第26話「害悪は消すのみ」

 芹沢のふざけた強姦計画の実行日まで三日を切っていた。悠が殺人の依頼をしてからすでに一週間以上が経っているが、まだ彼は死んでいない。芹沢に憑かせている幽霊からは彼がまだ生きている報告を受けている。


 近々殺害する旨の連絡は依頼を受けた人間から入っているが、悠はやきもきする思いだった。


 そんな気分でも体は休息を求めているらしく、ぐっすり寝た翌日。


 強姦計画の実施日、二日前にしてようやく実行犯になった人物から連絡はあった。


 自室のベッドの上、時間を確認するために見たスマホ。そこには実行犯からの連絡が来ていた。


 思わず身体を起こし、実行犯との個別チャットを見る。


 そこには写真のみが貼られていた。


 グロテスクな写真。写真には芹沢健の死体が映っていた。悠の注文通りに口が大きく抉れている。胸には深々とナイフが刺され、その目は死んでいることを如実に示している。殺す場所は特に指定していなかったが、どうやら屋内で殺したようだ。フローリングの床に芹沢は死体となって横たわっていた。


「ふうー……」


 死体の写真を見た悠は、吐き気を催すわけでもなく、ただただ安堵感に包まれていた。


 これで結に害をなすものはいなくなった。当分は大丈夫だろう。いくら人間を惹きつける体質とはいえ、危険人物ばかり周りに来るわけではない。中には悠から見ても好ましい人物だっているのだ。


「これで、準備は出来た……」


 悠のそもそもの目的。高校生になる姉――結の周りに湧くであろう害虫を物理的に排除するための手段を得ること。霊や悠自身を使ってもいいが、何度もとなると、どちらも負担がかかる。それに手段は多い方がいい。


 一年かかったが、ようやく道具を手に入れた。これで虫が湧いても問題なく処理できる。しかし、これは余程の虫でなければ使わない方がいいだろう。


 それこそ犯罪まがいのことを結にしようとしている虫にしか。


 悠は道具がついに手に入った達成感に浸った。



 ゴールデンウィーク明けの登校日、その日の夕方。


 いつものように先に悠が学校から帰宅し、結が夜間際に部活を終え帰ってきたのだが――


「……姉さん、大丈夫?」


「え? ええ、大丈夫よ。……ちょっと慣れないことがあっただけだから」


 悠はリビングで宿題を片付け、悠々としている中、リビングに現れた結はどこか浮かない顔だった。なにかよくないことがあったのは丸分かりだった。


 結に憑けている幽霊は決して万能ではない。命の危機に迫るようなことがあれば、一回程度は防げるようにはしている。しかし、悪口を言われたなど精神的な害まではどうしようもない。かといって、複数体の幽霊を憑けるとさすがに結にバレるため、二体が限度だった。


 だから、何か命の危険がない程度の悪いことがあった時には、こうして家に帰ったあとにしか確認できない。


 結の背後、背中にぴったりと憑いている黒い靄のよう存在。結が冷蔵庫からお茶を取り出し、コップでぐびぐびと飲み干す。


 悠は自室に戻ることにした。


 自室に入り、結に憑かせている霊を呼び戻す。少しすると、ふわふわと浮いている靄の様な黒いものが悠の部屋に入って来た。


「一体、誰があんな顔をさせているのか絶対に突き止める」


 結は自身の失敗などで暗い顔をするような人間じゃない。他人からの害によってのみ気分が落ち込む時がある。悠にしてみれば非常に分かりやすくて助かった。今と方法は違えど似たようなことがあれば、結を傷つけた人間をその度に排除してきた。


 霊からは悠自身に憑依してもらうことで、霊の体験したことが一気に分かるようになる。時間は圧縮され、一気に理解できるのだ。


 呼び戻された霊はいつものように悠の胸の中にすーっと入っていった。特に意味はないが、悠は目を瞑り意識を集中させる。


 結の背後に憑いていた霊の体験が一気に悠の中に流れ込む。音と映像、結が何を聞いて、何を見たのか。


 数秒後、夕暮れの静かな室内で悠はぎりと歯ぎしりをする思いだった。


「またか……」


 今日の登校時、結は痴漢を受けているようだった。しかも相手は女性。


「バレないと思っているのなら、大間違いだ」


 結は痴漢の相手が女性であることに戸惑っている様子だった。それをいいことに痴漢した女性はおおいに楽しんだようだ。


 降りる駅でもないのに結はたまらず駅を降り、痴漢はそこで終わっていた。


 結に霊を憑けさせている二体の霊。なぜ、二体なのか。それはこういう事態のためでもあった。命の危険までもないが、結が精神的に嫌がったことがあった場合、霊は悪意を持って結に接した人物に憑くようにしてある。


 霊はその人物の家の住所を突き止め次第戻ってくるように命令してあった。


「一体いないとは思ったけど……。これは殺すべきだな」


 毎日同じ痴漢と同じ時間帯かは分からない。たまたま結の登校時間と被り、痴漢は目を付けたのかもしれない。だが、一度やった時点でアウトだ。人権などない。


 悠は霊の帰りを首を長くして待ち続けた。



 霊は夜遅く、悠が夕飯とお風呂を済ませ、寝る前になって戻って来た。社会人のようだったし、残業でもしていたのかもしれない。


 眠気の限界がくる日付を跨ぐ時間まで待とうと思っていた悠は、部屋に入って来た黒い靄を見て、溜息を吐いた。


「やっと戻って来た」


 逸る気持ちを抑え、靄が自分の中に入るのを待つ。結に憑けていた幽霊と同様にすっと幽霊は悠の胸の中に入った。


 目まぐるしく入って来る情報。それを頭の中で整理しながら、悠は痴漢行為をした相手を殺すのに充分な情報を手に入れた。


 部屋にあるノートPCを手繰りよせ、ベッドに座る。


 ノートPCを立ち上げた悠は早速、芹沢を如才なく殺害した実行犯に連絡を取った。


『お久しぶりです。今回も殺人をお願いします。相手は河合咲季という女性になります――』


 結に痴漢行為を行った人物は河合咲季という『荒井商事株式会社』に勤める女性会社員。罪状は痴漢。犯行日である今日の日付まで書き、殺しを依頼する。


 すると、すぐに返事があり、しかも一週間以内には殺害できるらしい。なんて頼もしい。悠は殺人鬼の相手ながら感謝する思いだった。


「姉さんを傷つけたんだ。それなりの痛みがないと釣り合わないよね?」


 悠は不敵に微笑み、一人声を漏らして笑った。


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