第12話「美味しい話には裏がある」
居空き、時々空き巣を繰り返しながら、気付けば数箇月が経ち年を越えて――初めて居空きをしてから一年近くが経っていた。
三月の中旬、世間は学生が卒業式、社会人は年度末の仕事の追われている中、雪はすっかり趣味になっている「居空き」依頼に飢えていた。
異性関係で楽しまず、人間関係で遊ぶことも殺しもせず、まさか盗みに夢中になるとは雪自身も思っていなかった。
ついこの間は中学生の子供もいる四人家族の一軒家に侵入し、成功を収めていた。難易度は雪を試すように段々と上がっている。
依頼主と雪はこの一年近くの間に、個人同士でやり取りするようになっていた。一体、次はどんな家の侵入する依頼がくるのか――恋人の連絡を待ち焦がれる少女のように、雪は依頼主からの連絡を毎日確認していた。
「お先に失礼しますー」
「おつかれー」
会社のオフィス、今日の残業具合は五割程度といったところ。年度末なこともあって、仕事が増えている。もっともこの程度しか残業していないところを見ると、『荒井商事株式会社』は大分ホワイトな会社と言えた。
いつものように飲みの誘いが来るが、今日のところは帰ることにする。毎日毎日酒を飲むようでは、体型維持も難しい。男共をある程度操作にするには、今の美貌が必要なのだ。おかげで今日も残業なしで帰れている。
会社ビルを出て、電車に乗り、自宅に帰る。夜、依頼主からの連絡を確認する時間が近付いてくる。雪は依頼主からの連絡がいつ来るのか不明なため、確認する時間を決めていた。一応通知でも分かるが、日中はあまり見る気になれない。楽しみにとっていたデザート――ショートケーキで言えばイチゴを最後の最後まで待って、味わいたい。そんな心境だった。
風呂や夕食を済ませ、PCを起動させる。依頼主から連絡があることは分かっていた。今回はどんな内容なのか。雪は背伸びして、SNSの個人チャットを開いた。
『今回の依頼は今までと異なります。端的に言えば人を殺して欲しいのです。』
『今までの「居空き」や「空き巣」とは異なりますので、躊躇する場合には必ずその旨を返信願います。依頼を受ける場合にも同様です。』
殺人。久々に感じる甘美な響きだった。何度か人を殺してはいるが――最近はしていない。盗みも面白いが、そろそろやってもいいだろう。きっと面白くなる。
雪は早速、依頼を受ける旨の返信をした。すると、すぐに依頼主からの連絡が来る。
対象者は芹沢健。十六歳の四月から高校生になる男の子。送られてきた内容には、彼の住所と主な生活時間が記されていた。そこには罪状と称して、彼への罰も書かれていた。
『罪状、後輩女子生徒への強姦未遂。現在、芹沢が進めている強姦計画は手回しが済んで実行日に備えている段階であり、実行日までに殺されたし。実行日と目される日は――』
三月二十八日。芹沢という男子生徒が強姦を行う計画を実行するまで二週間を切っているらしい。
写真も送られてきていた。
「あら、結構なイケメンね。学校でモテるんじゃないかしら」
思わずそう呟いてしまう位には顔が整っていた。人間、顔立ちと中身が一致する者もいるが、そうでない者もいる。人を幾人も殺してきた雪にはそれが痛い程に分かっていた。大体自分自身が見た目のイメージとはあっていない。
芹沢健は、黒髪短髪の爽やかな少年だった。制服越しだが、筋肉もありそうだ。隠し撮りなのか三人の男子生徒が映っている写真に、依頼主は真ん中の少年が芹沢健だと言っている。
色々情報源には疑問が相変わらず多いが、いつものことではある。
「強姦ねえ……、簡単に釣れそうね」
静かな部屋に雪の冷め切った声が響いた。
◆
深夜。住宅街の一角――真四角な屋根に、真四角な構造。二階建ての一軒家の前に雪はいた。
