第17話

「あ、そうだ。これ見て」


 出発前にいざなぎは、サイドポケットから手袋を出してつけた。

 黒の手袋でかっこいいな、と思っていたら――。


「目が気持ち悪いから隠そうと思ったんだけどさ……ほら」

「!」


 手袋の上に、あの瞼を閉じている目があった。


「手袋をつけても隠せないんだよ。すごいよね。包帯とか絆創膏とか、色々試してみたけど駄目だった」


 いざなぎの手をジーッと見る。

 これは……。


「物理的に存在しているものじゃないから、物理的なものでは隠せないんだと思います。もしかしたら、お清めをして貰った手袋とか、お札を貼ったら大丈夫かも――。……?」


 話しながら視線を感じると思ったら、いざなぎがキラキラした目で僕を見ていた。


「すごい……話がおもしろ……いっぱい聞きたい」


 目を輝かせる推しが眩しい。

 それを表に出すと気持ち悪がらせてしまうので、真顔で耐えた。


「あ、とにかく車出すね」


 そう言うと、いざなぎは車を発進させた。

 ラジオが流れていたが、いざなぎはそれを止めて無音にした。

 音がないと、より緊張するからあってもよかったのだが、話がしやすいように配慮してくれたのだろう。


「あ。ゼロさん、夕飯食べた?」

「まだですけど、おにぎりとサラダをコンビニで買って持ってます」


 そう言って、手に持っていたナイロン袋に目をやると、いざなぎもちらりと見た。


「それだけ?」

「はい」

「サラダ買ってるのえらいじゃん」

「…………」


 推しの尊さが染み渡る――。

 褒めて伸ばしてくれるタイプの推し、聖人すぎる。


「昨日はカップラーメン食べていたら、母にもっとマシなもの食べろって言われて……」

「そっか、実家だと色々言われるよな」

「一人暮らしした方がいいと思うんですけど……あ」


 求められていないのに、推しに身の上話をするなんて痛すぎる。

 自重しないと……。


「僕のことはいいですね。いざなぎさんは夕食は?」

「『なぎ』でいいよ」

「え?」

「免許証の名前見た? オレの本名、やなぎ大空かなたっていうんだ。『いざなぎ』にも『柳』にも『なぎ』があるでしょ? だから恭さんは、『なぎ君』って呼ぶんだよ。ゼロさんもよかったら『なぎ』って呼んでよ」


 い、いいのだろうか? 推しを愛称で呼ぶなんて……。

 そんなことが許されるのだろうか……。


「宇宙に飛んでます、みたいな顔してるけど、そんなに考え込まずに気楽に呼んでよ」

「わ、分かりました」


 言えたらそう呼ばせて貰おう……言えたら……言えたら……。


「僕は名前がれいなので、ゼロって名前にしました」

「そうなんだ! っぽいなあ! いや、初対面で何を知っているんだ、って感じだけど、すごくっぽいって感じする」


 いざなぎ――なぎさんは楽しそうに笑っているが……。

 運転しながらも、ちらちらとこちらを見られて、僕はガチガチに緊張する。


「ははっ、面接みたいな座り方」


 そう笑われて自分を見ると、背筋はピンとしていて足は揃っているし、両手は太ももの上で綺麗に添えられていた。

 いや、推しと二人きりでリラックスするなんて無理です。

 そんな心臓は持ち合わせていません。


「オレは『ゼロ』ってかっこいいと思うから、このままゼロさんって呼んでもいい?」

「お、お好きにどうぞ」


 推しに呼ばれる度に、何かしらの業を背負う気がする。

 いや、そうであれ……そうじゃないと、僕には荷が重すぎる幸福だ。


「あ、オレもまだ食べてないから、ドライブスルーでハンバーガー買うね」

「はい」

「話したいことがいっぱいあって、何から話したらいいのか、って感じだけど……。まずはこれについて話そうか」


 なぎさんはそう言って、目がある手をひらひらさせた。

 大事な話なので、より一層姿勢を正していると、「そんなに力まないでいいよ。まあ、ひとまずなんとかなった、って話だから」と笑われた。


「ゼロさんって、孤高のクールビューティーって感じなのに、もしかして……ものすごく真面目?」

「?」

「あ、なんでもない。あの配信のあと、すぐにお寺に行ってきたんだよ。住職さんに相談して、お祓いのお経をあげて貰ったりしたら、目は閉じたんだけど……。完全に祓うことはできなかったよ」

「そうだったんですね……」

「住職さんが言うには、呪いの根本になったものを何とかするしかない、って言われたんだ。根本を何とかするって、あの女の霊を倒す、ってことっぽくない? ホラゲみたいにさ。あの家を調べたら、何か分かるかもしれないけど……」

「行っちゃだめです!」


 それは絶対に止めないと! と、思わず大きな声を出してしまった。

 運転中のなぎさんに迫りそうになったので、慌てて姿勢を戻す。

 僕の勢いに少し驚いていたなぎさんだったが、苦笑いで運転を続けた。


「やっぱり? 装備やレベルが十分じゃないと、行っちゃだめなダンジョンだよなあ」


 残念そうなつぶやきに胸が痛んだが、再びあの家に行くのは危険すぎる。


「あの、この目の呪いって、どういうものか分かったんですか?」

「死を呼ぶ、っだって。病気なのか事故なのか分からないけれど、とにかく『死』というものが近くなるんだって」

「!」


 聞いた瞬間、再び映画現場で見た香坂さんの姿が浮かんだ。

 やっぱりあの女の霊の呪いで、香坂さんは亡くなったのだろうか。


「あ、でも、現状だと見た目が気持ち悪いくらいで、さほど悪影響はないだろうってさ。それで、進行を止めるくらいはできるから、目が開いたらまた来なさい、だって。だからまあ、一応大丈夫ってことで」


 それならひとまずよかっただが……完全に祓わないと安心できない。

 うーん……と唸っていたら、なぎさんの声が明るくなった。


「話は飛ぶけどさ。『レッドクロー』って知ってる?」


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