第20話

 スマホを出してちらりと画面を見てみると、やっぱり慧だった。

 昨日、通話を切り上げたから、何かあったのかと気になっているのだろう。

 もしくは、また次の予定の話かもしれない。

 ごめん。あとで連絡するから、と心で謝りながら電源を落とした。


「出なくていいの?」

「!」


 スマホを鞄に戻した僕を見て、なぎさんが聞いてきた。

 画面から顔を上げると、思ったより近くになぎさんの顔があってびっくりした。

 心の準備をしていない状態で推しのビジュを浴びるのは心臓に悪い。


「大丈夫です、あとで連絡するので……」

「そう? 彼女?」

「…………。友達です」


 彼女なんていたことがないです、と余計なことを言いそうになったが、何とか口にせずに済んだ。

 19歳になって交際経験がないなんて恥ずかしいし、彼女どころか友達も一人だけだ。 


 なぎさんには熱心に推してる女性ファンや、恋愛対象として見ている、いわゆる『ガチ恋勢』もいるから、モテているだろうなあ。


 推しのプライベート……。

 気になるけど、絶対に踏み込んではいけない領域だ。

「配信で嘘をつかない」と言っていたなぎさんが、配信で「恋人はいない」と言っていた。

 だから、本当に彼女はいないのだと思う。

 そういえば、死神少女を彼女にするためにフリー、とか言っていたなあ。


「友達とは霊の話するの?」

「え? あー……しないですね。そいつは、霊の存在を信じてないので」


 そう答えると、なぎさんは意外だったのか驚いていた。


「友達はみんなそうなの?」

「…………」


 ……こう聞かれてしまうと、僕に残された回答は一つしかない。


「友達と言える人が一人しかいません」


 開き直って、なぎさんの目を見て堂々と答える。

 苦笑いされるかな、と思っていたのだが……。


「そうなの? じゃあ、オレが二人目? いや、オレは相棒枠だから違うか」

「!」


 なぎさんの言葉に戸惑う。

 推しに友達認定して貰った?

 いや、相棒って本気だったの?

 あ、でも、友達は現状維持の一人……。


「その友達にさあ、霊がとり憑いたりしないの?」


 嬉しさと寂しさが入り混じる複雑な気分でいたら、なぎさんがそんなことを聞いてきた。


「……しませんね。あいつは霊を信じていないから、霊の方もあいつには近寄らないっていうか」

「ああ。意志の強い人とかには憑かないっていうね。あれは本当なの?」

「僕が見る限りは、そうだと思います。だかあ、あいつは霊がいる事故物件に住んでいるんですけど、何も影響受けてないです」

「え! 何それ……詳しく聞きたい!」


 なぎさんは興味が湧いたようで、身を乗り出して聞いてきた。

 詳しく、と言われても困るのだが、推しの期待には応えたい。


「あいつが住んでいるのは、マンションの一室なんですけど、遊びに来いと呼ばれて行ったら、部屋の前に待ち構えるみたいに女性の霊が立っていたんです。僕に気づいた感じがしたので、怖くてすぐに逃げました」

「え、こわっ! 鳥肌立った……」


 なぎさんは腕を擦っているが、顔は楽しそうだ。


「その女性の霊は、友達が家から出てもついて行くの?」

「今のところ、それはないです。あの部屋、あの場所に執着がある地縛霊かもしれないですね」

「へえ……。その部屋、行ってみたいな」

「その目がある状態ではおすすめしないです」


 そう言って、なぎさんのハンドルを握る手に目をやった。


「あー……楽しくてちょっと目の存在忘れてたわ。霊に会ったら、呪いが悪化したりするの?」

「分からないですけど、刺激しない方がいいと思います。それに、呪われていて精神が弱っていたら、霊にとり憑かれてしまうかもしれないですし」

「そっか……って、あ! 思い出した。配信で出ていたニートいただろ? あいつ、『師匠の連絡先を教えろ』ってうるさいんだけど、メールアドレスとか教えてもいい? オレは別に教えなくてもいいと思うんだけど」

「師匠じゃないので教えなくていいです」

「了解」


 そういえばいたな、ニート霊能力者。

 勝手に弟子入りされるなんて、たまったものじゃない。

 

