第32話「不可解な運命」
神崎と遭遇し忠告してから一週間後。結の様子がおかしくなった。神崎によるストーカーが原因だとは思えなかった。
なにやら悠に訊きたいことがあるようなのだ。しかし、口を開いては噤み、話してこない。
神崎がストーカーはやめないし、結はおかしくなるしで、悠は疲労度が増しそうだった。
結はこういう所がある。本当に聞きたいことがある時、それを相手に尋ねるのを先送りにしがちなのだ。その間ずっともじもじしているせいで、相手は結の様子にやきもきする。彼女の悪い癖と言えた。
夕食を食べている時に結はようやくその重たくなっている口を開いた。
「ゆ、悠。お話したいことがあるんだけど」
「ん、なに?」
悠はやっとかと安堵する。神崎のことに関することではないのは確かだった。神崎には芹沢たちの霊がおり、何か結に関することであれば、悠に連絡がくるようになっている。
カレーを食べ、普段通りを演じる。内容によっては悠も注意しなければならない可能性もある。
「あのね、お姉ちゃんのお友達から聞いたんだけど――」
結は彼女の友人からの目撃談を語り出した。聞いていくとなんてことはない、ついこの間、駅のホームで神崎と話した時のことだった。
それだけなのに、結は妙に心配げだ。悠は嬉しくなった。普段人を誰彼構わず惹き付けるがそこまで人間に興味のない結がここまで心配してくれる。身内だからって当たり前のことではない。
思わずほっこりしそうになる表情を平静に装いながら、話が終わるのを待つ。
「私の知らない人だなーって思ってね。悠ちゃんはそのお姉さんとどういう関係なの?」
「……姉さんのお友達さんはなんて言ってたの?」
「悠ちゃんのお友達のお姉さんじゃないかって」
まるで見当違いだが、それくらいしか思い付く関係性はないのだろう。大分年の離れた男の子と社会人の女性。かなり奇妙な組み合わせではある。親子でもない、かといって姉弟ではないのは知っている。結の友人に奇異に映っても仕方が無いとは言える。
実際、悠も関係性について正直に言うことはできない。正直に言うにしても大分難しい。その点、結の友人の言う「悠の友達の姉」というのは都合がよかった。実際、友人の家に遊びに行った帰りではあった。
「――姉さんのお友達の言う通りだよ。僕の友達のお姉ちゃん。僕の友達も近くにいたんだけど、見えなかったみたいだね」
「そう。……お姉ちゃんに嘘はついてないよね?」
「うん」
悠は結の目をしっかり見て言う。この方が本当っぽくなる。あんなのが友人の姉なんかだったら最悪だが。
結はなにかに納得したようだった。
「そっか……。でも今度から女の人と会ったらお姉ちゃんに教えてね。急に知ったらお姉ちゃんの心臓が止まっちゃう」
「いいけど……。なんで、そんなに知りたいの?」
「お姉ちゃんは悠ちゃんが大好きだから知りたいの。もし危ない目に巻き込まれてたら助け出せないでしょ?」
「ふーん……」
怪しい。また過保護の延長だろうか。結のことは好きだが、守るのはこっちの役目なのに。
「まあ、いいけど」
この結の過保護すぎる感じはいつしか正さないとダメだ。今はいいが、その内守り辛くなる可能性がある。
カレーを食べることに戻りながら、悠は今後のことを考えた。
「悠ちゃん、そのお友達のお姉さんにまた会ったりする?」
「えー、分かんないよ。そんなこと」
「これはお姉ちゃんからのお願いなんだけど、できればそのお姉さんとはもう会わないで欲しいなーって……」
「別にいいけど……。もう会うことはないと思うし」
「そっ、良かった」
神崎と会うかどうかはわからない。どうしようもなくなって、殺すしかなくなった時には直接対峙するしかないだろう。
悠は結が美味しそうにカレーを食べるのを見ながら、なるべくそんな時がこないことを願った。
◆
まったく、どうなっているのか。悠は運命とやらがあるのなら呪いたくなった。
八月も下旬、真夜中の自室で悠は頭を抱えた。クーラーで冷え切った部屋。
あまりに意味不明な状況が過ぎる。
「なんで神崎と姉さんが仲良くなってんの?」
『それは私が訊きたいわよっ』
