第19話「告発幽霊」

 久々の飲み会。会社オフィスで河合咲季が殺される事件が発生以後、自粛モードだった飲み会だが、二箇月近く経ちそれも無くなり始めていた。


 雪への誘いも幾分か元の状態に戻りつつある。基本的に部署外の個人的な飲み会は断っているが、今回はその部署内のものであった。しかも綺麗な先輩と二人きり。先輩がなんとなく雪を心配してくれているのは分かった。咲季と距離が決して遠かったわけではないことを、雪の身の回りの人物は知っている。


 先輩もその一人だった。


 高いバーなどにはいかず、二人でも安く済みそうな居酒屋で飲む。雑多な居酒屋には仕事帰りに直で来たというのに、すでに出来上がっているサラリーマンらしき者が何人かいた。


 席に座り、注文を済ませ、ビールジョッキがくる。しばらくは雑談に興じ、雪のビールが二杯目に入ったところで先輩は咲季のことを話し始めた。


 仕事中はきりっとしている先輩も、居酒屋ではそうではない。美人な顔を緩ませ、飲み食いを楽しんでいる。


「――本当、雪ちゃんが落ち込んでいなさそうで安心したわー」


 飲み屋の仕切りもない座卓で、先輩は豪快な飲みっぷりを見せる。タンと、置かれたビールジョッキは飲む前に比べ半分は減っている。本当によく飲む。酒は嫌いではないが、酔えるわけでもないので、好きでもない。いつも適度に周りに合わせている。沢山飲んでも、少なくとも目立ってしまうのは面倒だ。


「先輩、その言い方だと、まるで私が薄情者みたいじゃないですか?」


「そうじゃなわいよ。こう言っちゃなんだけど、死人は戻ってこないからね。落ち込んで変になっちゃうやつがいるのよ。ましてや、あんな死に方だしね」


 ぐびっとビールを飲んで先輩は続ける。頬がやや赤くなっていた。耳も赤くなれば先輩が完全に酔った証拠だ。


「うちの部署で雪ちゃんにいなくなられると困るのよ。男共は士気が下がるし、女共はギスギスする。あっ、もちろん雪ちゃん自身のことも心配してるわよ」


「……そうですかね。私がいなくても充分に回る思いますけど」


「そうね、と言いたいところだけど、大変なのよ。これが」


 先輩はテーブルに並べられた鳥串をガツガツと食べる。先輩と一緒にいるとなんでも美味しそうに見えてくる。部署内への不満は軽く流しておく。下手に同調すると長くなる。


「まあ、私は大丈夫ですよ。ぴんぴんしてます。もちろん咲季ちゃんのことは悲しいですけど……。日々の生活で手一杯です」


 主に手一杯なのは結のことを調べているせいだが、間違いではない。


 じっと、先輩が雪の目を見る。何かを確かめたようで、またビールを飲んだ。


「うん、大丈夫そうだね……。しかし、経理部のあの子があんな死に方をするなんてねー。可愛い子だったのに……」


「狙ってたんですか、先輩」


「ちょっとだけね……。殺人鬼に殺されるとは、運がないというか、ある意味で強運というか……」


 やや酔っぱらった様子で先輩は咲季ちゃんのことを語る。目の前に殺した張本人が居るとは思ってもいないようだ。


「殺人鬼なんて怖いですよねー」


「ええ。……そうだ、雪ちゃん。『告発幽霊』って知ってる?」


「なんですか、それ?」


 雪は本当に知らなかった。脈絡の無さに、先輩が酔い始めていると感じた。


「最近投稿された動画なんだけどね――なんかバズりはじめているのよね。あんな不気味な動画、みんな怖くないのかしら」


「動画、ですか?」


「そうよ、動画。内容は見た方が早いけど……見てみる?」


「気になりますね。殺人鬼に何か関係があるんですか?」


「動画の中でね、ちょっとだけ言ってるの」


 先輩はスマホを取り出し、テーブルの上の料理皿を寄せてスペースを作る。スマホを操作し、横に向けるとテーブルの上に置いた。


 雪は驚いた。サムネに映っている男は――雪が依頼主の依頼で殺害した芹沢健だったのだ。見間違いようがない。雪が殺したあとのまんまだ。口が剥き出しになり、持っているはずのナイフが刺さっている。どこか暗い場所にいるようだった。


 有り得ない。確実に殺した。肉の感触も覚えている。


 雪は思考をぐるぐると回しながら、表面上は冷静を装った。


「なんですか、これ?」


「幽霊が殺人鬼を告発している動画よ」


 先輩が動画を再生する。だが、周りの雑踏が煩すぎて聞こえてこない。


「……先輩、聞こえないんですけど」


「えー、うーん。そうね、イヤホンしようかしら」


 先輩は鞄からワイヤレスイヤホンを取り出し、片方を雪に渡す。


「はい、これで聞こえるでしょ」


「はい」


 イヤホンを耳に装着すると、先輩がシークバーを最初まで戻す。無言で先輩が動画を再生した。


 にわかには信じられない動画だった。しかし、現実として目の間にある。合成やCGのようにも見えない。だが、生きてるようにも見えなかった。


 動画が進み、動画内で日付が示される。日付は七月二十二日、午前三時十二分。つい昨日だ。


 動画の内容は死んだはずの芹沢が自分を殺した殺人鬼が新たな標的を狙っている。殺人鬼がまだ狙うようであれば、呪い殺すというものだった。


 雪には心当たりがあり過ぎる内容だった。殺人鬼は自分、新たな標的とは黒須結のことだろう。依頼主以外にはバレていないはずなのに、一体なぜ。それにこの芹沢健は本物なのか?


 ……普通に考えれば雪が結を新たな殺人の標的にしていることが、依頼主以外にもバレているとは考えにくい。そもそも、依頼主にさえ、どうやって把握されたのか分からないのだ。頭の中身が垂れ流されているわけでもないのに、さらに、というのはおかしい。


 ならば――この動画を撮ったのは依頼主か。動画の内容と依頼主が言っている内容は同じだ。


 この筋ならば納得がいく。そして、だからといってやめるつもりはない。死んだはずの人間を動画に映し出す――どうやっているのかは不明だが、面白くなっていることだけは確かだった。


 雪は、騒がしい居酒屋で一人上機嫌になる。


 こんなにワクワクしたのはいつ振りだろうか――これから先のことに雪は期待で胸を膨らませた。


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