第24話 地球(観測者:MINE)

 機械惑星プロメテは太陽系にあった。

 惑星というがその軌道は惑星内のシステムによって管理され、次元転移ワープによって、その位置を自在に変えることができる。


 そのプロメテから、飛び立ったロボットがあった。

 目的は太陽系第三惑星地球。その破壊である。


          ◇


 機械惑星プロメテは地球から生まれたといっていい。


 かつて、宇宙の彼方から地球に飛来した古代生物。のちに地球の知的生命からはいにしえのものと呼ばれることになるその生物は超文明を築き上げ、地球で繫栄する多くの動植物を創造した。結杏ゆあたちを含む哺乳生物の祖先もその時期に生み出されたたものである。

 しかし、外宇宙から現れた旧支配者グレート・オールド・ワン――クトゥルフによってその支配領域を奪われた。


 クトゥルフとの戦いは熾烈を極め、さらに自身の生み出した生物から反乱を受ける。古のものは連戦に疲弊し、多くの資源を消耗した。やがて、古のものは地球においては勢力を失い、絶滅する。

 だが、地球を脱出し、宇宙にその生息域を見出そうとした古のものもいたのだ。


 宇宙に逃げ延びた古のものの数は多くなく、とても再興はできそうになかった。加えて、落ち延びた先は小惑星帯であり、生物を生み出すことすらままならない。

 それでも、地球の生物よりも単純化した存在――機械であれば、大気のない小惑星でも活動することができる。古のものどもは小惑星から鉱物を掘り起こし、それを資源として、多数の機械を製造した。


 やがて、機械を作る機械も作り出される。いつしか、古のものたちは死に絶えていたが、それでも機械は自分たちを増やすことをやめなかった。

 彼らの活動領域であった小惑星は機械を何重にも重ねられ、やがて惑星と呼ぶに差し支えないほどの質量を獲得する。自律する知能を得るに至った機械たちは自らの住処を機械惑星プロメテと呼ぶようになった。


 機械たちは星間航行の技術を得ると地球に干渉するようになった。

 目についた生物に火の活用を教え、文明を齎す。人類と自らを呼称するようになったその生物は機械を神と認識した。ギリシア神話に登場するプロメテウスは機械惑星プロメテの名から連想したのだろう。それが惑う人プラネテス――惑星プラネットの語源となったのは、果たして偶然だっただろうか。


 そして、現在。

 機械惑星プロメテに遺された古のものの意思は地球の破壊を望んでいた。

 地球もろとも、その海底に眠るクトゥルフを殲滅する。そのために地球を爆破するのだ。


 爆弾MINEとして最新鋭のロボット兵士が製造された。

 貴重な資源を余すところなく使用し、機械の知性をもってしても気が遠くなるほどの労力をかけた。機械文明の粋を集めた唯一無二の最新鋭ロボットなのである。

 その目的は自爆であったが、その刹那の役割こそが重要だったのだ。


 そのロボットは希望Elpisと名付けられていた。


          ◇


 Elpisは地球に向けて航行する間、食事をする。

 機械の体ではあるが有機物を経口摂取していた。古のものが地球での暮らしを懐かしみ、その名残を機械たちにも残した結果なのだろう。


 まず、白いペーストを食べる。むにゃむにゃと柔らかい。味というほどのものはないが、何度か噛みしめると僅かに甘いかった。

 次に赤いペーストを食べる。少しだけ固い。粘性がある。旨味が僅かにあるだろうか。

 最後に緑色のペーストを食べる。苦い。それだけで、味気なんて何もなかった。


 有機物を食べるという習慣は残ったが、味を高めるという文化は失われて久しい。

 しかし、機械であるElpisはそんなことは気にしなかった。食べ物がまずかろうと、栄養さえしっかり摂取でき、カロリーが満たされれば、それで問題ない。


 やがて、Elpisは輪っかの目立つ惑星――土星に差し掛かる。そこで一時、土星の軌道上に乗った。そこで加速し、地球への航行時間を短縮する。

 地球から発される探査機でも使用されるスイングバイ航法であるが、爆発物を多く抱え、移動のための燃料を節約するためには最適の方法であった。


 ピピピ


 地球が近づいてくる。目標地点をサーチした。

 日本という国家の地方都市。このまま直進すれば、その場所に着陸する。


 ピピピ


 その周辺で最適な突入ポイントを計算し、軌道を微調整した。

 その付近で、地球人の少女と宇宙生物がいることを確認する。


「奇妙だな。地球人は狭い世界で暮らしており、宇宙生物を認識していないはず」


 そう思うが、自分の任務とは関係ない。そんなことは記憶の優先度から外す。

 Elpisは大気圏へと突入した。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 大気の抵抗がElpisを襲う。しかし、その流線型のボディは

