そこにいるのは四足歩行で二本の腕を持った動物である。神話に語られるケンタウロスのような印象もあるが、その四つ足は類人猿を思わせる拳のようであり、ナックルウォークするように歩いていた。
「なんだろねー。もしかしたら、お話しできるのかもよっ。みんなぁ、行ってみようよ」
結杏の号令の通り、宇宙ロケットを集落の近くに着地させ、集団のもとに近づいた。
「ねえ、お話しできないかなっ!?」
結杏が声をかける。しかし、反応はなかった。
ただ、ウホウホとでもいうような鳴き声だけがある。
結杏はテレパシーも試みているが、まるで会話にならない。
「こいつはあれやろ、言語というほどのものは持っていないっちゅうことやないんかな」
MINEの顔のモニターに数式が走り、そう結論付ける。スーパーアースの原始人は知性を獲得するに至っていないのだ。
ミーちゃんは早々に関心を失い、別の場所に飛び立ち、資源を集め始めていた。
◇
「ねえ、
さしずめ、地球の生物でいえば、象だかマンモスだかに相当しそうだった。
「おう、任せといてや」
MINEは圧縮していたパーツを開放し、その肩に巨大なビーム砲を
ブシュンドンズシン
一撃のもとに巨大生物は倒れる。
結杏とMINEはその動物に近づき、解体を始めた。すると、どうだろう。意外なほどにすんなりと食肉になる。
「まるで、食べてくれと言わんばかりの身体やで。どうなっとるんや」
すんなりと解体が終わり、今日食べる分と宇宙ロケットで備蓄する分とに分配した。
分配するのはそれだけではなかった。先ほどの原始人から穀物やら野菜やら果物やらを渡されていたのだ。
どうも、食べ物には困らない惑星らしい。
「そっちは順調か。こっちは大分資源が集まったぞ」
ミーちゃんが宇宙ロケットに手に入れた資源を積み込むと、様子を見にきた。
「めっちゃ順調やで」
言われるまでもなく順調である。
「なんかね、怖いくらいに食料が集まってくるのよね」
結杏が言う。
それを聞くと、ミーちゃんは少し考え込むような仕草をした。
◇
「みんなぁ、見て見てっ! これ、すっごいお肉じゃない。ザ・お肉って感じ」
ガス生命体の
それはまさしく絵にかいたような肉であった。もしくは、原始人が食べてる、骨ついた肉のやつというべきか。
「そういや、さっきの集落からもらったものに酒もあったやで。飲んでみるんか?」
すると、ミーちゃんがそれを受け取り、宇宙ロケットに持っていき、そして戻ってくる。
「プロメテの調理器にかけておいた。これで飲んでも問題ないだろう」
酒に毒度が混ざっていても、調理器が排除してくれる。これで危険はないのだ。
ミーちゃんはコップに酒を入れ、二人に渡した。
「うん、いい香り。美味しそうっ!
みんなぁ、乾杯!」
結杏がコップを掲げると、二人もそれに合わせる。カチンと音が鳴ると、それぞれコップの酒を飲んだ。
「うっわ。渋い。けど、その奥に美味しさみたいなのがあるかな」
それは原始的な酒であった。甘味や酸味、旨味などよりも、渋みが強い。けれど、なぜだか飲んでいて楽しい酒でもあった。
結杏のガスの身体は酒を蒸発させつつ、体内に取り込んでいく。それはアルコールを全身に巡らせることでもあり、(いつも通りではあるが)結杏は少し酔ってきた。
「まあ、確かにちょっと美味いな。地球でも原初の酒はワインだなんて言われたりもするけどやで、あんな言語も持たない準知的生命でもこれだけの酒を造れるんやな。それが興味深いわ」
MINEも酒を飲み、絶賛……ではないが、誉め称える。
ミーちゃんも同様にぐびぐびと酒を飲んでいた。問題はないようだ。
「けどやで、その身体でこの固体の肉を結杏は食えるんやろか。無理やないか?」
MINEが疑問を口にする。
すると、結杏はしたり顔で反論した。
「私ね、最近わかってきたの。
例えば、地球人の身体って固体でできてるって思うじゃない? でも、違うのよ。固体なのは表面的な部分で、内部には液体が巡ってるし、気体にも溢れている。それにプラズマだって走っているんだよ。
