第27話「妙な虫」

 河合咲季の殺人は本当に一週間以内に行われた。


 結に再び霊を憑かせ、様子を確認しているが痴漢は一回きりだった。結も登校時の電車に乗る際には、痴漢行為をした人物がいないか注意深く確認しているようだが、そもそも乗っていない。


 本当にたまたま時間帯が被っただけのようだった。


 実行犯からの連絡は金曜日の夜遅くに来ていた。土曜日の朝、悠はまた朝から死体写真の見る羽目になった。


「今度から写真を送る時間は日中にしてもらおうかな」


 日中ならばスマホですぐに確認できるので、少なくとも朝からグロテスクなものを見なくても済む。


 今回も屋内だった。スーツ姿らしい河合はスーツをはだけさせ、シャツ姿の胸に深々とカッターナイフが刺さっている。見る限り首筋からは大量の血痕が流れていた。


 そして、今回も悠の注文がしっかりとこなされていた。河合はお腹に腕を置いているのだが、手首から先はやや繋がっているものの切れていた。


 どこで殺したのか知らないが、切りきるところまでは出来なかったのか。実行犯からもその旨のメッセージが来ている。まあ、これは余興みたいなものだからそれは別にいい。手首はきちんと切れているし、問題はない。


「今更だけど、よくタダでここまでやってくれるな」


 本当に今更だが、金ももらわず殺人をこなす実行犯は何を目的にしてやっているのだろうか。単に殺人に悦びを覚えているのか。よく分からないが、便利な事には変らない。


 まさか、こうも短期間に結に対する凶悪な虫が湧くとは思わなかった。実に助かる。


 悠はふうと一つ息を吐くと、何事もなかったように結が要していくれているだろう朝食を食べに部屋を出た。



 五月下旬。悠が依頼した殺人は二週間程度はテレビのワイドショーを賑わせた。まさか実行犯が会社のオフィスで殺害しているとは。『OL刺殺事件』といかにもな名前が付けられた殺人事件だが、犯人が一向に捕まりそうにないと分かると次第に報道は減り、芸能人のスキャンダルに報道は移り変わった。


 これでしばらくは平穏な生活が送れると思ったのだが――結のもとでまた問題が起こった。


 ストーカーだ。悠は呆れる思いだった。よくもまあ、この短期間で犯罪者たちを惹き付けられるものだ。


 もちろん、結本人の口から聞いたわけではない。彼女がまた落ち込んだ顔、というか悩ましい顔をしているものだから、幽霊を通して探ったのだ。


 結の周りでは、ここ一週間で持ち物が失くなったり、誰かに見られるような気配が発生していた。被害妄想でもなければ典型的なストーカー被害の感覚と言える。


 霊は悪意の持つ人物を探し――一人の女子生徒に憑いた。


 夜、お風呂に入り終わった直後に戻って来た霊は、悠に殺害にするに充分な情報をくれた。


 ベッドでほかほかの温まった身体を沈ませつつ、悠は女子生徒――明石瀬里奈を殺害することに決めた。


 家に戻った明石の部屋にはおびただしい数の結の写真があるようなのだ。いずれも盗撮で、クローゼットの中には彼女結の物でコレクションしたものが入っている。


 しかも、結と悠の家にやって来るくらいにストーカーしている。結が不安がっているのもあるが、彼女の家にはなぜかロープと手錠までクローゼットの中にあった。


 どう考えても危険としか思えない。今の所思い止められているようだが、このままでは危ない。いつともエスカレートしかねない状況と言える。


「監禁、か。ちゃんと話していれば普通に友人でいられたものを……」


 悠が見つけ、結の害になる可能性になるというものを見つけた以上、明石は結の友人としての青春すら送れなくなる。


 早速ノートPCを立ち上げ、実行犯に連絡する。前置きをなくし、素早く連絡する。


『殺人を依頼します。相手は明石瀬里奈という女子生徒――』


 明石の生活時間など諸々送り、返事はまたすぐにあった。今回は期限付きだ。二週間以内に殺して欲しいと頼んだのだが、問題ない、と返事が来る。


「二週間ならば……。大丈夫なはず」


 明石の様子を探る感じ、急に監禁に行動を移すようには思えない。なにしろ表向きは剣道部の練習に熱心な部活少女といった、真面目な感じだ。監禁するにしても場所は必要だし、そうそう用意は出来ないだろう。


「早くいなくなってくれ」


 悠は会ったこともない害虫に、そう願った。



 実行犯は約束通り二週間――六月の初旬に明石瀬里奈を殺してくれた。今回も朝から実行犯の送って来た写真を見ることになった。


「しまった。言うのを忘れていたなー」


 送られてきた写真を見て、悠は嘆く。朝から見ないように日中に写真を送るように言うのを忘れていた。


 完全にうっかりしていたが、しょうがない。


 写真には机に突っ伏す少女が映っている。横合いからの写真もあり、しっかりと死体が明石であることが分かった。


 そして、明石の死体は注文通りに両耳を切り取られていた。犯罪者の身分で結の声を聞いた代償だ。


「今度こそ、しばらくは平穏になるかな……」


 結の悩ましい表情を思い出す。明石のストーカーに悩まされなくなり、結も晴れやかな顔になるだろう。


 悠は穏やかな未来を願って、二度寝に入った。



 七月上旬、結の周りに、また妙な虫が湧いたことに悠は気付いた。どうも結をストーキング、というか監視しているような人間がいるようなのだ。


 霊が一体、またいなくなったことで異変に気付いた悠は、霊の帰りを待ち――結に悪意を持った人間の情報を手に入れる。


「はは、これは笑える。……最悪じゃないか」


 結の周りを飛び始めた虫の名前は神崎雪。霊の見た情報では、彼女はスマホやPCである人物とのやり取りをこまめにチェックしていた。


 相手は――悠だ。


 まさか、こんな形で実行犯が分かるとは。しかも女性だとは思いもしなかった。


 それにしても、これはよくない。明石瀬里奈の殺人から一箇月が経とうとしているが、その間は平和だった。短期間で殺人を依頼したのがよくなかったのか。


 悠が依頼していないにも関わらず、雪は結を標的にしている。悠には雪が殺人に飢え、結の情報を嗅ぎまわっているとしか思えなかった。


 これは止めなければならない。ここでせっかく終えている結が高校生なるにあたっての準備を――一年という期間を無駄にしたくない。


 ノートPCを立ち上げた悠は、雪に忠告の文を送った。


『「黒須結」を狙うのはやめろ。呪い死ぬぞ』


 返事は来ない。今までのやり取りの感覚からして見ていない訳がない。だとしたら意図的に無視していることになる。


 一日経過しても返事がない場合は、本格的に言うことが利かなくなったと判断した方が良さそうだ。


「無視するのか……」


 悠はギリっと歯ぎしりし、憎々し気にチャット欄を見ていた。


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