第2話「生者と死者」

 真っ暗な中、スマホの明かりなのかぼうっとした明かりで、芹沢は映し出されている。


 画面の端から芹沢と別に色白の手がぬっと出て、スマホの時計を映し出した。日付は七月二十二日。午前三時十二分。


「おい、これもう映ってるのか?」


 画面に映し出されている芹沢は、およそ人間とは思えなかった。仮に本当の傷だとすれば、死んでいるはずの大怪我。


 ブレザー姿の胸に突き刺さった包丁、皮膚がなくなって剥き出しになっている歯。芹沢は誰かと話しているようだった。


「そうかよ。……誰が見てるか知らねえが、最初に言っておく。俺は死んでいる」


 芹沢はいたって静かに語り出す。


「頭がおかしいって思うだろ? 今からなんで俺がなんでこんなことをしているのか説明してやる。まずは俺の名前な。名前は芹沢健せりざわけん。……おい、漢字説明するの面倒くせえから、お前がスマホで打った漢字を写せ」


 少しして、画面にスマホが映った。そこには『芹沢健』と映されている。


「もういい」


 色白の手はすっと引いた。


「今のが俺の名前だ。この名前で刺し殺されたって調べてみろ、一発で出るはずだぜ?」


 芹沢は身を乗り出し、醜悪にも思える剥き出しの歯を、画面一杯に映し出し、身を引く。


「でだ、死んだはずの俺がなんでこんな動画を撮っているのか――それは、たった一つだ。俺を殺したクソ殺人鬼野郎の脅迫だ」


 枯れた声で芹沢は笑った。笑っているのにも関わらず、ヒューヒューと息が漏れている。


「俺は今年の四月、俺の部屋で殺され、このクローゼット――つまりここだな、に詰め込まれた。凶器はこの包丁。死んだ時は今と同じ格好だ。で、クソ殺人鬼は俺を殺したあとに、俺の口の皮膚を剥ぎ取りやがった。どういう意味があんのか知らねえが、勝手に人の身体いじくり回しやがって――」


 芹沢は、ぶっ殺してやる、と彼を殺した殺人鬼を脅す。


「俺がなんでこんなことが出来ているか。それは、てめえが手を出しちゃいけないやつを殺そうとしているからだ。なあ、クソ殺人鬼。身に覚えあんだろ?」


 芹沢が画面を指差す。


「俺もそいつを殺すのは怒るぜ。あれは俺の獲物だったのに……。てめえに横取りされてたまるか。いいか、クソ殺人鬼。てめえが、新しいターゲットを殺そうとすると、てめえが死ぬぜ。なんせ、俺が呪うんだからな。恨みはたっぷりだ。死にたくなければ、殺すことをやめるんだな」


 彼はまたヒューヒューと音を立てて笑った。


「こいつは脅迫だし、忠告だ。……てめえが殺したのは俺一人じゃねえんだからな」


 いいか、もう一度言うぞ、と芹沢は繰り返す。


「新しい獲物は殺すな。狙うな。殺そうとした時点で、てめえは呪われて死ぬ。覚えとけ」


 芹沢が再び画面を指差し、動画は終わった。



 動画の内容は確かに女子生徒が言った通りだった。動画に映し出しされたスマホにはつい三日前の日付が映っていた。


 しかも、芹沢先輩自身で殺人について言及しており――呪い殺すと言っていた。


「……大丈夫?」


「先輩、大丈夫ですか?」


 結は女子生徒と後輩から次々に心配される。結にはこの動画の内容が他人事のようには思えなかった。特に芹沢先輩が最後に言った言葉、「呪われて死ぬ」は見逃せるものではない。


 なぜなら、結は学校の誰にも知られていないが――悪霊を祓う仕事をしているのだ。


 霊といっても千差万別。ほとんど形をなしてないものから人間そっくりなものまで。人間に害を及ぼすのも、小さいものから大きなものまで様々。結はその内、人間に悪意を持って仇をなす霊を消滅させる。その技術を持っている。


 元々黒須家自体がそういう家系であることも一つの要因であるが――結の場合はそれだけ霊を祓うという仕事をしているわけではなかった。


 結にとってなによりも大事なもの。それが弟だ。弟――黒須ゆうは、まだ小学六年生の内気な子供。彼の小柄な体躯で女の子のような髪質と顔立ち。結にとって目に入れても痛くないほど可愛がっている存在だが、一つ、厄介なものを弟は抱えていた。


 引き寄せ体質。悠は霊を、それも悪霊ばかりを引き寄せる体質を持っている。その体質のせいで姉弟は何度も危ない橋を渡っていた。


 動画を見た結の中で危機感が募る。動画越しとはいえ映っている芹沢先輩が相当に危ない悪霊となっていることを感じていたのだ。


 寒気すら感じる気配は間違いなく悠を狙う悪霊以上のもの。動画内に映った色白の手から、誰かのコントロール下にある可能性はあるが――油断はできない。この悪意がもし悠に向いたら……。


 嫌な想像だ。だが悠に限ってはあり得ない話じゃない。


 悠に気を付けるよう忠告することを決めつつ、結は悪霊を除霊することを考えていた。いつか悠に被害があるかもと考えながら生きることなど、結には到底できるものではなかった。


 除霊には情報が必要。どこで、どんな風に死んだ霊なのか。とくに悪霊となっている場合、なにを恨んで悪霊となっているのは大事な情報といえる。


 芹沢先輩の霊――今回に限って言えば、情報は潤沢と言えた。


「――私は大丈夫よ。それより、みんなの方が大丈夫? 顔が暗いわよ。見る限り私たちを恨んでいる訳でもないんだから気にしても無駄でしょ? それに今時本物かどうかも怪しいじゃない。CGが発達しているこの時代に、こんなものは簡単に作れるでしょう?」


「そうね……。ごめんね、余計なことだったかも」


「ううん、気遣ってくれたのはとても嬉しいから」


 女子生徒は結の言葉にわずかにはにかむ。


「さ、解散、解散。みんな絵は描きたくないの?」


「先輩がモデルだったら描きたいでーす」


「それは許してません」


「えーっ」


 結の周りにいた後輩三人組が調子を合わせてくれたのか明るい声で場を和ませる。それを契機にみんな話出し、三々五々に散った。結は後輩から逃れ、絵を描く準備をしつつ考える。


『告発幽霊』、そのまんま名前だ。文字通り幽霊が告発していた。それも自分を殺した殺人鬼とやらを。


 あとでもう一度動画を見直そう。結はそう思い、動画のタイトルを思い出す。


『殺人鬼を告発します』。ふと結は気付く。幽霊もだが、芹沢先輩を殺したという犯人も相当に怖いな、と。


――――――――――――――――――――


毎日更新中!


読んでいいただきありがとうございます!



【レビュー、★評価、フォロー】、応援ハート、応援コメント、お待ちしております!m(__)m



作者が泣いて喜びます。


【Twitter】(更新報告など)

@tuzita_en(https://twitter.com/tuzita_en)


【主要作品リスト・最新情報】

lit.link(https://lit.link/tuzitaen)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る