第27話 惑星ザガロ

 スーパーアースを脱出して、しばらく平穏な航行が続いた。

 その間、スーパーアースで手に入れた肉や野菜を食べている。しかし、結杏ゆあは変態を起こさない。同じ肉を食べ続けていれば変態は起きないようだ。

 結杏は植物型の人間のままである。


「あれも地球型惑星じゃない?」


 結杏が望遠鏡を覗いていると、青と緑、茶色がまばらに混ざった惑星が視界に入った。まさしく、地球と環境を同じくする星のように見える。

 すると、ミーちゃんが窓を眺める。


「ああ、確かにそうだな。寄っていくか」


 ミーちゃんは黒ウサギの姿をした甲殻生物ミ=ゴだ。


「あれはどんな星なんか、知ってるんか?」


 最新鋭とボットであるMINEマインがミーちゃんに尋ねる。すると、ミーちゃんは少し思案した。


「そろそろこの宙域の情報も集まってきた。ミ=ゴの記憶ライブラリによると、あれは惑星ザガロ。文明レベルの高い知的生命と低い知的生命が共存している惑星だ」


 それがどういうことなのか、結杏にはよくわからない。


「でも、行ってみればわかるかな。みんなぁ、行こうよ」


 結杏がにっこりと笑いながらそう呼びかけると、ミーちゃんとMINEは持ち場につき、惑星ザガロに向けて宇宙ロケットの舵を切った。


          ◇


「てやんでぃ、おう、表に出やがれ!」


 三人が食堂に入り、料理を待っていると、いつの間にかいざこざが始まっていた。

 その店は木製でできた粗末なつくり。簡易的に拵えたようなものに思えたが、三人が訪れた町の建物はどれも似たようなものだ。町全体が急拵えなのだろう。


 きっかけは些細なことだ。客の一人が新しく入って来た客に因縁を吹っ掛ける。目つきが悪いとかそんな理由だ。

 客二人は喧嘩を始め、取っ組み合いの中、料理の一つをテーブルから落とす。それに激高したのが、料理人である店主だった。

 店主は客二人に喧嘩を売り、表に叩き出し、現在、取っ組み合いの最中である。


「なーんか、しばらく、ご飯食べられそうにないね」


 結杏ゆあがそう言いながらため息をついた。

 すると、ドシンドシンと地響きが起こる。そのたびにテーブルも椅子もガタンと浮き上がった。


「何が起きてるんや? 地震かいな」


 MINEマインがその地響きを訝しむが、店員も客も気にしている様子がない。

 二人に対し、ミーちゃんが説明した。


「これが惑星ザガロの文明レベルの落差だな。

 ここの人々は人民種シチジンと呼ばれ、地球でいうと19世紀初頭、まあ、西部開拓時代くらいの文明レベルを持っている。

 だが、それを管理するのは純血種イノセンスと呼ばれる者たち。そいつらは高い文明レベルをもっていて、人民種の存在も実験程度の扱いみたいだな。高度な武器を持たせて戦争をさせたりもするようだ。

 この地震はその武器によるものだな」


 ミーちゃんの説明を二人ははへーと聞く。しかし、結杏はいまいちピンとこない。


「よくわかんない。私、見てくるね」


 そう言うと、食堂の外に出る。

 すると、巨大な人型ロボットが取っ組み合いをしていた。どうやら、店主と客二人は巨大ロボ搭乗して戦っているらしい。


「そこまでやるもんなのっ」


 結杏が呆れたような声を上げると、近くにいた生物が声をかけてくる。二足歩行で地球人に似た収斂進化を遂げた生物。ミーちゃんの説明にあった人民種だろう。


「あれは純血種の造ったワーカーマシンってやつさ。土木作業や鉱山の採掘なんかに使ってたんだが、いつの間にやら喧嘩にまで使い始めちまってね。なんなら、あれを使って商人団が戦争をしてるなんて噂もある」


 ほかの人民種よりもまるまると太った印象があるが、どうも活きがいいようだ。


「あんた、頑丈そうな身体してるよな。どうだい、ワーカーマシンに乗ってみたくいないかい? あ、俺はロクロ・イノスってもんだ。怪しいもんじゃないぜ」


 怪しくないものが怪しくないなんて言うだろうか。

 だが、結杏は好奇心が勝った。


「乗ってみたい!」


 結杏がそう言うと、ロクロはにやりと笑いながら語る。


「ああ、あの暴れてるやつさ、二人乗りなんだが、乗っ取ってやる算段があんのよ」


 その言葉に結杏は乗った。


 結杏とロクロは周囲の建物によじ登ると、ロクロがロープを投げる。それは一体のワーカーマシンを捉えた。ロクロはロープがピンピンに張っていることを確認すると、結杏と二人でロープをよじ登る。

