第16話

「あ、あの、えっと……」


 推しが画面から飛び出てきた……。

 どうなっているのだろうか。

 もしかして、どっきり……とか?

 いや、僕のような一般人にどっきりがあるはずないし、いざなぎのチャンネルでするにしても需要がない。

 分からない……推しがどうしてここに?

 幻覚としか思えないが、目の前までやってきた推しはリアル――本物だった。


「ゼロさんだ……すごい! 雰囲気まで想像していた通りだ! かっこいい……っていうか、美人!」

「…………」


 返事をしていないのに、いざなぎは僕がゼロだと確信しているようだ。

 突然のことに頭がついていかない僕は、ただただ棒立ちになっている。

 固まっている僕に、いざなぎのニコニコトークは続く。


「なんだかオレたち、髪と目の色が『対』みたいじゃない? 双子コーデっていうか。あ、双子コーデは古いか。ははっ」


 確かに服装も、僕はいつもの通りに黒ばかりだし、いざなぎは白のTシャツ、グレーのパンツにシルバーのアクセサリーだ。

 薄暗い中で闇に混じる感じの僕とは違い、いざなぎは浮き上がるように輝いている。

 推しが眩しい。


「やばい、ゼロさんのビジュアルすごくオレ好み! 死神少女に通じるものを感じる」


 え、まさか、僕が死神少女だと見抜いた? と焦ったが……。


「あ、都市伝説と通じるものがある、なんて言われたら困るよね、ごめん」


 気づかれたようではないようでホッとしたが、そんな僕をいざなぎがジーッと見ている。


「?」

「ゼロさんって、男性ですよね?」

「そう、ですけど……」


 いざなぎはまだ僕を見てうーんと唸っている。

 そして、だんだん顔が近づいて来る……近い、近いです!

 配信で見ていると同じくらいの身長だと思っていたのだが、いざなぎは僕よりも10センチほど背が高かった。

 綺麗な青い目を少し見上げながら、思わず一歩下がったところで、いざなぎも止まって首を傾げた。


「じゃあ、やっぱり違うかあ」

「?」

 

 な、何だったんだ?

 ……っというか、圧倒されていてほとんど動けない。

 ただただ茫然としていたが、ハッとしていざなぎの手を見た。

 呪いはどうなった!?

 右手の甲を見ると、あの目がない! ……と思ったのだが、瞼を閉じているだけだった。


「あ、お寺に行ってきたよ」


 僕が手に目を向けたことに気づき、教えてくれた。

 呪いは解けていないけれど、目を閉じているということは、少し状態が改善したということなのだろう。


「でも……。あ、ゆっくり話したいんだけど、今からドライブとかどう?」


 いざなぎが乗って来た車を指さす。


「え」

「喫茶店とかでもいいんだけどさ、たまに『いざなぎだー』って言われるんだよね。そういうの気にせずにしゃべりたいなと思って。車を路駐させておくのもなんだし、それだったらドライブはどうかなと思って」


 推しとドライブ……?

 再び固まる。

 それは――。


「駄目だと思います」


 手を前に突き出して『ストップ』を出す。


「え、なんで?」

「僕は一ファンにすぎないので。推しに認識されているだけでも恐れ多いのに、同じ空間で推しを独占するのは同担に悪いし、不敬かなって」

「……オレ、神か王にでもなったのかな?」


 神か王、か……。

 確かにファンにとって推しはそのような存在だ。


「はい」


 真顔で返事をすると、いざなぎは「冗談だったんだけどな」と苦笑いした。


「じゃあ、取材ってことで受けてくれないかな。神からのお願い! お願いします!」


 推しが目の前で手を合わせている。

 神のお願いを断るべきか……。

 ファンとしての距離を保つべきか、でも、呪いのことが……!


「っていうか、神とかなんじゃそりゃって話。これから何か用事ある?」

「ないですけど……」

「じゃあ、付き合ってよ。行こう!」


 そう言っていざなぎは車に戻っていく。

 これ以上、いざなぎを煩わせるのはよくないかな……。

 恐れ多いが、同行させて頂こう。

 腹を括って車に行き、後部座席に座ろうとしたのだが……。


「助手席にしてくれない? タクシーじゃないんだからさ」

「で、でも……。隣なんて恐れ多――」

「神のお願い」

「……分かりました」


 おずおずと助手席の方に移動すると、いざなぎが笑った。


「神のお願い、強いな。便利な武器を手に入れちゃったわ」


 そう言って運転席に座る笑顔が尊い。

 リスナーのみなさん、一人で推しを浴びてごめんなさい!


「あの……。車、可愛いですね」


 少し落ち着くために、あえて自分から話しかけてみた。


「この車は恭さんの元奥さんのでさ」

「元……あ、離婚された話は配信で出てましたね」

「そうそう。奥さんが選んで買ったけど、離婚したときに使わないからって置いていったものを、オレが使わせて貰ってるってわけ。……で、出発前にこれ見て」


 そう言って差し出されたカードのようなものを受けとる。

 見えづらいので、車の小さなルームランプに近づけて見てみた。


「えっ、免許証?」


 誰の? と思って写真を見ると、少し幼く見えるいざなぎだった。

 雰囲気が違うのは、僕のように黒髪だからだ。


「あ、あの……これは?」

「勝手にゼロさんの個人情報を見ちゃったからさ。オレだけ隠してるのは悪いなって思って」

「個人情報? どういうことですか?」

「ステッカーを送るために聞いた住所を見て来たんだ」

「あー……」


 そういえば、前に恭介さんに住所を書いて送ったと思い出した。

 それで住所が分かったのか。


「別に構いませんよ。気にしないでください」

「いや、気にしないと! やってるオレが言うことじゃないけど、用途と違うことで個人情報を見て住んでいるところに押し掛けてるなんてストーカーだから。犯罪だからね? 恭さんにも返事がきてからにしろ、って言われたんだけど我慢できなくて」

「返事?」

「あ、まだ見てなかった? 『会いに行ってもいいか』ってメッセージしたんだ。SNSの方は送れなくなっていたから、念のために聞いていたメールアドレスの方に送ったんだけど」

「あ!」


 嫌なメッセージがいっぱい来ていたから、受け取らない設定に変えたんだった。


「すみません、見てなくて……」

「気にしないで。まだ送って一日経ってないし、学校か仕事に行ってたんでしょ?」

「仕事してました」

「ゼロさん、何歳? 同年代だよね」

「19です」

「一緒じゃん! 働いてるの偉すぎる」

「いや、そんなことは……」


 いざなぎに褒められると嬉しい。

 ……というか、慧以外とは会話が長続きしない僕が、緊張しながらもすらすらと話せる。

 さすがの陽キャ力に脱帽だ。


「じゃあ、出発しようか!」


 いざなぎはそう言うと、車のエンジンをかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る