第23話「楽しくてしょうがない」
結との接触は図らずも向こうから叶えてくれた。しかも雪にとって望ましいことに結の方から積極的に。
駅で偶然悠に遭遇してから数日後、仕事帰りについでにとスーパーに寄った帰り道。雪は意外な人物を目撃した。
結だ。なぜか彼女は買い物袋を持ってスマホを見ていた。生活圏がそこまで重なっていると思えないが、偶然もあるものだ。
雪は今日ストーキングするつもりはなかった。そもそもあらかじめそのつもりで尾行するのと、偶然遭遇して後を尾けるんでは訳が違う。
だから、気付かない振りをして素通りしたのだが――驚いたことに結は雪の後を尾行し始めたのだ。
雪は結が自分に関心を持ってくれたようで、こんな僥倖はないと思った。人間、狙った相手から自分に関心を持たせるようにするのは中々難しい。どういう理由かは知らないが、興味を持ってる時点で接触は可能になった。
雪が知らない振りをして自宅に向かって歩いている間にも、結は懸命についてくる。まるで親鳥の後を追う雛鳥のようだった。
「ふふっ、楽しいわね」
面白い状況だが、あまり長く楽しんでいてもしょうがない。関係性を進めたい。ただの他人から一気に知人、友人にまで。そこまで至ってようやく殺害する。きっと彼女は驚くだろう。泣き叫ぶだろう。
うきうきとした雪の歩みが早くなる。
夕暮れの住宅街、映画の主人公にでもなった気分で結は歩を進める。
曲がり角を左に曲がり、彼女から死角になったところで、結を待つ。
十数秒後――雪の狙い通り、結は曲がり角から姿を現わした。結は雪を見るなり驚愕の表情を浮かべた。
「人のあとをつけるなんて感心しないわよ」
余裕を見せるために笑みを浮かべると、結は踵を返そうとする。
逃がすわけないでしょ。こんなチャンスはないんだから。
雪はすぐに結の腕を掴んで逃がさないようにする。
「ちょっ、離してっ」
「なんで私をつけていたのか話したら、離してもいいわよ」
女子学生にしては力が強い。まるで普段から鍛えているようだ。しかし、それは雪も同じ。女性にしては力が強いはずだった。おかげで結を逃がすことはない。普段から鍛えているのが役に立っている。
少しの間抵抗していた結だが、逃げられないと分かったのか力が抜ける。
「あら、大人しくしてくれるの?」
「……ここで話すの?」
「そうねー、近くにいいカフェがあるからそこに行きましょ」
雪は機嫌よく結に提案した。
◆
結と仲が良くなるのは容易かった。なにやら結の弟である悠に関して、誤解があるようだったが――雪と悠が話しているのを結の友人が目撃したらしい――それを除いてしまえば、すぐに距離は縮んだ。
夏休みだという彼女に、これでもかと有休を使用し遊んだ甲斐があるものだ。「結さん」と慕ってくれるようになるまで一週間もかからなかった。
おかげで――八月も下旬、とうとう結に招かれて彼女の家に真正面からやって来ることが出来た。
上を見上げれば曇り空に太陽がすっかり見えなくなっている。生温い風が吹いてる。今朝見た天気予報では台風が近付いているようだった。午後にはさらに天気を崩しているかもしれない。
変わりゆく天気、嵐になればまさしく殺人日和と言えた。
雪は真っ白なワンピースにサンダル姿だった。数時間後には赤黒い血で染まっているだろうか。密かに未来に期待しながらも、雪は結の家のインターホンを鳴らした。
玄関扉はすぐに開き、華やかな笑顔の結が出迎えてくれる。雪はにっこりと微笑んだ。
結が手招きし、雪は家の中に足を踏み入れた。一度は不法侵入した家に。
「いらっしゃい」
「お邪魔するね」
結が玄関扉を閉める。少しだけ玄関が暗くなった。雪は持っていたケーキを結の前に掲げる。
「これケーキ買ってきたの。一緒に食べましょ」
「わあ、本当? あ、これって……」
