第7話「美しい悪魔」

 動画は結にもどこか見覚えのある場所だった。黒板や教室に飾ってある花瓶の位置、机の配置、窓やカーテン。どれもこれも、どこかの学校にはありそうで――結の通っている学校の教室、すなわちクラス教室にそっくりだった。


 瀬里奈は窓を背景にして、机の上に座っていた。キリッとした涼しげな目が間違いなく瀬里奈であることを結に確信させる。


 一結びにされた髪が彼女の後方で動く度に揺れる。瀬里奈の胸――グレーのブレザー――にはこれまでの動画と同じように包丁が突き刺さっており――本来あるはずの場所に耳がなかった。代わりに赤黒い乾いた血が頬を流れている。


「――みなさん、こんばんは。私の名前は明石瀬里奈。芦々谷学園中学の三年生です」


 女性にしては低い声。しかし、決して威圧的ではなく、どこか清涼さを感じさせる。


「これまでの『幽霊告発』動画を見ている方なら、私が今回『幽霊告発』動画第三弾として、こうして動画に映っている意味がお分かりになるでしょう」


 淡々と瀬里奈の声は続く。顔も無表情に近い顔で、虚ろに画面の向こう――視聴者を見ていた。


「まずは現在の日付を」


 彼女が言うと、前回同様に日付を表示させたスマホが横合いから顔を出した。スマホに映っている日付の時刻は――八月二十七日、午前三時ちょうど。つい三日前の日付。


 スマホを持っている色白の手がすっと引く。画面には再び教室と瀬里奈が映った。


「さて、時間も分かった事ですし、私の目的をお話しします。そもそも私は六月の初め――雨が降りしきる中で死にました。死因はご覧の通り、ナイフを胸に一突き。殺害場所はここ芦々谷学園三年一組の教室。私はここで殺され、自宅まで運ばれたようです。犯人は一人――美しい女性でした」


 結は驚いた。幽霊が犯人の容姿について言及するのは初めてだ。今までは呪い殺すと言っているだけで、犯人がどんな人物かは言っていない。


「スーツ姿の女性。私はてっきり自分の知らない教師かと思ったのですが――彼女は躊躇う事を一切せず、私を殺しました。女性にも関わらず、私は力でまったくかないませんでした。長い茶髪のとてもスタイルのいい女性です。覚えています。あの猫のような悪魔的な瞳がピタリと私を捉えているのを――」


 動画の内容を聞きながら、結は少しばかり混乱していた。瀬里奈が語った犯人像――女性は結が雪に抱いている印象ととても似ていたのだ。


 長い茶髪に、蠱惑的な瞳、スタイルがいい。だが、これだけで雪だと決めつけるにはあまりにも浅慮と言えた。そんな女性は多くないだろうが、他にもいないわけじゃない。


「耳は死後に切り取られました。いわゆる戦利品なのでしょう。とんだ異常者です。まあ、それは前の二人の動画を見ていれば分かるでしょう。……話を本題に戻します。ともかく私は殺されました。名前も知らない女性に。ですが、この動画を撮っている目的は、彼女捕まえるためではありません」


 瀬里奈はスマホ越しに結たちを睨む。


「犯人は私の大事な親友まで殺そうとしています。美しく気高い私の友達を。犯人である女性は新たな獲物を見つけ、近付き、今まさに屠ろうとしています。それはこの動画を撮るために私達三人の幽霊を呼び出し、こうして撮影している人間も同様です。改めて犯人に――いえ、殺人鬼に告げます」


 瀬里奈は机の上から降り、指を差した。


「私の親友を、新しい標的を殺そうとしてご覧なさい。たちまち三人分の幽霊から呪われ、悲惨な死を迎えるでしょう――だから、殺しはもうやめなさい。自分の命が惜しいのならば、ここらが引き時です」


