第2話 宇宙食

 結杏ゆあは宇宙ロケットの中でプカプカと浮かびながら窓に目をやった。

 今なら、まだ地球を眺めることができる距離だろうか。そう思いながらも、窓から外を見る気分にはなれない。見る勇気がなかった。


「なんかさぁー、退屈だなぁ。宇宙旅行ってこんなものなの?」


 結杏は自分のネガティブな感覚を紛らわすように、わざと素っ頓狂な声を上げる。

 その腕は、足は、触手がうねうねとしたものであり、顔もまた触手が組み合わさったような姿をしていた。それは地球人と火星人が混ざり合ったような姿だ。


「宇宙旅行でっか? ハハッ、結杏のは宇宙家出と言ったほうがええんやないか」


 インチキ臭い関西弁で答えたのは最新鋭のロボット、MINEマインだった。

 その言葉に結杏はムッとする。しかし、それに反論できる材料はなかった。

 ただ、頬っぺたを膨らませながら、抗議の声を上げる。


「家出ってどういうことよぉ!

 でもさ、MINEってさ、最新型ロボットだって自分で言うけど、どこのロボットなの? ヤマハ?

 私、MINEみたいなロボットのこと聞いたことないよ」


 途中で好奇心が大きくなった。

 結杏は一緒に旅をする二人のことをほとんど知らなかい。


「最新ちゅうたら最新や。ガキの知ったこっちゃないやろ」


 MINEの説明は最新鋭のロボットとは思えない、ふわっとしたような物言いだった。いや、人工知能でありながら、言葉を濁せるというのは、むしろ高性能というべきなのだろうか。