「そうよ。前に結ちゃんが言ってたやつ。私も食べてみたかったし、ちょうどいいかもと思って」
「雪さん、最高っ」
結が人懐っこく雪に抱き付く。なんて可愛い娘。まさか、これから殺害される算段を立てられているとは思っていないだろう。ワンピースのポケットには芹沢を殺し、明石も殺し、血を吸った折り畳みナイフが入っている。ここまで油断してくれているのならば、今すぐにでも殺せるだろう。しかし、まだだ。殺すのなら彼女の部屋が望ましい。ここでは芸がない。
「上がってもいい?」
「もちろん。私の部屋に来て」
雪はサンダルを脱ぎ、結のあとを追って彼女の部屋に向かう。
「今日、悠くんは?」
「雪さんが来るって言ったら自分の部屋に閉じこもちゃった」
「そう、……何か嫌われるようなことしたかしら?」
していないと言えば嘘になる。悠は結が大好きなようだし、その結を殺すかもしれないと言っているのだ、嫌がるのが普通だろう。しかし、駅で話した時にはそんなナイーブな子には見えなかった。むしろ、雪が本当に結に刃を向けるところを見たならば、何が何でも妨害してくる、そんな印象を受けた。
逃げる、ではなく闘うことを選ぶ。そんな気が雪はした。
結のあとを追って階段を上る。天気のせいか屋内はやや暗い雰囲気になっている。
二階に辿り着く。
「えー、違うよー。悠が勝手に苦手に思ってるだけ。いつものことだから気にしなくても大丈夫。雪さんが話したときも、あまり話したがる感じじゃなかったでしょ?」
「……そうね、そうだったかもしれないわ」
雪がこないだ入った結の自室。雪はそこに入る。
中はさほど変わっていない。白いカーペットの上の丸いローテーブル。ベッド、勉強机、クローゼットが一つずつ。女の子らしくベッドにはぬいぐるみが並んでいる。
クローゼットの中にはきっと錫杖とお札が入っているのだろう。
結に案内されるまま、初めて入った振りをしてローテーブルのそばに座る。
「綺麗にしてるわね、結ちゃん」
「綺麗にしたんですよー。普段からこんなんじゃないです」
「そう? そうは見えないけどねー」
「そう思ってもらえるなら掃除した甲斐がありますね。……飲み物持ってきますね。あとフォークとか。お茶くらいしかないんですけど」
「うん、ありがとう」
結は雪を残し、部屋から出て行った。
「さて、どうしようかしらね?」
雪は誰に言う訳でもなく一人呟いた。今日はただ結を殺しにきただけなので、部屋を探る意味はない。
ふと、この家に来る前に来た通知を思い出す。興味深いので、新しい動画が上がったら通知が来れるようにしていたのだ。
雪はスマホを取り出し、例の『幽霊告発』の動画チャンネルに飛んだ。すると、そこには新しい動画が投稿されていた。
「『殺人鬼を告発します3 ~最終警告~』ね。なんだかB級映画みたいなタイトルね」
最終警告、ね。
雪が結の家に来ている時点で何の意味もないが内容は気になる。サムネには明石瀬里奈が映っている。最終警告もなにも雪が依頼主の警告で殺害したのは三人だけなのだから、最後ではある。
この動画のこと結は知っているのだろうか。明石が死ぬ前の言動からして、結のことを知っているようだったが。
雪が動画を再生すると、彼女の予想通りの内容だった。しかし、一点異なることがある。明石は動画の中で雪の容姿のことに言及していたのだ。近くに似たような容姿が潜んでいれば「こいつなのでは?」と疑ってしまうほどには語っている。
面白い。結がこれを見たらどういう反応をするのだろうか。明石を殺害したのは雪ではないかという発想になるだろうか。
殺しの前に一つ余興が出来た。精々楽しませてもらおう。
最後の最後まで結を殺害すると彼らの幽霊に呪われると脅迫してきているが、もし本当ならぜひともその呪いを知りたいものだ。そんな非科学的な現象、身を持ってでなければ到底信じることは出来ない。もし本当にあれば、面白いのだが。