 ピタッとそこで動画は止まる。険しい目で瀬里奈が睨んでいた。



「殺人鬼って誰なのかしらね?」


「え、ええ。私も気になります」


 結は瀬里奈が同級生でしかも同じクラスであることを言い出せなかった。雪が犯人であるはずがないのに、瀬里奈の話した犯人像が頭から離れない。


「……変な物見せてごめんね。ケーキ食べよっか」


「あっ、いえ。ごめんなさい」


 会話はここで止まる。雪は結の対面に移動し、ケーキの箱を開け出す。結は隣から雪が移動してくれたことにホッとした。同時にそんな自分に嫌悪感を覚えた。


「結ちゃんは何がいい?」


「えっ。あっ、そうですね――」


 箱の中にはマカロンやショートケーキ、モンブランが並んでいた。ケーキを食べて、早いとこ気分を変えようと結はショートケーキに手を伸ばした。


「じゃあ、私はマカロンをいただくわね」


「はいっ。ここのショートケーキすごく美味しいんですよー」


「あら、マカロンはどう?」


「もちろんマカロンもです」


 わざとテンションを上げ、動画など見たことを忘れるようにケーキを持ってきた紙皿に移し、頬張る。


 いちごの酸味と甘い生クリームが結の頭を溶かした。不思議なものでさっきまで感じていた閉鎖的な気分が消えていく。


「ねえ、結ちゃん。一つ聞いてもいい?」


「はい、なんでしょう?」


 半ばケーキの味に集中しながら、雪の言葉を待つ。


「――さっきの動画の瀬里奈ちゃん。殺したのが私だって言ったらどうする?」


「へ?」


 口に含んだ生クリームが舌に溶ける。そんな幸せな瞬間も吹き飛ぶくらいに、結の心は揺らいだ。


 ケーキから視線を上げると、美味しそうにマカロンを頬張っている雪がいた。


「瀬里奈ちゃん、犯人像を話してたでしょ? あれ、私なのよね」


「あの、なんの冗談で――」


「冗談じゃないわよ?」


 雪は結のショートケーキから勝手にイチゴの部分を取って、ぱくっと口に入れた。


「私が殺したの、瀬里奈ちゃん。さあ、結ちゃんどうする?」


 じっと、雪が結を見つめる。話している内容に反して、落ち着き過ぎている眼差し。


「な、何を言ってるんですかー。瀬里奈を殺しただなんて、そんな――」


「あら、無理矢理そうじゃないと自分を誤魔化しても無駄よ。私は実際に殺したもの。ねえ、人にナイフが突き刺さる瞬間の感触って知ってる。硬い皮膚を通り越すとね、ぐじゅぐじゅって中の内臓の感触が手にまで伝わってくるの――」


「やめてくださいっ!」


 結が大声を出すと、雪は無言になる。


「本当に言ってるんですか。瀬里奈を殺したって。それはつまり、動画の内容通りであれば、三人殺したってことになりますよ?」


「だから、そう言ってるじゃない? 三人を殺した時の詳細を話してあげましょうか?」


「結構です」


 結はケーキには手を付けられなくなっていた。雪から見えない何かが自分に纏わりついてくる錯覚を結は覚えた。


「大体信じろというんですか? 悪趣味にもほどがありますよ」


「そう。信じてくれないの。なるほどね。……ねえ、なんで私がここにいると思う?」


 雪は上機嫌にマカロンを頬張る。コクコクと何事もないようにお茶を飲んだ。


「ふう、新しい標的って誰だと思う? 黒須結ちゃん」


 ねっとりと彼女の視線が結の肌の上をなぞった。意味の分からない感覚に結は思わず立ち上がる。


「いい目。みんな恐怖を覚えると、目が開くのよね。結ちゃん、あなたの目とっても綺麗ね。真っ黒で何にも染まらない」


「――誰ですか、あなた」


 結の言葉に雪は目をパチパチとし、大声で笑い始めた。


「なぁに言ってるの結ちゃん。私はあなたの大好きな雪よ。神崎雪。世間一般で言う殺人鬼ってやつね――今日の標的は、あ、な、た」


 雪がフォークを持つ。持ち方がおかしい。雪はフォークをぐっと握っていた。ギラギラとフォークの先端が部屋の照明で光る。


 いつの間にか大きな雨音が部屋の中にも聞こえてきていた。


「この家のことはちゃんと調べてるわよ。結ちゃんのご両親と、弟くんとの四人家族。ご両親は夜遅くまでお仕事で、弟くんは部屋にいるのよね。あとで一緒に並べてあげるわ」


 結はなにか武器を探すが、何も見つからない。頭の中で、まずい、という単語だけが空回りする。どうすればいいのかまったく分からない。


 この時になって部屋の扉の前に雪が立ち、塞がれているのに気付く。


 出られない。


 いまや雪の顔は美しくは見えなかった。笑っているその顔は悪魔そのものだ。


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