「なにそれ、知らないんじゃん」


 呆れたように結杏はため息をつく。


「しゃあないやろ。ワイのデータはクラッシュして、家出する直前にその辺にあった情報だけで記憶を賄ってるんやで。

 一般常識以外のことはわからないと思ってくれや」


 はあ。またも、結杏はため息をつく。

 その辺のインターネットに常識を委ねていいものだろうか。


 しかし、これ以上のことはわからなそうだった。

 今度は、結杏はミーちゃんと話すことにする。


「ねぇ、ミーちゃんはさ、火星のこと詳しかったでしょ。それに知り合いも多いみたいだった。

 ミーちゃんはさ、火星の人なの?」


 その声を受けて、黒いウサギの姿をした宇宙生物が、面倒くさげに結杏をチラと見て、耳を微かに動かす。


「火星には調査で行ってるだけだ。地球にもな」


 ミーちゃんは、ぼそっと言葉を返した。

 その答えに、結杏の頭に疑問がふつふつと湧いた。


「えぇーっ、でも、地球でミーちゃんのこと、聞いたことないけどなぁ。ミーちゃんみたいなすごい宇宙生物がいたら、もっと有名になるでしょ。火星の時みたいにさ」


 その問いかけにミーちゃんが顔を俯ける。まるで、恥ずかしことを告白しないといけないだった。


「地球にはな、あの恐ろしくおぞましい動物がいるだろ。だから、秘密裏に調査をする必要があんだよ。

 んで、ごく一部の地球人しか俺たちの存在は知らねぇんだ」


 それを聞いて、「あぁ~っ!」と結杏が叫び声を上げた。何かが腑に落ちたような表情で、にやりと笑う。


「それって、ワンちゃんでしょ。ミーちゃんって犬が苦手なんだねぇ~」


 にやにやしながら、少し意地悪気な声を出した。

 それに対して、ミーちゃんは気まずげな表情をしつつ反論する。


「あれは恐ろしい生物だぞ。あのけたたましい鳴き声を聞くと、甲殻状の肉体を維持できなくなるんだ。当然、調査どころじゃなくなる。

 あんな厄介な生物は宇宙にはそうそうおらんぜ」


 それを結杏はニコニコしながら聞いていたが、その感情とは裏腹に、お腹がぐきゅぅっと鳴った。


「腹が減ったか。じゃあ、飯にするか」


          ◇


 結杏ゆあはミーちゃんの言葉に満面の笑みを浮かべた。

 考えてみれば、宇宙ロケットに乗って長い旅をするのだから、それなりの備蓄も当然必要になる。ミーちゃんの周到さに結杏は感心していた。


 狭い船内ではあるが、慣れない無重力の中を結杏は四苦八苦しながら、ぷかぷかと浮かぶ。触手をバタバタと動かすが、思うように進めない。

 そんな結杏とは反対に、ミーちゃんはすいすいと何もない空間を風を切るように進んでいた。


「待って、ミーちゃん、なんでそんなに速いの?」


 結杏が焦ったような声を出す。ミーちゃんは結杏を一瞥すると、ぶっきらぼうな口調で呟く。


「ふん、エーテルを掴んでいるだけだぜ」


 エーテル? 結杏が疑問そうな表情をすると、ミーちゃんは説明を続けた。


「エーテルってのは宇宙に満ちている元素エッセンスの一つだな。俺の耳にはそれを捉える膜のようなものがある。それを利用すれば自在に飛行することができるんだ。

 昔の地球人はこいつエーテルに漠然と気づいていたようだが、観測手段を持てず、結局、エーテルの存在には気づけず仕舞いだったな」


 はえー。

 結杏はわかったようなわからないような、呆けた表情でミーちゃんを見つめる。

 どうにか、ミーちゃんのいる場所までやって来ていた。


 そこは貯蔵庫だ。ミーちゃんが耳で扉を開くと、缶詰やパック詰めのようなものが溢れるように入っている。


「ワイはこれやな。カップラーメンや」


 いつの間にか来ていたMINEマインがメタル製のアームを出した。カップラーメンといいつつ、パック詰めになった宇宙食仕様のものである。


「結杏も好きなのを選べよ」


 ミーちゃんの言葉に促されると、呆気に取られていた結杏が再び笑顔になった。


「お肉! お肉が食べたい」


 結杏の上げた叫びを受けて、ミーちゃんが貯蔵庫の中を漁る。


「これなんかどうだ。レトルトの鶏肉のスープと缶詰の焼き鳥だな」


 ミーちゃんが耳でパックと缶を掴むと、結杏に渡した。鶏肉スープは真空パックの中に凝縮されていた。

 結杏は触手でそれを受け取ると、満面の笑みを見せる。


「わぁ、なんか宇宙食って感じだね。どんな味なんだろ。楽しみ!」


 ミーちゃんは続いて、トランクのようなものを二つ開けた。

 缶詰をトランクの一つに入るとトランクを締め、スイッチを入れる。


「これはフードウォーマーってやつだ。缶詰はこれで温める」


 さらに、もう一つのトランクに入っているチューブを取り出すと、結杏の手に持っている鶏肉スープの蓋と接続させた。チューブからお湯が出る。


「お湯が入ったら、十五分待つ。そうすりゃ出来上がるってあるな」


 ミーちゃんの説明に、「えぇ~っ」と結杏が悲鳴を上げた。


「そんなにかかるのぉ! もうお腹ペッコペコなんだけど!」


 結杏の抗議に、ミーちゃんは「ふん」と鼻を鳴らす。


「地球から持ってきた食品だからな。それが地球人の文明レベルだ。

 だが、カップラーメンは三分で出来上がるようだな」


 ミーちゃんはミーちゃんで自分の分のドライフード食品に水を入れていた。

 それを見て、MINEはやれやれと両アームを広げる。


「なんや、ワイだけ早いんかい。ほな、お湯入れるの待っとるわ」


          ◇


「みんなぁ、出来たよぉ! 食べようよぉ、みんなぁ!」


 結杏ゆあが食品を眺めながら、満面の笑みで、ミーちゃんとMINEマインに呼びかけた。

