第6話「告発動画」

 女性の名前は神崎雪かんざきゆきと言った。


 結の直感に反して、雪は女性らしく結でも危うく惚れこんでしまそうな人間だった。


 気付けば、結の夏休みの終盤ほとんどの時間を雪と過ごすようになっていた。最初こそ、悠を誑かす可能性のある危険人物と尾行までしてしまっていたが――カフェで話し、意気投合し、最終的には連絡先を交換していた。


 結にとって雪は変質者から憧れの女性へと変貌した。数度の食事やショッピングなどを経て、結はすっかり雪に心を許すようになっていた。


 最初は嫌な印象しか受けなかった蠱惑的な瞳も雪の魅力の一つになり、結にとっての大人っぽい女性をイメージする象徴になった。さらに彼女から聞く恋愛遍歴はおおいに結の心を刺激し――ますます結の中で雪の存在が大きくなった。


 そんな結の世界が広がった夏休みも残り二日の曇天日。台風の季節が近付く中、雪は結の家に遊びに来た。


 結と悠の住む家にチャイムが鳴り響く。


 リビングから玄関に向かう。悠は雪が来ることを話すと、部屋に引っ込んでしまった。そのことに密かに安堵を覚えつつも、結としては少々残念な気持ちもあった。仲が良い人間にはぜひとも悠の良さを分かってもらいたい。もっとも、本当に気に入られても困るので必ず牽制はするのだが。


 家の玄関――真っ白い扉を開けると、雪はいつものようににっこりと笑った。背後は曇天で強い風が吹いている。


 結は雪を手招きし、家の中に招き入れる。


「いらっしゃい」


「お邪魔するね」


 バタン、と結は玄関扉を閉じた。


「これケーキ買ってきたの。一緒に食べましょ」


「わあ、本当? あ、これって……」


「そうよ。前に結ちゃんが言ってたやつ。私も食べてみたかったし、ちょうどいいかもと思って」


「雪さん、最高っ」


 結は雪に抱き付いた。女性でもドギマギしそうな匂いと身体つきに、思わずすぐに離れてしまう。


「上がってもいい?」


「もちろん。私の部屋に来て」


 雪を連れて結は二階の自室に向かう。


「今日、悠くんは?」


「雪さんが来るって言ったら自分の部屋に閉じこもちゃった」


「そう、……何か嫌われるようなことしたかしら?」


 トントンと階段を上っていく。階段の先、目の前は結の部屋だ。隣が悠の部屋だった。


「えー、違うよー。悠が勝手に苦手に思ってるだけ。いつものことだから気にしなくても大丈夫。雪さんが話したときも、あまり話したがる感じじゃなかったでしょ?」


「……そうね、そうだったかもしれないわ」


 部屋の扉を開け、白いカーペットの上の丸いローテーブルのそばに雪を座らせる。


 結の部屋は簡素なものだった。ベッドが一つ、長年使っていそうな勉強机が一つ、クローゼットが一つ。あとはローテーブルくらい。悠や除霊師に関わることは全部クローゼットの中だ。


