第4章「憂う弟」
第25話「危なっかしい姉」
黒須悠、小学六年生。彼には三歳上の歳の離れた姉がいる。彼女の名前は黒須結と言い――悠から見れば異様に人を惹き付ける人間だった。
姉である結は悠のことをなにかと心配してくれている。それは、彼女が中学生という以外に、除霊師という霊を祓う仕事をしているからでもある。加えて結が妙な特異体質であるように、悠の身体もなにかとおかしいからでもあった。
悠は結が生きている人間を惹き付けるのとは真逆に死んでいる人間――すなわち幽霊を惹き付ける。簡単に言えば惚れこまれやすい。
生きている時からそうなので、悠は小学生にして悪霊に関する対処方法を知っているし出来る。さらに言えば呼び出し、他の人間に擦り付けることだってできる。
だと言うのに、結はいつまで経っても悠を危ないものから守ろうと必死になるのだ。悠からしてみれば生きている人間の方が危険なのだから、結こそ身の回りに気をつけて欲しいのだが、当の本人はのんびりしている。
だからこそ、悠は心配だった。小学五年生になった春。結は中学二年生に上がっている。再来年には結は高校生になる。
小中高一貫校で同じ学園とは言え、高校生になれば余計な虫がつきかねない。これは中学生になった時も同じだが、幸い年齢が幼かったせいか、そういったのは皆無といってよかった。人気はあるものの犯罪にまでは至らない。平和そのものだ。ちょこちょこ怪しいものがあるものの、すぐに悠が処理できるものではあった。
だが、高校生になれば体格の男女で明確に差が付き、考えにも差がはっきりと出る。それはきっと中学生よりも色濃くでる。
だから、準備しなければならない。結を守るために、ありとあらゆる手段を使って虫を排除する方法が必須だ。
ただでさえ学年が上がるごとに結の人間への惹き付け具合は増してきている。男女問わず今の所害はないが変なのが湧いているのに彼女は気付いているのだろうか?
小学校の始業式が終わった夜、悠は嘆息し、決意する。
幼い手をぐっと握り、鋭く目を怒らせる。
調べ、虫を排除する。
「姉さん」
悠は一人、姉を呼んだ。
◆
姉である結を調べるのはそう難しいことではなかった。盗聴も盗撮も小学生である悠であっても、すぐに出来る。相手は身内であり――バレてても何も言ってこなかった。むしろ、楽しんでいる。あまりの呑気さに悠は雪に「危ないよ」と直接行ったほどだ。軽く流されてしまったが。
準備はいくつか必要だ。なによりも一番必要なのは人手。調べるのは悠自身でいくらでも出来る。
しかし、処理を実行しようとするといくつか問題が生じる場合が多い。そもそも体格的に厳しかったり、行けない場所だったり。相手にはなから話が通じず、本気と受け取ってもらえなかったり。その逆でメリットのある場合もあるが、基本的には不利に働く。悠はそれを過去の経験で知っていた。
だから人手。悠の実行役となる人物が欲しかった。
こちらは中々上手く行かなかった。悠の求めるハードルが高いのもある。なにしろ、殺人まで行える人物を探しているのだから。
結局ネットで探し――良さそうな人物からの連絡があったのは五年生になった四月も中旬に差し掛かっていた。
夜、寝室のベッドでノートPCを手に、悠のネットで募集した依頼に引っ掛かった人物からの連絡を見ていく。
ネットの依頼は簡素なものだ。
『居空き依頼。情報を渡す代わりに居空きをお願いします。報酬は居空きで得たものになります。』
一見してネタなのか分かり辛いが事実なのだからしょうがない。だが、返事はきた。それも沢山。そのほとんどがおふざけか狂人なのだが、数件はまともだ。その中から丁寧なものを選ぶ。
『初めまして。興味を持ちました。ぜひともこちらの依頼を受けたいのですが、情報をいただけますでしょうか?』
「半信半疑ってところかな……」
情報を確認しようとするあたり、まだまだ確信にはいたっていない。もし本当ならやってみようか。そんな感じだろうか。
悠はすぐに返事をした。詳細な「居空き」出来る物件の情報を添えて。