 パックの中とはいえ、温かなスープが出来上がっているののが見て取れた。


「酒も飲もうぜ。地球人は宇宙船で酒を飲まないらしいが、俺たちなら問題ないだろ」


 そう言って、ミーちゃんが貯蔵庫から酒瓶を取り出した。ミーちゃんは透明の酒を、MINEは茶褐色の酒を、そして、結杏はピンク色の酒を受け取った。

「乾杯!」

 三人は瓶をかち合わせると、そのまま蓋を開ける。そして、瓶に口をつけて、酒を吸った。重力がないため、酒を注ぐというような概念はなく、吸引しなくてはならない。


「うぅ~、甘ぁ~い! でも、すっきり甘さでなんか爽快感あるね!」


 それは柑橘の香りにするお酒だった。甘さが前面に出ているが、どこか爽やかな飲み口。

 アルコールもあるが、火星で飲んだ時とは感覚が違っていた。酔うというよりは、ほんのりとした気分の良さがある。


「アストロノートっちゅうカクテルやな。結杏もこれから宇宙飛行士アストロノーツやからな。ミーちゃんも粋な酒を渡すものや」


 MINEがそう指摘すると、ミーちゃんは結杏から目を背け、「ふん」と鼻を鳴らした。

 ミーちゃんもMINEも酒を飲む。


「地球の酒も美味ぇもんだな。強いアルコールの刺激にさっぱりした飲み口。これはいいぜ。ジンと言ったか」


「これはブランデーやな。香り高くていい味わいや。濃いアルコールが心地いいでんな」


 二人ともお酒を気に入っているようだ。


「みんなぁ、食べるよっ!」


 いよいよ宇宙食に手をつける。

 結杏はスープの袋を開けた。そして、直接、袋の中身をスプーンで掬い、口に入れる。スープの粘性が高く、無重力の中でも飛び散るということはない。

 旨味たっぷりのスープだった。程よい塩気と、ブイヨンの深い味わい。その味わいの中に鶏肉やキャベツといった具材が美味しい喜びを与えてくれる。


「美味しいぃ~。やっぱお肉だよねっ。お肉を食べてる時が一番幸せっ!」


 結杏が感嘆の声を上げた。


「カップラーメンも美味いもんやで。やっぱこの味だよなあ。麺のシコシコとした食感、よくわからない肉の弾ける旨味、キャベツ、卵、海老、わざとらしい醤油味。このジャンク感が堪らんのや」


 MINEがズルズルとラーメンを啜っていく。液状の胡椒が用意されており、時折、それを注ぎ入れた。「この味、この味や」とMINEは美味そうに食べる。


 一方、ミーちゃんが食べているのは魚の缶詰だった。


「地球の魚は美味いもんだ。これは鯖と言ったか。脂身たっぷりの肉に生姜と塩。これだけで十分な味わいになるもんだ。

 これはジンとよく合うぜ。これはいい」


 結杏はスープを食べ終わると、缶詰を専用のカッターで切る。粘性の高いタレで覆われた焼き鳥が姿を現した。香ばしい匂いが辺りに漂う。

 それを口の中に入れると、鶏肉のさっぱりした旨味とタレの濃い味わいが広がった。これは食欲を掻き立てる。


「ん~、これ美味しい! 夢中で食べちゃうよ」


 その言葉通りに、結杏はいつの間にか焼き鳥を食べ尽していた。

 そんな時、ミーちゃんが自分が水で戻していたフリーズドライ食品を差し出す。それはイチゴだった。水を吸い瑞々しさを取り戻している。


「デザートだぜ。みんなで食うか」


          ◇


「でも、不思議だね。MINEマインはロボットなのに、ものを食べられるんだ」


 結杏ゆあが疑問を口にした。すると、MINEはやれやれと両アームを広げる。


「ワイくらいの高性能ロボットなら当然のことや。どんな状況でもエネルギーを補給できるようになっているんやろ」


 相変わらず、自分のこととなると、ふわっとした物言いになる。

 結杏もすでに慣れてしまっており、微笑ましくその言葉を聞いていたが、それとは別に自分の身体に違和感が起きていることに気づいた。


 触手が一つにまとまっていく。腕が、足が、顔が、うねうねとしたまとまりのないものから、一つの固まったものに変化しているのだ。


「あれ、これ私、元に戻るの? 地球のものを食べたから?」


 触手は一つにまとまり、そこに羽毛が生え始めた。腕は一本ずつの触手に、足もまとまり、先端に足爪が生える。頭には鶏冠とさかが生えてきている。

 口はくちばしが生えるが、なぜか舌と歯はそのままだった。


「違うじゃん! これ、元の姿と違うじゃん!」


 結杏ゆあは抗議の声を上げる。

 その様子を見て、ミーちゃんは「ふむふむ」と納得するように頷いた。


「つまり組み合わせなのだな。地球人と火星の肉が混ざり合い、触手の姿となった。触手の姿と地球の肉との混ざり合いでは、タコと鳥の融合した姿になったということか」


 ミーちゃんの説明を聞いて、結杏の顔は蒼白になった。


「えぇ~っ、それって前より悪化してるじゃない! ひどいよぉっ」


 結杏は絶望したような声を上げるが、ミーちゃんもMINEも関せずという様子だ。


「まあ、ええやないか。せっかくだから、どの肉とどの肉の組み合わせがいいのか、検証しようやないか」


 完全に他人事である。その態度に結杏はカチンときた。


「ひどい、ひどいっ!」


 そう言って、一本になった触手をMINEに纏わりつかせた。一旦はその身体を縛り上げるが、MINEは身体を分離させて、逃げてしまった。


「もうっ! 避けないでよ」


 そうカンカンに怒りながらも、結杏は自分が三人の中の一人になっているのだと実感する。

 楽しい。楽しい旅だ。

 結杏はMINEを追いかけながらも、充実した気持ちに満たされていた。

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