同じように、身体が液体になったり、気体になったりしても、どこかしら固体の部分はあるし、液体や気体の部分だってあるんだ。
だから、このお肉だって食べられるのよ」
そう言うと、結杏は絵に描いたような肉を手にし、がぶりと噛みついた。
「うーん、なんていうか、思ってた通りの味。すっごい美味しいのよ。
口の中でジューシーな肉汁が溢れて、噛みしめるごとに旨味が感じられるの。歯応えがしっかりあるんだけど、口の中で溶けてくような感覚がある。美味しさの塊だからよね」
それは期待を裏切らない味わいだった。こんなお肉が食べたいと子供の時から思っていたのだ。
噛みしめるとギュッとちょっと伸び、嚙み千切れる。そうして口の中では噛み応えと解けるような感覚の両方があり、実に食べやすい。旨味は肉そのもの、適度に振られた塩と胡椒がその味わいを引き立てる。
「確かにやな。これは理想的なマンガ肉やで。こんな味やったんやな。こりゃ感動ものや」
MINEもまた(今度は)絶賛していた。
瞬く間に肉を平らげると、野菜と穀物で作ったサラダにも手を付ける。
「これも美味いで。原始生活ってこんななんやな。肉も美味いし、野菜も美味い。この穀物も腹持ちが良さそうや。
いやぁ、しばらくこの惑星で過ごしてもいいくらいやで」
すでに、結杏もMINEもまったりとした気分であった。
食事も美味しいし、気候もいい、のんびりと過ごせそうな場所だ。
だが、この様子を見て、ミーちゃんががなり立てた。
「資源は十分に手に入れた。とっとと、この星から出てくぞ!」
そう言うと、渋る結杏とMINEを宇宙ロケットに無理やり乗せると、スーパーアースから出発する。
◇
宇宙ロケットが惑星を離脱するとき、強烈なGが発生する。いつも
しかし、そう思っていたのも束の間、変態が起きる。結杏の身体が変わっていた。
透明がガスの身体が肉体に変化し始める。いや、肉体ではない。それはセルロース繊維の身体だった。
繊維がまとまった一つの個体を形作る。それは緑色の集まりであり、光を集めて光合成が始まった。髪の毛の代わりに葉が生い茂り、腕は茎、足は根のようである。
結杏は植物人間と化していた。
そして、それとともに強烈なGが全身にかかる。
「あててててっ。ちょっ、聞いてないよっ! ぶつかる、痛い、身体が重いっ!」
結杏はしばらく悶絶していたが、やがて宇宙ロケットが宇宙空間で安定すると、ようやく一心地ついた。
「なあ、ミーちゃんよ、さっきのは何だったんや? あんなに急いでスーパーアースを脱出する必要あったんか? 何か危険が迫ってたんかな」
確かに、結杏としてはそれが疑問だった。危険どころか、何の不安も感じない安心安全の星のように思えたからだ。
「あの危険がわからねぇのか。あの進化の停滞した原始生物たちを見て、何も思わなかったか?
確かに、あの星に身の危険は少ねぇんだろう。食べ物は豊富にあり、天敵になる生物も少ない。それだけ、十分な広さや資源があるからこそだな。
だが、何の困難もない場所じゃ生物は何の進化も学習も必要なくなる。つまり弱くなるんだ」
ミーちゃんが珍しく長々と語る。
それを聞いて、結杏は恐怖を覚え始めた。
「それじゃ、あのままいたら、私たちはだらだら過ごすだけになってたってこと?」
宇宙ロケットの暮らしはそこまで忙しいわけではない。
それでも、スーパーアースの心地よさは段違いだった。そこに後ろ髪が引かれる気分がないでもないが、旅が終わってしまうのは三人に共通する恐怖だった。
三人の安住の地はどこか特定の場所にはなく、旅を続けるということ自体にあるからだ。
「確かにな。ストレスや困難っちゅうんは必要なもんで、なくなると生命は活動の意味を見失う。
退屈や停滞っちゅうんはそれだけで危険な問題なんやで」
MINEも同調する。
三人の旅はまだ終わらない。三人にはまだ生きていく意思があるからだ。
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