 昨日、雪が来るのに合わせて結は部屋の清掃を行っていた。そのせいで、クローゼットの中はやや苦しい状態になっている。


「綺麗にしてるわね、結ちゃん」


「綺麗にしたんですよー。普段からこんなんじゃないです」


「そう? そうは見えないけどねー」


「そう思ってもらえるなら掃除した甲斐がありますね。……飲み物持ってきますね。あとフォークとか。お茶くらいしかないんですけど」


「うん、ありがとう」


 雪を部屋に残し、結は一階に降りた。



 部屋に戻ってくると、雪はなにかの動画を見ていた。


「何見てるの、雪さん」


「ちょっとね……。『幽霊告発』って聞いたことある? ここ一箇月の間で有名になっていると思うんだけど……」


 結はすっかり忘れていたことを思い出した。悠と雪さんが一緒にいる話や写真を見てから、完全に悪霊のことがどこかにいっていた。


 雪さんのことも誤解だったし、また調べてもいいかも。


 テーブルにお盆に載せて持ってきた紙皿とフォーク、ペットボトルのお茶を並べながら、結は思案し、話した。


「うん。聞いたことあるよ。言っていいの分からないけど、一番最初の動画――あれに出てた男の人、私の知り合いなんだ」


「そうなの? ……ええっと」


 雪は困ったように結を見る。結は慌てて弁明する。


「あっ、気にしないで。本当にただの知り合いなの。ほとんど喋ったこともないんだけど……、美術部の先輩でびっくりしちゃったってだけだから」


「そうなのね。……実はね、二番目に投稿された女性――あの人、私と同じ会社なの」


「ええっ」


 雪は眉根を下げ、心底困ったように語る。


「もう大変だったわよ。動画が投稿されてから、毎日仕事と関係ない電話鳴りやまないし、社内で動画を投稿した犯人捜しは始まるし……」


「そうだったんですね……。私の所はそんなの無かったなー」


「学校だからねー。先生方は大変だったかもね」


 まさか似たような境遇の人物がいるとは思いもしなかった。


 結はふと思う。結局あの動画の目的は達せているのだろうか。幽霊たちは殺人鬼を脅しているという。それは二回とも同じはずだった。


 雪と同じ会社であることを聞き、結は会社に入れないだろうかと考える。動画の一つは明らかに社内で撮影されていた。霊がそこにいる可能性はある。いなくてもなにかの取っ掛かりになる可能性はあった。だが、雪にそんなことを頼める勇気は結にはまだなかった。


 結は少しだけ沈黙が降りてしまった場で、お茶を持ってきたコップに二人分注ぐ。


 雪はまだ『幽霊告発』の話をする。


「――今度は第三弾が投稿されたようなのよね。二番目の動画があったからつい気になちゃって。それでつい見ちゃってたのよね。今日、投稿されたばかりみたい」


「また動画が出たんですか?」


 コップにお茶を注ぎ終わると、「ありがとう」と言って、雪はコクコクとお茶を飲んだ。つられて結もコップに口をつける。


「そうなの。今度も女性だったんだけど――一緒に見る? 私も途中までしか見てなくて」


「え? でも……」


 複雑な気分だった。せっかく家に呼べたというのに、恋バナの一つもせず、いきなり幽霊に関する動画を見るのは花がなさ過ぎた。


 だが、雪の様子はいつになくウキウキとしている。普段は見せない子供のような態度に結は心が動かされた。


「――じゃあ、一緒に見る」


 雪は結のすぐに隣に移動する。甘い香水の匂いが結の頭を痺れさせた。大人の女性。香水ぐらいでなにを、と思うのだが――雪だと話は変わってくる。


 すぐ隣で蠱惑的な笑み浮かべた雪がスマホを結にも見えるように出した。すでにスマホの画面には動画が映し出されている。


 結はそれを見て驚いた。


「これ……」


「結ちゃん?」


 画面に映し出されていたのは結がよく知っている人物だった。なにしろ自分と同級生、しかも同じくクラスの女子生徒だった。名前は明石瀬里奈あかいしせりな。クラスでは挨拶を交わし、そこそこに話す仲でもあった。それが、今。


『幽霊告発』の動画第三弾として、動画に映っていた。


「知っている人なの?」


「う、うん。……私と同じクラスの人」


「お友達?」


「そこまでじゃないけど……。話したことはあるの。なんで、こんな……」


 結は言葉が出なくなった。なぜ、彼女が映っているのか。瀬里奈も死んでいるのか。


 雪が気遣わしげに結を見る。


「どうする? 見るのやめる?」


「……いえ、見させてください。見ない方が気になります」


「そう……。じゃあ、再生するわね」


 雪がシークバーを最初まで巻き戻し――動画を再生させた。


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