第30話「姉さんは心配性」
結からの何度目かのノックが部屋に響く。とりあえず部屋に入らないようにしないと。なんで、そんなに部屋に入りたがるのか。
扉の前まで行くと、結の声が聞こえてくる。
「悠ちゃーん、本当にダメー?」
「ダメったら、ダメ。大体、なんでそんなに入りたがるの?」
「そ、それはー。……ちゃんとお話ししたいから?」
「お話しならリビングか姉さんの部屋ですればいいじゃん」
「そうだけどー……」
かなり不服そうな声が聞こえてくる。だが今入られては困る。早く折れて欲しい。
「分かった。姉さん、部屋に入らないからせめて出てきて。姉さんの部屋で話そ」
「……リビングがいい」
「うんうん、じゃあリビングで」
やっと折れてくれた。悠は結に部屋に入られないようにゆっくりと部屋から出た。
すると部屋を出た瞬間に結に抱き付かれる。
「つかまえたー。もう、なんで入れてくれないのよー」
「姉さん、苦しい」
まさか中に正真正銘の殺人鬼がいて、結を狙っているのだとは言えない。
なるべく早くここから一階に移動させないと。
「お話するんでしょ。早くリビング行こう」
「お姉ちゃんに話してくれないのー?」
「姉さんには秘密。……ほら、早く」
結がピクリとも動かない。早く神崎から離したいというのに。
わずかに緩んでいる抱きつきから離れ、彼女の顔を見るとなにやらショックを受けているようだった。
悠は早く移動させるべく声を掛ける。彼女の頬を挟んで呼び戻す。
「姉さん、お話はー? しないなら、僕もう寝るよ?」
「あ、ダメ。ちゃんとお話しするから」
悠の呼び掛けで結はようやく戻ってくる。一体何にショックを受けていたのだろう。
頭に疑問符が浮かぶものの、結が一階に降りようとしているので悠はほっとした。これで、あとは神崎が勝手に逃げてくれるだろう。
二人で一階に降り、真っ暗なリビングに入る。結がリビングの照明を点け、リビング中央にあるソファーに座り、その間に悠が座った。
こうやって座らないと結の機嫌が損ねるのでしょうがない。悠も悪い気はしないが、いつまでもこういう扱いをされるのは悠としても不服ではある。いつかは言わないといけない。
「それで、話ってなに?」
「んーとね――」
結は悠が作った『告発動画』の話をし始めた。さすがに芹沢が出ていたことで学校でも話題になったらしい。同じ部活の先輩があんな動画に出ていれば、噂くらいにはなるのか。しかも動画自体はいつでも見れるのだから。
結は話を続け、芹沢の幽霊が悠を傷つける可能性があるので注意して欲しいというものだった。
そんな動画に出ただけの幽霊に対して気をつけろ、というのはいささか過保護すぎる。
……幽霊ならつい最近会ったばかりだし、その芹沢の霊が恨んでいる殺人鬼――神崎は二階にいる。
今の状況をきちんと結が知ったら発狂するんじゃないだろうか。悠には結こそ守る対象といえた。なにしろ本人の気付かない範囲で彼女を危険に誘うものを惹き付け過ぎる。
一通り話し終えたらしい結に、悠は溜息で返事した。
「姉さん心配しすぎ。そんな遭遇するかどうかも分からない悪霊にどう注意すればいいの? どこにいるのかも分からないんでしょ?」
「場所は芹沢先輩の家だけど――」
「どこかは知ってるの?」
「ううん。それはこれから調べるつもり。というか返事待ちかな。芹沢先輩の元カノが私の友人の友人だから」
「……じゃあ、その場所に行かなければいいんでしょ? 地縛霊かは分からないけど」
「まあ、そうだけど……。お姉ちゃんは心配なの」
悠には結の方が心配だった。『幽霊告発』の動画を知ったせいで変に首を突っ込みそうだ。嫌な予感しかない。いや、すでに巻き込まれてはいるか。神崎の対象は結なのだから。
「心配は嬉しいけど……、余計なことに首を突っ込んじゃダメだからね」
「余計なことには、首は突っ込まないよ」
「……本当かなあ」
実に怪しい。悠が顔を上げ結を見ると、彼女は視線を逸らした。
「危ないことはしないでね」
「悠ちゃんが隠し事しないなら」
「なにそれ。僕、隠し事なんかしてない」
「だって、部屋に入れてくれなかったじゃん」
「まだそれ言うの? 別に何もないけど……、姉さん気軽に僕の部屋に入り過ぎ。これからは、入る時は一言いってね」
「えー……」
「じゃないと姉さんの部屋に僕が勝手に入るよ」
「……それはダメ」
「じゃあ、僕もダメだよ」
昔から思っていたのだが、結は何か隠しているような気がしてならない。部屋になにかあるのだろうか。
「姉さんは、なんで僕を部屋に入れてくれないの?」
「理由はないけど、ダメなの」
「やっぱり僕と同じじゃん」
悠は結を追及したが何も成果は得られなかった。
しばらくして、結は「とにかくダメなものはダメなのっ」と自分の発言を棚に上げて、逃げるように部屋に戻ろうとする。
まだ神崎がいる可能性があるので、結を宥めつつ悠は一緒に二階に上がる。
結は何も反応しない。いくら結が霊感に鈍い方だからといって、芹沢たちくらいの霊に同じ部屋に入れば反応するはず。しかし、悠が自身の部屋に入る振りをして、結が中に入るのを確認したが、特に何も起きなかった。
どうやらやっと帰ったらしい。
自室に入り、ベッドに座るとまた明石がやってきた。
「……今度はなんだ?」
『神崎なら帰ったわよ。ただ……、あんたと結の部屋を漁ってたわよ。何も持ち帰ってなかったけど』
今日は殺人の下見だったのだろうか。殺しもせず、盗みもしないとなるとそれくらいしか考えられない。
『ねえ、聞きたいんだけど』
「なに?」
『結の部屋に錫杖とお札、あと、いや、これはいいわ。とにかく、あの錫杖はなに? お札も』
「僕たちの家は代々除霊師の家系なんだよ。霊を祓う仕事をしている。それには姉さんも手伝っている。錫杖とお札は仕事道具ってだけ」
『なによ、それ。私そんなの……』
知るわけがない。科学が発展したせいで、まだまだオカルト的なことに対して抵抗があるこの日本で馬鹿正直にいう奴はいない。頭がおかしいと思われるのがオチだ。
「誰にだって秘密はあるでしょ。君が姉さんのこと好きなように」
『……まあ、そうね。戻るわ』
なにやら意気消沈して、明石の幽霊は部屋から出て行った。
それにしても情報収集のために家に潜入してくるとは。ある意味殺人よりも予想外だ。こんなことをするということは結を殺害することを諦めていないのだろう。
「次の動画が必要かな……」
悠はいかに結を止めるか、頭を巡らせた。
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