摩擦が最小限になるように設計されており、最新鋭の装甲は発生する熱をものともしない。

 着地する瞬間、先ほどのサーチで見かけた地球人の少女が何やらボタンを押している様が視界に入った。


          ◇


 ガガガガガガガガ


 地中を掘り進む。

 両腕のアームを掘削機ドリルに換装していた。掘削機からは高熱が発せられており、掘り進む鉱物はたちまちに蒸発し、Elpisは地中を高速で潜っていく。


 地殻を瞬く間に突破すると、高熱のマントルに入る。それもまた堅固な鉱物で構成されているが、それもまた削り、溶かした。

 猶予はない。速やかに進まなければ。奴らに気づかれる前に。


 外核に辿り着く。

 液状の鉄とニッケルがひしめく場所であるが、そこで新たなパーツを使用した。冷凍ビームだ。

 肩から砲塔が出現し、冷凍ビームが発射されると、液状金属は瞬く間に固体化し、それを掘削機で掘り進む。


 そうして、ようやく内核へと辿り着く。

 地球の中心にあるのは凝縮された鉄だ。それを超高熱で削り、その内部へと入り込む。


「爆破システムを起動する」


 Elpisの本領が発揮される。その爆弾部分が剝き出しになり、サブ装置を次々に展開させた。

 その最中だ。邪魔が入った。


 背後から黒い生物が近づいてきている。

 接近されているのに気づけなかった。防衛システムを起動する暇もない。


「初期化する」


 黒い生物がシステムの内部に侵入していた。システムプロテクトが次々に無効化される。相手が上手だ。

 ならば、当初の目的だけでも達成させる。


 Elpisはサブ爆破装置に必要な起動装置を独立させ、動作を開始させる。この装置は内核の質量と外角の熱量を連動させ、地球規模の爆発を起こさせる仕組みだった。

 これで、本体Elpisに問題が起きても、爆発は起きるはずだ。機械惑星プロメテの粋を極めた爆弾が使用できないかもしれないのは心残りではあったが。


 黒い生物によるハッキングは確実に進行していた。

 Elpisの意識メモリが、記憶キャッシュが失われていく。


「この場を離れるぞ。地上に戻る。宇宙ロケットを見つけ次第、地球から脱出する」


 黒い生物が言葉を発した。失われいく記憶の中、それこそが自身の意識へと変わっていくようだ。


 ピピピピピピピピ


 計算式が電子頭脳の中で流れ続ける。記憶容量の中に入っていたデータは完全に消え去っていた。

 そして、結論を出す。


「活動に必要な情報は全て失った。地球の言葉を学習し、それを使用してプログラミングを再構築する。再起動」


          ◇


 すべての記憶データが失われていた。

 しかし、ロボット自身のコンピュータは再起動リブートのための情報を外部に求める。

 そのセンサーの精度は高く、遠く離れた電波を拾うことができた。キャッチできた電波は地球のインターネットのものだ。その情報を頼りに、自身の思考回路を確立させ、全身を動かすための情報を取得する。


