第14話「罪状」
ゴールデンウィーク。なんだかんだで、雪は男性女性問わず幾人かと遊んで過ごしていた。学生の頃の様に意図的にバカ騒ぎはしないでも、布石として遊んでおくのは悪くない。
それは例えば雪がアプローチをかければ肉体関係になりそうな人間とか、社内で有利に状況を運べるような人間とか。はたまた、雪の操り次第で社内の人間関係にごちゃごちゃを起こせそうな人間とか。
どれもこれも雪にとってはプラスに働く者達。今は違くとも、後々カードとして使える。愉快な人間達だ。
そんな雪の気分次第でいつでも満足できる状況を作り出せような者達と関係性を作っておく。雪にとって上々とも言える成果を得たゴールデンウィークも終わり、休み明け。
再び仕事の関係で経理部に訪れると、咲季は傍目にも分かるくらいに上機嫌だった。PCの前で笑顔になっている。彼女でなければ不気味にしか感じないだろう。雪はそんな彼女に近付き、声を掛ける。
「ずいぶんご機嫌ね。ゴールデンウィーク中にいいことでもあった?」
「あっ、雪さん。……休み中には特になにもなかったんですけど――そうですね、いいことはありました」
雪からの書類を受け取りつつ、彼女はにこやかに続ける。
「可愛い女の子がいたんですよー、いやー、いいもの見れました」
「ふうん。あなた女の子好きだものね」
「ちょっと誤解を招くような言い方しないでくださいよ。眺めてただけなんですから」
「眺めただけでそんなご機嫌なの?」
「そうですけど、悪いですか?」
「悪いなんて言ってないわよ。ただ、羨ましいなと思っただけ。そういう潤い、最近とんと私にはないからね」
「またまたー、雪さんに限ってはそれはないと思いますけど」
咲季の言っていることはある意味において正しい。雪が自身から潤いを求めていないだけだ。今は別のことを求めている。殺人か居空きか、ともかくあの依頼主から何か来ないかと。
前回の殺人が終わってからは、まだ殺しの頼みをする可能性を言っていたが……、そろそろ一箇月以上経つ。
それにしても、可愛い女の子か。彼女が言うと、人によっては嫌味に聞こえそうだ。
「そんなことないんだけどね。……それ、それで大丈夫?」
「あっ、はい。ちょっと待ってくださいね……」
咲季が雪の渡した書類を確認する。
……他の部署でもそうだが、ここは視線が多い。経理部には男性が多いせいだろうか。ちらっとさり気なく周囲を窺うと、幾人かの男性社員が雪と咲季を見ていた。
雪は少々心配になる。咲季は騙されやすいというか場の雰囲気に流されやすいところがあるので、いつか男に騙されそうだ。今までの人生はどうだったのだろう。
そこまで深い話はしたことがなかった。
雪も咲季もモテる方だ。ただ、本人達にその気がないだけ。視線は集まる。男性のこれはみなバレないと思っているのかもしれないが、雪には丸分かりだ。咲季はどうなのだろう。
最近、咲季と飲みに行っていない。夜に面白いこともないし、彼女の半生を聞くのも面白いかも知れない。上手く利用すれば男関係で使い道もある。
「――雪さん、書類はこれで大丈夫です」
「そう。……咲季ちゃん、今度飲みに行かない?」
「へ? いいですけど……」
「じゃ、また連絡するわね」
「あっ、はい」
きょとんとする咲季を置いて、雪は経理部のオフィスを出た。
◆
夜、咲季と連絡を取り合い――今週の金曜日に彼女とは飲むことになった。
リビングでノートPCを立ち上げながら、雪は笑みを浮かべた。咲季とはいい先輩後輩関係でやってきたが、最近暇だし、色々と仕込むのも悪くない。金曜の飲みは、その初めの一手。
「どうしよかしらね……」
考えながらPCを操作していると、一件通知が入った。
通知はSNSのメッセージを示すもので――依頼主からのものだった。
「あら、今度はなにかしら」
期待に胸を膨らませつつSNSを開く。依頼主との個別チャットには、殺人の依頼がきていた。
『お久しぶりです。今回も殺人をお願いします。相手は――』
送られてきた内容に雪は驚いた。なにしろ殺す相手は雪もよく知っている相手だったのだ。
「これはこれは――面白いわね。でも、残念。遊ぶ前に殺さなきゃいけないなんてもったいないわね」
依頼主が殺す相手として送って来た名前は――河合咲季。雪の会社『荒井商事株式会社』の後輩で、つい今日飲みの約束をしたばかりの相手だった。
前回と同様に家の住所や生活時間の詳細なものが送られてくる。
「これまた細かく調べてあるわねー。えー、罪状は『痴漢』? あの娘そんなことやってたの。大人しい顔して愉快なことしてるわね」
一人暮らしを長くしているとついつい独り言が多くなる。そう思いながらも、雪は言葉を出すのをやめられなかった。
「しかも、この罪状、今日じゃない。あの娘の言っていた可愛い女の子って、痴漢した子なのかしら」
依頼主から送られてきた内容には痴漢した相手までは書かれていないが――奇妙な偶然の一致にどうしても勘繰ってしまう。
「――殺すなら今度の飲みよね……」
これから楽しもうと思っていた相手を殺さなければならないのは悲しいが、殺しの方が面白そうだ。咲季は雪を信頼しきっている。
「どんな顔を見せてくれるのかしら」
雪の声は静かな室内に消えていった。
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