三月だけあって、夜の空気はまだ冷たい。天気予報ではこれから雨が降るらしく、ひややかな風が雪の頬を撫でる。
雪はやや遠くの有料駐車場に車を止め、芹沢宅まで走ってきていたため、やや息が荒く――身体が火照っていた。
芹沢健が強姦を計画しているという実行日の三日前。依頼主の情報によれば、生活時間的に、彼は自室でぐっすり眠っているはずだった。
真四角の建物から見える窓に明かりが点いている部屋はない。
深夜のランニングを装い、雪は上はジャケット、下はショートパンツに七分丈タイツ姿。靴はランニングシューズ。これで、何かあってもすぐに逃げられる。
雪が人を殺す時、その方法は一貫していた。折り畳みナイフで一刺し。その場にあるものを使う時もあるが、基本的にナイフだ。
初めて人を殺した時の肉を割く感触が病みつきになっているせいだと、雪は自分で分かっていた。持ち運びに困らず、洗えばすぐに使える。さすがに何回も使用していると人の肉の油でダメになってしまうのだが。
今回は新しく買ったものを懐に忍ばせている。
「さて、ここから彼を呼び出さないと……」
一階に屋根があるわけでもなく、戸締りはしっかりしている。合鍵を持っているわけでもない雪には入る手段がない。だが――おびき出す方法はある。
雪はすでに芹沢建と接触済みだった。簡単な話だ。駅で帰宅している彼にぶつかり、「死んだ弟に似ている」と言ってカフェに誘い出し話す。わざと性的魅力のある露出度の高い服装を着た状態で。
あとは今後も「あなたとお話したい」と言って、連絡先を交換した。そこからは毎晩夜に連絡し――今日の夜、どうしても会いたい、とお願いするのだ。仕事の関係上、休日が少なく――しかし今すぐにでも会いたい、と言えば、彼は「うん」とすぐに頷いてくれた。
仕事の関係上、何時に行けるか分からないから、雪の方から出向くということにして、今日必ず行くから――と家の住所を訊いた。
どんなことを想像しているのか分からないが、芹沢はいたく興奮した様子で住所を話してくれた。
雪はメッセージアプリで彼に電話した。電話がつながる。
「健くん、家の前まで来たんだけど……。今家にいる?」
雪の声はまるで恋人に呼び掛けるように、甘ったるい声だった。
『雪さん……、あの、今日両親は出張中でいないので、家の中に来ませんか?』
「あら、いいの? 私は健くんと直にお話できればそれでいいから、気を使わなくても……」
『いえ、その、外はまだまだ寒いでしょうし、雪さんも仕事で疲れていると思うので、家でゆっくりしてくれたら俺が嬉しいんです』
「そう? そうね、確かに今日は疲れたわ。健くんに会えると思って仕事を張り切ったせいかしら」
『そんなに俺に会いたかったんですか?』
随分と直球だ。学校ではモテていると思うが、まだまだ子供らしい。
「ええ、早く話したいわ」
『今、玄関の鍵開けるので、ちょっと待ってくださいっ』
やや慌てたような様子で電話が切れる。
「ふふっ、ちょろいわねー。……美味しい話には裏があるとうのが常なのに」
スマホをポケットにしまい、芹沢家の前で待っていると、玄関扉が開いた。玄関の明かりがパッと点き、芹沢が照らされる。
この家には防犯カメラはない。前もって知っていたため、無防備にも思えるほど雪は恋人でもない彼に近付いた。
「雪さん、その格好は……?」
芹沢の視線が雪の服装の上を這う。
「会社帰りにランニングするのが趣味なの。健くんも知ってるでしょ?」
「ええ、知ってますけど……」
芹沢は首を傾げながらも、とくに訝しがることはなく雪を家の中に招き入れた。
ガチャン、と家の中に入った雪の背後で、芹沢が鍵を閉めた。
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