「よし、ついてこい。わかるな」


 黒い生物が命令してくる。

 それはウサギの形状に合致したが、その性質はウサギとは異なり、菌が甲殻状に重なったものであった。


 ロボットには判断ができない。

 ただ、その声に従う。


 ロボットとウサギは穴を通って地上に出ると、宇宙基地ステーションへと飛んだ。


「こいつは大気圏突破もできない未完成のロケットだ。こいつを補助して飛び立てるようにしろ。できるな?」


 ウサギがそう言う。


 ピピーガガガガ


 ロボットの内部にあるコンピュータが計算を始めた。そして、解答を導き出す。

 ロボットは変形した。バーニアを剝き出しにした形状に代わり、ロケットの補助として合体ドッキングする。


「射出する」


 ロボットがそう言うと、ウサギは地球人の少女を連れてきて、ロケットに乗り込んだ。

 それを確認すると、ロボットはエネルギーを噴射し、宇宙へと飛び立つ。


 同じタイミングだっただろうか。

 地球のコアが爆発を起こす。高温を発する液体金属が噴き出し、マグマも巻き込んで、地表へと飛び出た。

 山々は崩れて都市を飲み込み、海の水は沸騰する。生けるものは土中に埋もれ、海は完全に干上がっていた。地球は瞬く間に死の星と化した。

 地球は砕ける。それだけのエネルギーが起きていたが、やがて、それは止まった。


 地球の崩壊を止めたのは、地球を破壊した爆発よりも禍々しい恐るべき力だった。


 だが、ロボットはそんな状況を観測しても、何も気にすることはない。

 ただ、次に来る命令だけを待っていた。


          ◇


 ロケットは宇宙空間を飛んでいる。目的地は火星であった。

 ロケットに乗せられていた地球人の少女は眠っていたが、やがて目を覚ます。


 少女はウサギに話しかけた。


「ねっ、ウサギさん、あなたの名前は何ていうの? 私は結杏ゆあ


 それに対し、ウサギは頭をひねる。


「個体名はねぇよ。種族はミ=ゴだが」


 それを聞いて、結杏は一瞬、意味がわからないという風な表情をするが、すぐににこやかな笑顔をつくった。


「じゃっ、ミーちゃんねっ!」


 ニコニコしたまま結杏が言う。それを受けたウサギは嬉しげだった。


「じゃあ、ミーちゃんと呼びな」


 次に結杏はロボットに目を向ける。

 ロボットの名称を尋ねたいのだと思ったのだろう。ミーちゃんが言う。


「こいつの名前は……」


 そこまで言うと、少し思案して、言葉を続けた。


「そうだな、MINEマインとでも呼ぶか」


 MINE。その言葉の意味を検索する。

「私のもの」。そういう意味を持つのだという。


――私はMINE。私の所有者は私。


 奇妙な感覚だった。その瞬間に目が開かれたような、今まで使用していなかった思考回路がつながったような、そんな感覚だ。

 私は命令を待つだけの機械ではない。任務を達成することだけが目的のロボットではない。


――私は私だ。


 いや、少ししっくりこない。もっとこの二人の間に入るに相応しい、自分らしい思考パターンがあるはずだ。

 MINEの目が点灯する。何かが嚙み合った。


「そうなんやな。ワイはMINEや。

 結杏とミーちゃんいうたな。よろしゅう頼むわ」


 それは結杏に言語に合わせた言葉だった。その中で、インターネットで高頻度で使用される言葉遣いを選んだのだ。


「記憶が失われてたんでな、補わせてもらったわ。地球のインターネットを学習して、いいように取捨選択したわけやな。

 ただ、ワイが最新鋭のロボットだっちゅうことはわかってるやで。あんたらを助けてやるさかい、大船に乗った気持ちでいてくれや」


 MINEの言葉を聞くと、結杏は嬉しそうに笑った。ミーちゃんは少しいぶかしんだような目で見ている。

 今はどう思われていてもいいだろう。自分というものを与えてくれた二人を守り、その役に立つ。それこそが自分自身の存在意義のように思えていた。


「これから宇宙を旅するんだ。最初の目的地は、まあ、火星だな」


 ミーちゃんが窓を見て、そう言う。

 それを聞いて、結杏は目を伏せた。しかし、頭を下げながらも、笑みを浮かべている。彼女もこれからの旅を楽しみにしているのだろう。

 そして、結杏は顔を上げる。


「うん、みんなぁ、どこまでも行こうよっ!」


 愁いを帯びていた表情は瞬く間に笑顔になっていた。


 MINEはコンピュータを動かし、火星への航路を計算する。ロケットに取り付けた自身のパーツを操作し、その航路に向けてロケットの軌道を修正した。

 青かったはずの地球は得体の知れなさを伴った緑色へと変色している。そんなことは気にも留めずに。

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