 まんまとワーカーマシンに飛び乗ると、登場口のハッチを開ける。そこでは客二人が二人がかりでワーカーマシンを操縦していた。


「この二人って最初喧嘩してたんじゃなかったっけ」


 結杏が疑問を口にするが、その間にロクロが客の一人の後頭部を殴りつけ、気絶させた。そのまま操縦席を奪う。

 結杏もそれに倣い、もう一人の客をその(文字通り)丸太のような腕で殴り、気絶させた。結杏も操縦席に座る。


「でも、どうやって操縦するのかな」


 操縦席の正面にあるのはハンドル、足元には三つのペダル。

 それにいくつかの操作パネルがあるが、とても巨大ロボットの複雑な動きを再現できそうにない。


「なんも考えなくていいよ。とにかくハンドルを握るんだ」


 ロクロが声をかけてくる。

 結杏は言われたとおりに、とりあえずハンドルに手をかけた。すると電撃が走る。ハンドルを握るだけで、巨大ロボットと神経がつながった感覚があった。

 ワーカーマシンは思った通りに動く。というのは若干、齟齬があるかもしれない。人間が身体を動かすのと同様の感覚でロボットも動かせるようになったのだ。


「でも、動かせる部分に制限があるみたい」


 結杏はワーカーマシンの腕や頭は動かせるが、足や背中のバックパックを動かすことはできなかった。


「ああ、その辺りは俺が受け持ってる。このワーカーマシンの移動部分はこっち、攻撃部分はそっちが受け持つようだ」


 目の前には店主の乗るずんぐりとしたワーカーマシンがあった。おとなしくさせて、とっとと料理を作らせよう。

 結杏はハンドルを回し、ワーカーマシンの正拳を繰り出す。それは店主のマシンに避けられる。だが、その瞬間にロクロが回し蹴りを放ち、店主のマシンの足を払う。


「今っ!」


 隙ができた。それを結杏は見逃さず、肩に収納されたキャノンを撃つ。


 ダダダダダダダッ


 散弾が店主のマシンを蜂の巣にした。さらにダメ押し。ワーカーマシンで裏拳を撃ち、店主のマシンの頭を吹き飛ばした。


「やったぜ!」


 ロクロが勝利に興奮し、雄叫びを上げる。だが、その場に新たな敵が現れた。

 無骨な印象のあるワーカーマシンに対して、洗練されたフォルムのデザインの巨大ロボットだった。MINEの巨大ロボフォームである。


「結杏、あんま暴れんといてや。制圧せなあかんなるで」


 これには勝てる気がしない。結杏は戦意を喪失していたが、ロクロはそうではない。


「このマシンを持ち逃げすれば、これは俺のもんになるんだ。邪魔するな!」


 そう言ってバックパックからジェット噴射を噴き出して宙に上がり、落下の勢いを使って蹴りを見舞う。だが、それに対して、MINEはビーム砲を構え、発射する。

 ジュワァァと音を立て、瞬く間にワーカーマシンは溶けた。そして、そのまま落下する。

 かろうじて、コクピットだけが残された状態だ。


「痛ぁぃっ!」


 落下の勢いでしりもちをついた結杏が悲鳴を上げた。木の身体そのものにクッション機能があるようで、ただ痛いだけで済んだ。

 だが、ロクロは完全に気を失っていた。


「MINE、今の痛かったよっ」


 結杏はぷんぷんと怒りの表情を浮かべつつ、巨大ロボフォームのMINEに駆け寄った。


          ◇


「この星の文明がどんなもんか、わかったか」


 食堂に戻ると、ミーちゃんがテーブルについて待っていた。結杏ゆあMINEマインはそこの席に再びつく。

 厨房では先ほどワーカーマシンに乗って暴れていた店主がピンピンとした様子で料理をしている。


「この星の人たちって頑丈なんだね」


 結杏が呆れたように呟いた。

 確かに一度は動かなくなったようだったが、回復が早い。


「実験のために作られた種族やからなぁ。いろいろ都合のいい体質なんやろ。

 そんなことより料理待ってる間に酒でも飲もうや」


 そう言うと、MINEは酒瓶を持ってきた。

 それをグラスに注ぎ入れると、シュワシュワと炭酸が沸き立つ。少し琥珀がかった色合いだ。


「乾杯!」


 三人がグラスを合わせ、グビッと飲む。


「うっ、これ辛い……」


 予想に反する味だった。ピリッとした辛さがある。


「いや、これが美味いんやないか。