なんとなしに、もう一度動画の初めから見始める。何か投稿者の情報が得られないかと思ったのだが、見当たらない。
ガチャ、と扉が開き、お盆を持った結が部屋に入って来る。
「何見てるの、雪さん」
「ちょっとね……。『幽霊告発』って聞いたことある? ここ一箇月の間で有名になっていると思うんだけど……」
結がローテーブルにお盆を置き、紙皿とフォーク、ペットボトルのお茶を並べる。
せっかく持って来てくれたのは嬉しいが、彼女は雪の持ってきたケーキを食べることは出来ないだろう。殺害するのだから。
「うん。聞いたことあるよ。言っていいの分からないけど、一番最初の動画――あれに出てた男の人、私の知り合いなんだ」
「そうなの? ……ええっと」
芹沢と知り合いだったのか。それは知らなかった。一体、どういう繋がりなのだろうか。
雪は困ったふりをして結を見た。結は慌てた様子で弁明し始めた。
「あっ、気にしないで。本当にただの知り合いなの。ほとんど喋ったこともないんだけど……、美術部の先輩でびっくりしちゃったってだけだから」
同じ学校の先輩後輩の関係。どこか引っ掛かるものがあったが、雪はとりあえず同調しておくことにした。
「そうなのね。……実はね、二番目に投稿された女性――あの人、私と同じ会社なの」
「ええっ」
同じ会社どころか殺した犯人だが。結は雪の正面で驚いた表情をしている。
「もう大変だったわよ。動画が投稿されてから、毎日仕事と関係ない電話は鳴りやまないし、社内で動画を投稿した犯人捜しは始まるし……」
実際は噓だ。そんな体力はあの社内にはなかった。だが、こう言った方が悩んだ感は出る。
「そうだったんですね……。私の所はそんなの無かったなー」
「学校だからねー。先生方は大変だったかもね」
雪がそう言うと、結はなにやら考えているようだった。場に沈黙が降りる中で、結は持ってきたお茶をコップに注いでいく。音を立てて注がれていく緑色の液体を眺めながら、雪は話を続けた。
「――今度は第三弾が投稿されたようなのよね。二番目の動画があったからつい気になちゃって。それでつい見ちゃってたのよね。今日、投稿されたばかりみたい」
「また動画が出たんですか?」
コップにお茶を注ぎ終え、結が雪に渡してくれる。雪は一言「ありがとう」と言って飲み、喉を潤した。向かいでは結も同様に飲んでいる。
「そうなの。今度も女性だったんだけど――一緒に見る? 私も途中までしか見てなくて」
「え? でも……」
結は悩んでいるようだった。しかし、雪の様子を窺うと「――じゃあ、一緒に見る」と言った。
雪は「やっぱり見ない」と言われないために、結の隣にすぐに移動した。本当に可愛い娘だ。彼女を見ていると謎に惹かれる部分がある。どことは明言できないが、吸引力がある。
雪は微笑みを湛え、結も見えるようにローテーブルの上にスマホを差し出した。スマホの画面には動画が途中で止まって映し出されている。
「これ……」
「結ちゃん?」
結は絶句しているようだった。やはり知り合いだったのだろうか。
「知っている人なの?」
「う、うん。……私と同じクラスの人」
「お友達?」
「そこまでじゃないけど……。話したことはあるの。なんで、こんな……」
同じクラスで話ししたことある程度。明石が言っていた温度とは大分異なるような気がする。
結はじっとスマホに映っている明石を見ている。
「どうする? 見るのやめる?」
「……いえ、見させてください。見ない方が気になります」
「そう……。じゃあ、再生するわね」
どんな反応をするのか。雪は楽しくてしょうがなかった。
雪はシークバーを最初まで巻き戻し――動画を再生させた。
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