悠の目の前で幽霊になのに同じく明石が頭を抱えていた。
「お前、姉さんと神崎が接触しそうになってたら止めろよ」
『しょうがないでしょ。私も芹沢も、河合ほど憑依は出来ないのよ。大体結に憑依なんてそんなこと出来ないわ』
結に触れることなんてこんな身体では出来ない、と明石は嘆く。だが、悠にとってみればそんなことは知ったことではない。
「河合はなんで止めなかったんだ。あいつなら出来ただろう」
『それが結には弾かれて出来ないって……。神崎の方は怖くて出来ないってさ。意味分かんない』
「そっちが分かんなきゃ、こっちだって意味不明だよ。くそ」
なんでこうも結は厄介事に首を突っ込むのか。頼むから大人しくしてて欲しい。
しかし、すでに時遅し。神崎と結は接触し、あれよあれよ仲良くなってしまった。悠も遊びに行くのを阻止したり、直接邪魔したりしてみたが上手く行かなかった。
神崎の方にも結と接触するのをやめるようにメッセージを送っているのだが上手くいかない。幽霊たちを使ってあれこれ警告してるようだが、そっちもまるで気にする様子がないという。心臓に毛が生えているとしか思えない。
もはや止めることは出来ない。
「くそ、最終警告だぞ。神崎」
悠は最後の「幽霊告発」動画を撮ることに決めた。
◆
登校日。授業が終わった悠はこっそりと中等部の校舎に入った。小等部と中等部は渡り廊下一本で繋がっており、入るのは難しくない。そもそも中学、高校でいう部活動に似た活動が小等部にもあり、小等部の学生が中等部や高等部の校舎に出入りすることは珍しいことではない。
それでも身長には差があるため、やや視線を集めることにはなる。
悠は明石が殺されたクラス教室の一つ下の階に向かっていた。
放課後特有のざわめきの中を一人進んでいく。
よく考えてみるとこれだけの生徒がいる校舎の中をどうやって神崎は侵入したのだろうか。外には警備員もおり、監視カメラだってある。良く捕まっていないものだ。
だからこそ手放したくはない。それだけ逸材なのだ。害虫駆除に彼女ほどの適任もいない。あとは結さえ狙わなければ完璧だというのに……。
悠の隣には悠以外誰にも見えていないが、明石もいた。彼女は久し振りの学校だからかきょろきょろと見回している。
「三階でいいんだよね」
『そうだ。三階の一番端、そこが「三年一組」の教室だった』
悠は中等部の階段を二階まで上り、廊下の端に向かう。そして三階への階段を見たのだが、見事に閉鎖していた。ご丁寧に柵が設けられている。よじ登れない高さではないが、周りには中等部の学生もいる。目立ちすぎる。
明石への殺人事件が原因で三階自体がダメになったのだろうか?
悠はすぐに引き返した。あまり中等部に長居すると結やその友人に見られかねない。
幸いなことに階段のすぐ脇にはトイレがあり、悠はそこに入った。個室トイレで籠ることにする。
スマホを取り出し、時間を確認すると十六時半だった。クラブ活動もしていない悠は、夜になるまでここで時間を潰すしかなかった。
夜中の三時まで何時間あるのか考えたくもない。夜になったらどこかの教室で仮眠でも取ろう。さすがにトイレで寝たくはない。
夜中の三時する理由は一つだけ。今までの動画もそうだが、幽霊がその時間帯に一番くっきりとその存在を主張できるのだ。映像に残す以上、うすぼんやりでは困る。神崎には明確に自分が殺した人間が映っているのだと認識してもらいたい。
『ずっとここで籠っているつもりなのか?』
「校内をうろついても変でしょ。撮影は夜中の三時くらいにするつもりだし」
『暇だな……。私は少し離れるぞ』
「……別にいいけど、時間までには戻ってよ。夜中の三時にはその『三年一組』の教室に戻って」
『分かってる』
明石は一言そう言うと、すっとトイレからいなくなってしまった。
「姉さんの所に戻るのかな」
死んだ人間の境地など悠には分からなかった。
「長いなあ」
悠はこんな時間を作らせた神崎に苛立ちを覚えつつ、暇を潰すためスマホゲームに興じた。
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