 辛さはあるけど、その奥に香味深い味わいがあるんや。炭酸もこのピリッとした味わいに合っているで。

 そうやな、地球の飲みもんでいうとジンジャエールが近いんやないかな、甘くないほうの」


 MINEが解説する。それを聞いて、結杏はもう一度舐めるように一口飲む。

 確かに、最初の辛さを我慢すると、様々な香草の味わいが感じられるようだった。甘さは少ないが、それもいい味だと感じられる。


「おうよ、お待ちどおさま!」


 そうこうしているうちに、店主が料理を持ってやってきた。

 テーブルに置かれたのは、パンのようなものに肉の塊が挟まった料理だった。


「これはホットドッグみたいやな。肉もソーセージと似た作りや。腸に肉や血を詰めたものやろ」


 MINEのモニターに数式が走り、食べ物の内容を分析する。

 一方、結杏はパンの香ばしい匂いと肉の焼ける匂いを嗅いで、にっこりとした笑顔を見せた。


「これ絶対美味しいやつ! みんなぁ、食べよう!」


 そう言うと、結杏はホットドッグのひとつを手に取った。そして、ケチャップとマスタードと思しき調味料をたっぷりかける。黄色と赤のバランスが美しい。


「いっただきますっ」


 口を大きく開けてガブリといく。


 焼きたてのパンの香ばしくも柔らかな味わい。それと一緒にソーセージの弾けるような嚙み具合が心地よく、溢れ出る肉汁の中にある圧倒的な旨味が広がっていく。

 そして、それを彩るケチャップの甘さと酸っぱさ、マスタードの辛さと酸味が肉の味わいを引き立てていた。


「うん、美味しい。待ったかいがあったね!

 やっぱり、これソーセージみたい。お肉が美味しいのももちろんだけど、香味野菜がいろいろ混ざってて、味が複雑になってていいね」


 周囲を見回すと、ミーちゃんとMINEは別々の調味料をかけていた。


「ワイのは豆のソースや。ゴロゴロした豆の味わいがソーセージとよく合うで。味付けはピリ辛なんが、気が利いているやね」


 チリビーンズみたいなものだろうか。

 MINEが美味そうにホットドッグを食べている。


「こっちはチーズがたっぷり乗せたぜ。それに野菜もな。いろいろトッピングできるんだよ、この店」


 そう言いつつ、ミーちゃんがホットドッグを頬張る。


「チーズとソーセージは相性いいな。それにシャキシャキした野菜とまろやかな風味の野菜。これが味をフレッシュなものにしてる。なかなかいけるぜ」


 それを聞いて、結杏は思案する。


「うーん、チーズも美味しそう。でも、二人が食べてないソースも試したいなあ」


 ホットドッグはまだ山盛りになっていた。

 それを手に取り、どうソースをかけるか考える。それは楽しい時間だった。


          ◇


 ドシンドシンと地響きが起きている。また近くでワーカーマシン同士の果し合いが起きているのだろう。


「なーんか、ここではロボット同士の戦いが日常茶飯事なのねぇ」


 結杏ゆあが呆れたように呟いた。

 だが、そうしている間にも結杏の身体が変態する。


 木の幹のようだったその腕は白色に輝くものに変わる。木の根の足は銀色の金属のゴテゴテしいものになっていた。その身体は赤い煌めきがあり、頭は青だが、マスクは腕と同様に白色に輝いている。

 それは金属生命体、いや、機械生命体といっていい姿だった。


「なんや、ワイとキャラ被ってへんか?」


 MINEマインがぼやく。

 だが、結杏の白いマスクがにんまりとした笑みを見せた。


「こういうこともできるのよ」


 そう言うと、機械生命体に変態した結杏の身体が変形する。

 ガシャンガシャンと音を立てて、身体のパーツの位置が変わり、瞬く間に牽引自動車トレーラーと呼ぶべき姿になっていた。


「ワイだって結構変形しているんやで」


 そう言ってMINEはパーツを分解して、空中にふよふよと浮く。しかし、結杏のように姿を別物に変えることはできないのだった。

 MINEのモニターの顔が心なしか悔しそうに見える。


「おい、そんなことやっていないで行くぞ」


 ミーちゃんの声がはしゃぐ結杏とMINEを制した。

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