第18話「一目惚れ」
今回の依頼は耳だった。明石の切り取った耳を机の上にそっと置く。教室内には血の匂いが充満していた。
明日からこの教室は使えないだろう。教室で生徒が死亡となるとマスコミも騒がしくなりそうだ。一、二箇月は殺人を行えなくなる。
「ああ、そうだ。忘れない内に」
雪の殺人マーク。手探りで机に突っ伏している雪の衣服をまさぐり、胸のあたりを確認する。雪はそこに血塗られたナイフを突き刺した。
シャツを破り、肉を裂く。
しっかり刺し切ったところで、ナイフを抜いた。ナイフには新しい血がぬらぬらと光っている。
外はすっかり暗くなっている。夕陽の代わりに月光が暗い教室を照らしている。
「ふー、終わったわね」
これまでと同じように死体と切り取った身体の一部を写真に撮る。
今回は潜入するという過程があったおかげで、これまでにない刺激だった。ゲームはクリア。あとは帰宅するのみだ。
「ナイフ、洗わなきゃ」
もはや相棒と言ってもいい折り畳みナイフ。
雪はそれを眺めながら、楽しそうに笑った。
◆
雪の予想通り、私立の学園の中で起こった殺人事件は大層世間もネットも騒がせた。あれこれと推理を立て、騒がせたのち――芸能人のスキャンダルで下火になった。
警察はいまだ雪の所には来ていない。接点もなにもないのだから、ある意味で当たり前かもしれない。校内の監視カメラを避けて教室に行くのは不可能だったので、雪のマスク姿はしっかり映ってるはずだが、辿り着かないようだ。
凶器の折り畳みナイフも雪が持ったまま。
世間が落ち着くまでは何もしないのがいいのは分かっていたので大人しくしていたが――そろそろ頃合いだろう。
明石の殺人以来、依頼主からの依頼は来ていない。二箇月は経った今、そろそろ何か新しい依頼がきそうなものだが――六月下旬になっても依頼連絡はなかった。
雪はまた退屈し始めていた。ここ一年、依頼で退屈になることがなかったので久々の感覚。喉が渇き、水を求めているような、そんな感じ。
しかし、雪から連絡して依頼がもらえるようなものでもない。以前連絡して何もなかったことがあったので、それは分かっていた。とすると、ひたすらに待つしかないのだが、飽きてしまった。
七月の上旬、雪は気分転換にと一人で温泉に入りに行くことにした。とにかく、外に出て刺激が欲しい。プラスして身体を休める。それもありだなと思ったのだ。
しかし、遠くまで行くのもと思い、近場の電車で行ける範囲にした。
日帰り温泉。そんなものはいつ振りだろうかと思いながら、雪は生きの電車に乗り込んだ。
休日、日中の電車はそれなりに混んでいた。しかし、まだまだ乗れる方ではある。悠々と座席に座り電車に揺られていると、見たことのある制服姿の学生三人が乗り込んできた。
これから部活にいくのだろうか、乗り込んできたのは雪が殺した明石と同じ学園の制服だった。乗り込む人間が増え、三人の内一人が雪の前に立つ――
雪の目は目の間の女子学生に釘付けになった。
雪は生まれて初めて〝惹かれる〟というのを実感する。客観的な自分が目の前に立ったに女子学生に惹かれていることを自覚させる。
両サイド分けの黒髪。濡羽色の美しい髪だ。中性的な顔立ちをしている彼女は他二人の学生と比べて身長が高く、手が大きい。まるでモデルの様なスレンダーな体型。美しく、それでいて凛とした雰囲気がある。ぱちぱちと長いまつ毛に彩られた瞳が他二人の学生へ向いていた。
吸い寄せられるような感覚がある。見ているだけで好ましく思ってしまいそうな笑顔。
あまりにじっと見ていることに気付き、雪は目を伏せた。
もはや、温泉にいくどころではなかった。
見つけたのだ。新しい興味の惹かれるものを、獲物を。
雪は平気な顔をして、内心で想像した。
彼女は一体どういう風に死ぬのだろうか。死んだ後の同じように美しいのだろうか。この端正な顔を崩し、泣き叫ぶのだろうか。痛みにどんな反応をするのか。知りたい。
乾ききっていた場所にみるみる水が注がれていく。同時にそのあまりの水に溺れそうになる。しかし、水の苦しさでさえ、雪には幸福だった。
ハッと気付くと電車は駅に到着し、他の学生とともに彼女が出て行こうとしている。
雪は追いかけることに決める。温泉はいつでも入れる。しかし、彼女はここで逃がしてしまっては、次に見掛けるのはいつになるか分からない。もしかしたら、もう一生出会う事ができない可能性だってある。
知りたい。雪は見知らぬ女子学生を追いかけた。
◆
女子学生のことを調べ上げるのはそう難しいことではなかったがそれなりに時間はかかった。初めて電車で見掛けた日に家まで尾行し、住所を突き止めた。あとは家を車で張り込みし、学校を特定。学校は予想通り殺した明石同様だった。さらに家族構成。張り込んだ結果では父親と母親、さらに弟がいる。それ以上のことはまだ分かっていない。
表札と尾行で会話を聞き、名前も分かっている――黒須結。それが彼女の名前だった。
SNSも探し当てたが、あまり当てにはなりそうになかった。そもそもそんな投稿するタイプではないらしく、ほとんど情報がない。
雪は悩んでいた。結を殺害したい気持ちもあるが、彼女と話したい欲求もある。それに情報もすくない。今回は依頼主からの殺害ではないため、どうしても情報不足が否めない。
話して友人にでもなれば、自ずと情報は入る。殺す隙も見つかる――。さて、どうやって結に接触しようか。
調査やら接触方法を考えているうちに季節は夏になっていた。七月も中旬、雪がいつ通り残業なしに帰った自宅。
これまたいつものように依頼主からの連絡を確認したのだが――
「これは……、どういうことかしら?」
依頼主からの連絡は依頼ではなかった。警告だ。
『「黒須結」を狙うのはやめろ。呪い死ぬぞ』
たった一言、それだけ。脅すにしてももう少しましな文言があると思うのだが、それ以外には何もなかった。
「なぜなのかしら?」
忠告を受けたところで最終的に結を殺すことは雪の中では決定事項だ。決して覆ることはない。気になったのは、依頼主がどうやって雪が結のことを調べることを知ったのかだった。それも殺す目的でというものまで。何かにメモしているわけでもない、誰かに話したわけでもない。頭の中にあるだけの計画をどうやって知ったのか。
雪は恐ろしくも――興味を抱いた。がぜん結を殺すことにやる気が出てくる。なにしろスリルが高まる。依頼主がどんな人物なのかは知らないが、普通ではないことは確かなのだ。透明人間にでもなって直接聞かないと分からないようなことまで、依頼内容に入っていたりしたのだから。
これは絶対に殺したい。
雪はさらに結を調べることを決めた。
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