第29話「侵入者」
動画はすぐに撮影を終えることができた。芹沢は思ったよりも話せる。悠の思惑通りにぺらぺらと喋り、「幽霊告発」の動画が完成した。
『殺人鬼を告発します』と銘打ち、動画投稿サイトに投稿した動画はすぐに再生数が回った。
悠自身とは別に作ったアカウントでSNSにも投稿し、宣伝する。通常の人間であれば、世間からの認知と圧力が強まれば多少は委縮する。
問題なのは、神崎の場合はそういう風になる未来が視えないことだが。
動画を投稿して数日。動画はかなりの再生数が回った。SNSの方もかなり拡散している。見る人間が見れば、CGではないのは明らかなのだ。
神崎にも動画はURL付きで送ったが果たして見ているだろうか。これ以上なにかすうようなら、さらに動画を作って脅すしかない。それでもダメならば――彼女自身の業で死ぬだけだ。
動画が公開されてから神崎の動きが変わったかどうかを見極めたが――七月中旬から下旬まで、まるで変わらなかった。相変わらず結のことをストーキングしている。
悠は呆れる思いだった。どう考えても自身の殺人に関して、幽霊が告発されるという意味の分からない状況に巻き込まれているというのに、立ち止まる気配がない。
いくら止まる可能性が低いと見積もっていたとはいえ、あまりに変化がなさすぎる。
「一体、どういう精神構造をしているんだ……」
悠は夜、自室で呟いた。
神崎に憑いている三人の霊の内の一人――明石が悠の部屋にやってきて、『この家に神崎が侵入しようとしている』と忠告しに来たのだ。
今、黒須家には結と悠しかいない。両親はお決まりの出張中で家にはいない。両親がいれば無理やり力づくで追い払えるが、どうしよう。
『なんとかしなさいよ。相手は殺しに来てるのよ』
「神崎がそう言ったのか?」
『……いや、「下見、下見ー」って言ってただけど。本当にそうとは限らないでしょ?』
確かに気分が変わって殺しになる可能性はある。しかし、今までの傾向からして突発的にかつ短絡的に殺すというのは考えにくかった。
「それで? まだ間に合うの?」
『それは――』
二人で話しているところに、さらに幽霊がやってくる。来たのは河合だった。
『――今、先輩がトイレから家の中に侵入したわよ』
『ああ、もう、だから言ったのにっ』
明石は苛立たし気に壁を殴る。霊とはいえ、重い音が鳴った。
「壁を殴るなよ。隣に姉さんがいるんだから」
結は部屋の中にいる。家の中に入られた以上、接触させるわけにはいかない。
「二人とも神崎の元に戻って。神崎が僕の部屋の前まで来たら教えてよ。姉さんなら、しばらくは勉強で部屋に籠っているだろうから」
『……絶対に食い止めなさいよっ!』
『戻るわね』
煩い明石とは対照的に河合は静かに戻って行った。
「まったく、諦めが悪いにも程がある」
悠は神崎が近くに来るのを自室で待った。部屋の扉で耳をそばだてる。音は聞こえない。だが、しばらくすると明石がやってくる。
『ちょっと、もう階段上がって来てるわよ。早く止めなさいよ』
家に侵入するだけあって、音を立てないように上ってきているのか。結に部屋に入られては困る。一階に人がいないのは確認しているはずだから、二階にいるのは分かっているはずだが……。
「……そろそろか」
『早く行きなさいよ』
煩い幽霊だ。言われなくてもすぐに行く。
扉を開くと――ちょうど神崎が目の前まで来ていた。階段を上って来た直後らしい。まるでランニングに出掛けているような格好をしている。
「……お姉さん、誰?」
神崎は目を細め、悠のことを値踏みしているようだ。気分が悪い――悠は内心で嫌だなと思いつつも、表面上は無垢な子供の振りをする。
「――君のお姉さんのお友達なんだけど……、悠くん、だよね?」
「うん。姉さんのお友達?」
「そう。お友達。悠くん、ちょっとお話ししたいから部屋の中に入ってもいい?」
結のお友達。よく言う。どういう目的で侵入してきたのかは知らないがさっさと帰ってもらいたい。
廊下では結と接触する可能性もあるし、彼女の言う通り部屋に入ってもらおう。帰れと言って反発するのは面倒臭い。
「……いいよ」
悠は雪に背中を見せ、部屋の中に戻った。結か悠、両方を殺すつもりで家に侵入すれば、この機会を逃すとは思えない。
やや緊張しながらも部屋の中央まで悠は背中を神崎に見せ続けた。だが、彼女は襲ってこない。
殺すつもりで侵入したのじゃないか?
背後を振り返り、神崎に向き合う。扉を閉めた彼女はきょろきょろと部屋の様子を見ていた。
「――お姉さん、強盗?」
ベッドに座り、悠は雪の様子を観察する。殺しでなければそれくらいしか、目的が思い付かない。すでに神崎は何軒もの居空きをこなしている。ただ、これから殺害をしようとしている人間の家に侵入して盗みを働く意味は分からない。そんな怪しまれるようなことをわざわざするだろうか。
「なに、言っているのかな? 悠くん」
「あれ、僕の名前言ったっけ」
「お姉さん――結ちゃんから聞いたのよ」
「ふーん……。ねえ、なんで靴履いているの? それになんで僕の部屋に入りたかったの?」
神崎の目は泳がない。悠が彼女の目をじっと見ても揺らぐことがなかった。
「悠くんは賢いねえ。そうだよ、私は強盗犯。でも、悠くんに見つかったからね、逃がしてくれたら何も盗らないよ」
本当に強盗に来たのだろうか。他に目的があって、それを隠すために言っているとしか思えない。しかし、他の目的というのもなんなのかは分からない。殺しならばとっくに殺されている。
「……本当?」
「本当、本当。まだ、何も盗んでいないからね。でも、私も捕まりたくはないし――ここで警察やお姉ちゃんを呼んだら、お姉ちゃん殺しちゃうかもね?」
ふざけるな。そんなことはさせない。悠は神崎の服の裾を掴んで、大人を説得させる方法を使う。
目に涙を浮かばせ、上目遣い。大抵の人間、特に大人ならばこれで通用するだろうか。
「姉さんは、だめ」
「うんうん。だから、私を逃がしてくれれば――」
部屋の扉がノックされた。この家にはもう一人しか今はいない。
「悠ちゃーん。部屋に入れてー。少しお話ししたいんだけどー」
「……ちょっと待って」
悠は神崎を見たまま結に返事した。神崎と結を接触させたくない。部屋に結が入って来ることも考えて、隠すか。
「本当に殺さない?」
「もちろん。見逃してくれたら、私はさっさと逃げるからね」
「――分かった」
噓はついていないように見える。殺すつもりなら、人質にでもしているか。
「お姉さんはそこのクローゼットの中に入って。僕は姉さんがこの部屋に入って来ないようにするから。あとは上手く逃げて」
「ありがとう悠くん」
神崎がなんのつもりか悠の頭を撫でようとする。悠はとっさに彼女の手を叩き落とした。
反射的なもので、今更誤魔化しようもない。悠は神崎を睨んだ。
「僕に触んないで」
「ああ、ごめんね。悠くん。あ、お姉ちゃんが泣いてるよ」
神崎の言葉で気付く。部屋の外から結の泣き言のような声が聞こえてくる。
「早く隠れて……!」
「そうね」
悠が急かすと神崎はクローゼットの中に入って行った。
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