幽霊告発

辻田煙

プロローグ「雷雨の予感」

第1話「殺人鬼を告発します」

 窓から入ってくる日差しは、皮膚に突き刺さるような鋭さを持っている。


 私立の小中高一貫校、校舎内は木目調で優しく柔らかな雰囲気を醸し出しており、廊下は生徒が十人は通れそうな横幅がある。


 その廊下を中学三年生の黒須結くろすゆいは、後輩三人組の女子生徒に纏わりつかれながら歩いていた。


 放課後、教室から美術室に向かっていた結は日差しの熱さにうんざりする思いだった。七月の下旬、夏休み一歩手前の時期にしてもこれからますます暑くなること考えれば憂欝にもなる。


 さらにこの学校、校舎は隅々までお金がかかっていうのはいいのだが、規模が大きすぎた。結は美術部なのだが、教室から美術室までが遠すぎる。


 美術室は通常のクラス教室がある棟とは別に、音楽室などがある芸術棟の二階隅にあった。金がかかっているだけあって設備は整っている。結としてはその設備の良さには感謝するものの、やはりこうも歩かされるのは、少々難儀を感じざるを得なかった。


 結がうんざりしていることは、これだけじゃなかった。結に群がっている後輩三人組の一人が、テンションの上がっている声で楽しそうに話し出す。


「結先輩、訊いてくださいよー」


 語尾にハートマークでも付きそうな勢いで話す後輩。


 結はにこやかに応じつつも、今日も時間がかかりそうだな、と思った。別段、彼女達がなにか悪いわけではない。


 全員同じ美術部である上に、結を慕ってくれている。しかし、仲良くなってから毎日ひっつかれる身の結としては、少しは一人になれる時間が欲しい、と思ったりもする。


 保育園から今までずっと似たようなことの繰り返しなので、結は現状をどうにかすることは諦めていた。対処方法というか、適度に距離を離す方法も経験則で学んでいるし、慣れてもいる。だが、たまには休息が欲しい――それが偽らざる結の本音と言えた。


 しかし、休息が欲しいと思いつつも、こうも楽し気に話されると突き放すのも可哀想になってしまうというのも黒須結という人間だった。もちろん、それが良いこととは言えないことも結は理解しているが――彼女の感情はそれを上手く処理できずにいた。


 後輩たちの会話は続く。芸術棟まではあと一、二分というところだった。


 結は、自分に彼氏が出来ず男が逃げていってしまうのは、こういう女子が囲ってきているせいでは、と最近考えるようになっていた。彼女たちに悪気はないのかもしれない。しかし、と結は思う。学生生活、一度くらいは恋がしたいと。一方で、今の所、結の中での彼氏候補になる基準――弟の可愛さを突破する人間なるものが現れていないのだから、当分は難しいと言える。


 大分ゆったりめではあるが、結を含めた四人は芸術棟に入り、階段を上がると、二階にある美術部の扉を開けた。


 四十人は入れそうな教室くらい大きさの部屋に、長テーブルが数個と生徒が立てたのだろうあちこちを向いて置かれたイーゼルとキャンバス。


 美術室にはすでに何人もの生徒が来ていたが、顧問はまだいない。


 中にいる生徒はキャンバスに筆を走らせるわけでもなく、なぜか窓際にある一つのテーブルを囲んでいた。


「なんだろう?」


 後輩の一人が不思議そうに首を傾げる。いつもなら結が入って来た時点で部員の誰かしらが寄ってきていた。ところが、今はみんな何かに夢中になっている。


 なにをそんなに夢中になっているのかな?


 珍しい事態に結は好奇心を刺激され、ふらふらと花の密に群がる蝶のように近付く。後輩三人組も結につられ、集まっている部員たちのもとへ向かった。


 近付いても誰も結を見ない。彼らの中央からは男の話す声がしており――結にはどこかで聞き覚えがあるものだった。


 結はなにか動画を見ているのだろうと当たりをつけた。


「みんな、何を見てるの?」


 結は出来るだけ明るい口調で部員たちに声を掛けると――バッ、と一斉に結を見た。その勢いに肩がビクッと震える。


「え、と?」


 部員たちの顔は――困惑していた。結がなんとなく声を出し損ねていると、部員の一人である男子生徒が身体を空ける。長テーブルにはスマホが置いてあり、部員が触れると男の声もやんだ。