「お、進んだ。オレ達の番だ」


 話している間に時間が経っていて、注文する順番がやってきた。

 窓を開け、なぎさんは注文していく。

 現在フェア中のハンバーガーセットを買うようだ。


「ゼロさんも何か食べる? ドリンクは? シェイクとかいらない? 話を聞かせてくれているお礼で奢るよ」

「あ、じゃあ、バニラシェイクで……」


 自重しようかと思ったのだが、断った方が困らせてしまいそうな気がしたので、お言葉に甘えることにした。


「それだけでいいの?」

「はい」


 それから、注文の確認を受けたあとは、また車を進め、今度は支払いに進んだ。

 そして、最後は商品の受け取りだ。


 ドリンクはすぐに飲むので、そのままで受け取り、他のメニューは紙袋に入れて貰う。

 なぎさんが受け取った紙袋は、運転の邪魔になるのでとりあえず僕があずかった。


 店員の「ありがとうございました」を聞きながら、窓を閉めて発進する。


「待っている間にお腹空いたなあ。運転しながら食べようと思っていたけど、ゆっくり食べたくなったから駐車場に止めてもいい?」

「はい。……あ」


 返事をしながら思いついた。

 うちに来て貰ったら、身代わりになるかもしれない「なぎたま」を渡せるんじゃないだろうか。


「あの、よかったら、うちに来ませんか? 両親はまだ帰って来ないと思うので、ガレージに車を止めても大丈夫ですし」

「え、いいの?」

「妹が帰って来るかもしれないですけど、僕の部屋にいたら大丈夫なので。あと、お渡ししたいものがあって……」

「じゃあ、行く!」


 なぎさんはそう言うと、車を僕の実家方向へと発進させた。


「早く食べたいけど我慢」


 車の中にいい匂いが充満しているので、我慢するのはつらいだろう。


「ポテトを摘まもうかと思ったけど、手が汚れるよな。ハンドルに油つけたくないし」

「じゃあ、僕が口に運びましょうか?」

「え?」

「? あ」


 なぎさんの驚いている気配を感じて、変なことを言ったことに気がついた。

 推しが困っているからお手伝いしなければ、と思ったのだが……。

「あーん」しましょうか? と言っているようなものだ。


 失言というか、無意識に恥ずかしいことを言っていたことに気づいた僕を見て、なぎさんは笑っている。


「じゃあ、食べさせて貰おうかなあ?」

「あ、いえ……ごめんなさい」


 からかうように言ってきたなぎさんに、自分から提案したことを断った。

 家に着くまで、僕はもう貝になろう。 


「そういえばさ、妹さんも霊感あるの?」


 また面接スタイルで綺麗に座り、羞恥心に打ち勝とうとしている僕に、なぎさんが質問してきた。


「家族の中で見えるのは僕だけです。みんな信じていないので、そういう話をすると馬鹿にされるっていうか……」

「え、ひど」

「!」


 なぎさんの反応はシンプルなものだったが……嬉しかった。

 慣れて麻痺してきたとはいえ、やっぱり否定され、馬鹿にされるのはつらい。


「友達もそんな感じ?」

「あいつは馬鹿にはしないです。心配してくれているだけで――。子どもの頃に母が、僕が霊について話すのは『人の気を引きたくて嘘をついている』という風に説明したのを、今も信じている感じで……」

「何だそれ」


 僕も「何だそれ」と思って、苦笑いを浮かべた。


「でもさあ、何か悔しいな。霊はいるって証明できたらいいなあ。この目が見えたらいいんだけど、リスナーは見えなかったから……」

「多分、あいつも見えないと思います」


 おそらく、あの女の霊と直接遭遇しないと、この目は見えないだろう。


「友達が信じてくれないのは寂しくない?」

「まあ……でも、仕方ないです」


 慧が長年信じているものを覆すのは難しいだろう。

 霊的なものを目にすればそれもあるかもしれないが、霊を寄せ付けないタイプの慧にそれをさせる手段はない。


「何とかして、『霊はいたんだ!』って分からせたいけどなあ」

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