「居空き」できそうな物件は悠が自力で調べ上げた。といっても、悠が幽霊に直接聞いただけだ。空き巣や居空きをしていたという幽霊を呼び出し、そいつに家の中も偵察させ情報をもらう。
詳細なのも当然だ。幽霊が実際に家の中に入って見たものを伝えているのだから。
相手からの返事はすぐにきた。それは悠の依頼に乗るという返事だった。
◆
悠はネット依頼で応募したものに、一、二箇月に一度「居空き」を依頼した。初めは老夫婦の家から始め、数件結にまとわりつく虫の家を混ぜる。結に近付けば近付くほどに虫の家には盗みとしてが起きるのだ。それに加えて悠自身も幽霊を使って怪現象を起こす。
相変わらず結はのほほんとしているが、確実に虫の発生件数は上がっていた。
依頼を受ける相手は複数人いたが、徐々に数は減っていった。ある者は捕まり、ある者は依頼のことを口から滑らそうとして悠に呪い殺された。
居空きの依頼と言う名の、殺人実行のための審査は順調に進み――結を守るための準備から一年近くが経っていた。
季節は巡り、春間近。三月の中旬。
悠は夜の暗い自室のベッドで震えていた。ベッドに腰掛け、握っている両手は白くなっている。
「ぶっ殺してやる……」
子供とは思えない低い声で怨嗟の声を上げる。相手は芹沢健。結と同じ美術部で一年先輩にあたる男。
調べたところ芹沢はかなりモテるらしい。悠から見ても爽やかなイケメンといった様子だが中身までそうとは限らない。
結には悠が呼び出した守護霊を複数体付けている。本来ならば除霊師でもある彼女に除霊されてもおかしくはない。だが、その手の力としては悠の方が上だった。結は除霊は出来るが悠ほど感覚はするどくない。
従って悠が守護霊に隠れた状態で護ってもらうように伝えれば結にはバレなかった。おかげで霊越しに盗聴も盗撮も出来ているのだが――
つい先日、結と悠の学校では卒業式が行われた。そこで芹沢が卒業し――結に告白した。だが、結はそれを断った。
告白自体腹が立つ行為だと言うのに、芹沢はさらに罪を犯そうとしている。
元来、結は人間を惹き付けるがそこにはおかしな人間も含む。芹沢はそのおかしな方だった。告白するような人間には一定期間、霊を憑かせ監視している。
芹沢という男は、どうやら結を誘拐し、強姦する計画を練っているようなのだ。彼に憑けていた霊が懇切丁寧に教えてくれた。
振られた腹いせに強姦とは人間が腐っているとしか思えない。まだ計画段階であり、悠は芹沢を殺害することを決めた。
悠はノートPCを取り出し、立ち上げる。
現在手駒は一つ。一年間危なげなく「居空き」をこなした人間。こいつなら殺人もしてくれるはずだ。しないならば、誰なのか突き止め幽霊を使用して強制的にさせればいい。だが、自発的に行った方が手間は少ない上に、確実性は増す。
『今回の依頼は今までと異なります。端的に言えば人を殺して欲しいのです。』
悠は怒りに震えるまま、相手にチャットを送る。
『今までの「居空き」や「空き巣」とは異なりますので、躊躇する場合には必ずその旨を返信願います。依頼を受ける場合にも同様です。』
果たして返信はすぐに来た。
『その依頼、お受けします。詳細を』
ごく短文。だが、悠はニヤリと笑った。芹沢の殺害をこなしてくれれば、似たようなことがあってもやりやすい。一度超えてしまった一線は容易く戻れない。おまけに殺しへのハードルが下がる。
悠はすぐに返信を行う。対象に関する情報を幽霊から聞いた通りに。加えて許されざる罪状を含めて。
罪がある人間を殺害する方が、幾分かやりやすいだろう。
『罪状、後輩女子生徒への強姦未遂。現在、芹沢が進めている強姦計画は手回しが済んで実行日に備えている段階であり、実行日までに殺されたし。実行日と目される日は三月二十八日』
次いで、顔写真を送る。幽霊に頼めばこのくらいのことは出来る。彼らは悠の手足のなのだ。
……顔を見ていると尚更に腹が立ってきた。
「絶対に殺してやる」
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