「黒須先輩、その、気になりますか?」


 男子生徒の問いかけは不思議なものだった。結は気になるに決まっていると内心でぼやくも、口には出さなかった。代わりに努めて明るい調子で部員たちに近付く。


「なにー、みんなで私に秘密にするの?」


 部員たちは顔を見合わせた。正面にいる同級生の女子生徒が、スマホを伏せる。結の眉がピクっと動いた。


 女子生徒は、結を窺うように訊いた。


「結ちゃん、『告発幽霊』って聞いたことがある?」


「……聞いたことはないけど、なあに、それ」


「じゃあ、芹沢先輩が最近どうしているかは聞いたことある?」


 結はかすかに不快感を覚えた。結が訊いたことに答えず、質問が多い。


「卒業してからは、知らないけど……。なにか関係あるの?」


「関係は……、まあ、あるわね。結ちゃん、先に言っておくけど気にしちゃだめよ」


「はあ……」


 結はぼんやりとした返事しか出来なかった。同級生が何を指して言っているのかまるで理解できなかった。


「こっち来て」


「うん……」


 部員たちが近付く結に視線を集める。女子生徒はスマホを手に取り、操作すると、すっと結に見せた。


「芹沢先輩……?」


 スマホの画面に映っていたのは、三月に卒業した美術部の先輩――芹沢先輩だった。卒業時の顔と鼻から上は変わっていない。短い黒髪の目鼻立ちが整った、端正でどこか涼しさを感じさせる顔。彼はいつもこの顔でうすく笑う癖があった。


 しかし、画面に映っている彼は笑うことができない状態にあった。彼の口は、上下の歯とも剝き出しになるほど、皮膚がなくなっている。まるで口裂け女のようで、画面の中の彼が笑っているのか分からない。ただ、不気味に感じる顔がそこにあった。


 しかも、異常はそれだけではない。芹沢先輩は暗く狭い場所にいるようで、床に座っているようなのだが――その胸に深々と包丁が突き刺さっていた。


「なにこれ」


「結ちゃん、芹沢先輩が亡くなっているのって知ってた?」


「え? そうなの? ……全然知らなかった」


 結がまったく知らないことだった。結が芹沢先輩について知っていることは二つ。校内でも人気者であったことと――結を好きだったこと。


 三月、卒業間近に結は彼から告白されていた。もっとも、結の好みには入らず、丁寧にお断りしていた。


 結は、卒業してからまったく関わり合いのない人物だったとはいえ、美術部の先輩であり、自分に好意を抱いていることを知っていただけに、なんとも言えない気持ちになる。


「そうなんだ。まあ、うちらも誰も知らなかったんだけどね。亡くなったのは卒業してすぐみたい」


「そう……。でも、それとこの動画の先輩は何の関係があるの?」


「この動画はね、『殺人鬼を告発します』って言うタイトルで、SNSで流行っている動画なの。色んな所で拡散されてるんだけどね――内容は殺人鬼に殺された幽霊が自分を殺した殺人鬼を告発する、というものなのよね」


「その言い方だと、芹沢先輩が殺人鬼に殺されたって言っているみたいだけど……」


「そう、その通り。この動画の中で先輩はそう言ってるの。俺は殺人鬼に殺されたって。しかも最近撮影されたものみたいなのよね」


「……今、映っているのが先輩の幽霊ってこと?」


「そう。結ちゃんが、その、気にするようなことがあったら見るのやめた方がいいかなって思ったんだけど……。大丈夫?」


 結は無言になった。結は彼女が何に気を遣っているのかを察した。芹沢先輩が告白したことを知っているのか。


 口を開き、閉じ……、ふっ、と息を吐く。


「まったく気にしないと言ったら噓になるけど。でも、見ない方が後味が悪い、気がする」


 最大限に言葉を選んだつもりだった。ここで見ない方が、周りに変に気遣いされるような気がしたのだ。


「そう……、じゃあ最初から見るわね」


「うん」


 結がうなずくと、女子生徒はスマホを長テーブルの上に置いて――動画を再生した。


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